変なのに絡まれて……
「さぁ、着きましたよ! ここが聖都マキナ・エウ・ロギアです!」
白、白、白。
見渡す限りを白色で基調とした街は、どこもかしこも整備が行き届き、まさしく神聖さに満たされたような雰囲気を出していた。
道行く大体の人たちも、衣服のどこかに白いワッペンのようなものを付けているし、これだけ白で統一されると、逆に居心地が悪い。
「白すぎて落ち着かない……」
「あー、その気持ちわかります、クゥリルさん! 何度も来てますが、私達みたいな冒険者じゃ、汚してしまうんじゃないか……って思いますよね!」
彼女の名前はシィ。まるで犬のようにテンション高くクゥリルに懐いているが、当のクゥリルは煙たそうにしている。
どうやら彼女は強い女冒険者に憧れているようで、冒険者を始めた切っ掛けも、勇者に憧れてとのことらしい。そして今度はクゥリルの強さに一目ぼれして、このようにはしゃいでいる。
その隣では彼女の冒険者の仲間の冒険者AとBがゲッソリとしているが、それもお構いなしといった感じだ。
「それと、アレ! あの大教会堂! あれはいつ見ても凄いですよね!」
「…………」
興味なさそうにクゥリルがそっけない態度を取っていても、彼女は楽しそうに話しかける。
彼女の言う通り、太陽の真下に煌びやかに輝く大教会堂は、今まで見てきたどの建物よりも立派だ。街の中心に聳え立つ大きな建造物はもはや城と言っても過言でないほど大掛かりで、その荘厳な感じはこの聖都を象徴している。
「さて、それじゃあ行きましょうか! ……あっ、その前に昼食の方が良いですか? この先に麺料理が有名なお店があるんで、そこで食べてからにしますか?!」
そう言って彼女はこの白い歩道を先導する。ダンジョンマスターにとって、敵対勢力であるこの女神マキナ教の本拠地を……。
…………うん、何故こうなった。
本当なら聖都を避けて南の国を目指したはずなのに!って、今更こんなことを思っても遅いけど、せめてあの時、成り行きに身を任せなければよかった。
それは時を遡る程、数日前――あの小さな村で、騒動を解決した後の朝のことだった……。
「また助けてもらって、本当なんとお礼をいえばいいのやら……。ああ、これはせめてものお礼なので、どうぞ遠慮なくゆっくりして行ってください」
「そうよ。うちのバカ弟助けてくれた恩人なんだから遠慮何てなくてもいいのよ! そのためにいっぱい用意したんだからね」
「姉ちゃん酷いよ、何度も謝っただろ! なぁなぁ、オレからもお願いだ。あの時何があったのか聞かせてくれよ!」
助けた家族から、手厚いもてなしを受けていた。
俺としては一晩部屋を貸してもらえただけで十分なのだが、昨日は騒ぎのことについて村中の人たちにお礼を言って回ったり、子供の説教をしたり、俺とクゥリルのために部屋を用意したりと、忙しくて満足におもてなしもできなかったと思っているのだろう。
そんな訳で、圧される形で厚意に甘えることにした。何も無い村だけど、ここ数日は色々あったから休むにはちょうど良いというのもある。
村でゆったりしている間も、よそ者だからと邪険されることなく、むしろ村の子供たちからクゥリルの事を聞いて、「スゲー!」とか「カッケーとか!」とか尊敬のまなざしを向けられているぐらいだ。
因みにリム君は「オレ、将来はクゥリルさんみたいな強い人になる!」とか言ってて、偶々それを見ていた父親が「あれ……将来はお父さんみたいな商人になりたいって……」と、寂しそうに呟いていたのを覚えている。
そして、結局昼過ぎまでゆっくりしてしまったが、出発の時間になった。
「それじゃあ、そろそろ俺達は行きますね」
「ああ、気を付けてな! もう一度言うが、あの遠くに見える山脈を超えるとフレーシア。かなり遠いから、初めは街道に沿って村から村にと渡っていくのが良いぞ」
「はい、色々とありがとうございました」
「いやいや、本当は近くまで送ってやりたいが、子供たちの面倒があるしなぁ。ああ、それと迷ったら素直に聖都に向かうのも手だ。知ってると思うが、太陽のある先が聖都だからな」
奥に見えるあの山の先が南の国で、陽が沈む先が聖都か。
不思議なことにこの世界には東西南北があるのに、コンパスのような方位を示す道具がない。ダンジョンマスターの力でコンパスを出したとしても正しい方角を知ることができなかったから、こういった情報は分かりやすくて助かる。
よし、出発だ、と村の出口の方へ足を向けると、
「あー!! いたいた、あれだよ! あの子だよ、多分!」
丁度、遠くの方から手を振りながら村にやって来る一団がいた。
「……何あれ? 知り合い?」
「いや、知らんなぁ。見たところ冒険者っぽいが、こんな小さな村に来るなんて珍しいなぁ」
一体何なんだと思っていると、先頭で大声を上げていた一人が、俺達の前までやって来て、元気よく挨拶をしてきた。
「どうも! 私はシィと言います! それでこっちがエース、そしてこの子がビビ。私達3人で冒険者やってます!」
「ああ、こりゃあどうも。こんな村になんか用か?」
「はい! そっちの獣人の子に用があってきました!」
ビシッっと決めるようにクゥリルを指差す、シィと名乗った女性。その隣ではエースという女性が「私は止めたんだけどね……」と愚痴り、更にその後ろのビビという女性はジェスチャーでごめんなさいと、手を合わせて頭を下げていた。
「ええと……。クゥ、知ってる人?」
「ん~……知らない」
「って言ってるけど、どういうわけでクゥに用が?」
「ええ!? 憶えてないの!? ……ええと、昨日の夕暮れ頃かな。この近くにダンジョンがあるの知ってます? 私達はそのダンジョンを攻略していたんですけど、ちょっと失敗しちゃって、危うくやられちゃいそうになった所に、その子が颯爽と現れて助けてもらったんです!」
そんな話は聞いていない。クゥリルを見るが「そんな事あった?」と首を傾げている。
「あー、こいつが勝手に言ってるだけで、私らは何も見てないんだよね」
「そうそう。シィったら、時々変なこと言いだすから気にしないで」
「もうっ、二人とも! あの子がいなかったら、私達全滅してたんだよ!?」
「でもなぁ……。通り過ぎただけでモンスターが消し飛んだとか言われても、信じられるわけないだろ。しかも一瞬だろ? やっぱありえねぇよ」
普通なら信じられない話だけど、クゥリルならできてしまうな。一応、小声聞いてみると「急いでたから覚えてないけど、そんな事も……あった、かも?」と曖昧に答えるが、十中八九そうなんだろう。
「私としては、とてもすごい冒険者と睨んでます! あの、私達を助けてくれたのは、貴方ですよね……?」
「多分だが、そちらのクゥリルさんで間違いないな。そのぐらいの時間だと、丁度うちの子を助けてもらったころだしなぁ」
「やっぱり! ほらほら、私の言ったとおりでしょ! ……と、クゥリルさんって言うんですね! あの時は本当にありがとうございました!」
後ろの二人はびっくりしている様子だが、一人は嬉しさのあまりその場で飛び上がっている。このままだと、何か面倒ごとに巻き込まれそうなので、もう出発することにしよう。
「あー、俺達はもう出発するところだからさ、もういいかな?」
「そ、そんな! 折角会えたのに……」
別れを告げると、シュンと急激に落ち込むし、このテンションの落差が犬っぽく見えてきた。
「まぁまぁ、あんたらも色々あったんだろうけど、そっちの方はフレーシアに向かう途中なんだ。あんまり無茶言ったらいかんぞ」
「フレーシアに……? あ、じゃあ私たちも付き添います! それならいいですよね!」
「え、シィ!? 何勝手に決めてるんだ!」
「ちょっと、流石にそれはダメよ! ご、ごめんなさい。私達には気にせず、どうか先に進んでください」
仲間内でもめ合ってるうちに、そのまま出発したのだが……後日、また別の村で、
「奇遇ですね! 私達もちょうどこの村に着いたところなんですよ!」
そんな感じで、旅先で偶然を装われてしまい、結局は諦めて、彼女たちと一緒に向かうことになった。他二名もずいぶん振り回されていたようで、疲れ切っていたのが見て取れる。
その代わりに途中から馬車に乗れて、移動が楽になったのは助かったが、その後の全てを任せ切っていたのがいけなかった。
……気付いたときにはもう遅く、何故か聖都の近くまで来てしまっていた。
途中、何かおかしいなって思っていたけど、早朝に出発して、日が昇る方向に向かっていたから聖都とは違う方向に進んでいると思っていたのに、
「何言ってるの? 太陽の真下は聖都しかありえないよ。女神様が舞い降りた聖地から移動するわけないし、そこから昇って沈むのが普通でしょ? あ、フレーシアに行く聖都からの直行便のお金気にしてるんでしょ! それぐらい奢るから気にしなくても大丈夫だよ!」
とのことで、つまりこの世界では太陽が北極点の代わりのようなものだった。
それに、世界の果てまで行くと奈落へと落ちてしまうとかで、どうやら天動説のようなカメの上の世界を地で行く、元の世界では信じられないようなファンタジー世界のようだ。
更に話を聞く限り、朝と夜の考え方も、【日が昇るから朝、日が沈むから夜】という事ではなく、【朝だから日が昇る、夜だから日が沈む】という事らしい。
季節とかもそんな感じで、東の大陸が熱帯気候で常に暑いのも、女神の加護が離れているから四季がはっきりしないとか。
色々と元の世界とは少し違った感じはあったけど、根本的なところが天動説の世界だったなんて衝撃的過ぎる。世界一周なんてことしようものなら、奈落の底に落ちるとかマジ異世界ヤバイ……。




