西を目指して
あれから一晩明け、謎の襲撃のおかげで無事に街から出る事ができた。
特に追手などが来ることもなく、のんびりとゆったりと、ガタンゴトンガタンゴトンと、荷台の上で揺られながら街道を進んでいる。
「いやぁ、本当助かったよ。ぬかるみにはまった時はどうしようかと思ったよ」
「いえいえ、こちらこそ乗せてもらってありがとうございます」
何故こうなったのかというと、あの後、夜の闇に紛れて逃げ出していた為に朝になってから進む方向が分からなくなってしまい、ちょうどその時にクゥリルがこの困っているこの人を見つけたことから始まる。
どうやら彼は、ロータスの街から自分の村に帰る途中だったが、不運にもトラブルに見舞われ、立ち往生していたようだった。そこで、クゥリルの助けによってあっさり解決、そのお礼として、彼の住む村まで乗せてもらっていた。
「それにしても、聖女様はとても美しい方だったなぁ。噂通りの美声で……あぁ、思い返すだけでも天にも昇る思いだなぁ。わざわざロータスにまで足をのばして本当正解だったよ。一つ心残りがあるなら、ドラグニア帝国が到着する前に帰ったことだけかなぁ。船だから仕方ないとはいえ、あと一日出発を遅らせれば……それだけが残念だなぁ」
楽しそうに悔しそうに御者台から語る彼は、この話を何度もしている。流石に聞き飽きてきたけど、元の世界的に言えばアイドルに会えたことを話したくて仕方ないのだろう。
というか、船の到着が遅れたとはいえ、そんなパフォーマンスをするなんて、聖女ってアイドルみたいな真似事までするのか。
「そ、そうなんだ。それよりこの先向かうところってどんな所なのかな?」
「ん? ああ、うちの村は何にもない平和なところだよ。教会もないから新しい話題も入ってこないし、たまたまいつも卸しに行ってる先で、今回の事を聞いたぐらいだしなぁ。あんた達はどこに向かってるんだっけ?」
「あー、まぁ最終的には西の大陸を目指していて……」
「へぇ、随分と遠いところまで目指すんだねぇ。西というと、一度聖都経由してからカクタクス国を目指す感じかな?」
「ああ、いや。聖都は行かず、南から回ってみようと思ってて……だからどっちに行けばいいのかなって」
「そりゃまた珍しい。ははぁん、そっちの子の故郷に立ち寄ってからってことなのかな」
全ての道は聖都に通ず。そんな言葉があるぐらいには、この中央大陸は聖都マキナ・エウ・ロギアを中心に全てが回っている。
今いるのは東の人間の国ニンフィニア。そこから時計回りに南の獣人の国フレーシア、西のドワーフの国カクタクス、北西の魔人の国ローズリアン、北東のエルフの国プラム、と全部で五つの国あり、それらは五大国家と呼ばれている。
さらに言えば、元々は未開の地だった西の大陸を除き、全ての国は教会が発端であり、東の大陸のドラグニア帝国も五大国家も、それぞれ各種族の代表を王と選定したのが教会。だから、国家間を経由するには教会の本拠地を置く大陸の中心地である聖都を経由することが普通のようだ。
「まぁ、そんなところかな」
「そうかそうか、それじゃあ後で行き方を教えてやるよ。途中、道なき道を進むことになるけどなぁ。ハッハッハ」
そんな感じにのんびりとした旅路は続き、すっかり日が傾いた頃に村へと到着した。
村に着くと、そこには多くの人が集まっていて、こちらの到着に気付いた一人が早足で駆けてきた。
「あ! お父さん、お帰りなさい」
「リア。わざわざ出迎えなんて珍しいじゃないか、どうしたんだ?」
「そ、それが……。ねぇお父さん、途中でリム見なかった?」
「リムを? いや、見てないが……」
「どうしよう……。リムが、リムが……っ!」
突然泣き出す少女。それに驚くも、その子の父親らしい彼はあたふたとしつつ、泣き止むまであやし続ける。それから数分して、ようやく話が聞けるようになったかと思えば、今度はその話を聞いて父親が「そんな、おらのせいで!」と膝から崩れ落ちてしまう。
娘さんから話を要約するとこうだ。
いつものように外へ商売に出て行った父の帰りを待つ姉弟は、この日もいつ帰ってくるのかなと思いを巡らせていた。けど、今日になって弟が、いつもよりお父さんが帰ってくるのが遅いと、待ちきれず飛び出していったのがことの始まり。
姉はすぐに帰ってくるだろうと、その時は追いかけなかったが、後になって村の大人たちから、最近見知らぬ生き物が出るようになったから、外に出るのは危険だよ、と言われていたのを思い出した。
それで少し遅れて弟の後を追って村の外へと出たが、どれだけ探しても見つからず、いつまで経っても帰ってこないことを心配に思い、大人たちに打ち明けたのが先ほどの事らしい。
どうやら近くに邪悪なるモノの巣があるらしいと、大人たちの間では警戒し合っていたようだが、子供たちにはそれが伝わっていなかった様でここまでの騒動になっていたようだ。
あの時、飛び出す弟を止めていればと自分を責める姉。父も父で、聖女様を見に寄り道しなければと後悔している。
そうこうしている間にも、村の大人たちは松明を持ち寄って、何処を探すか、それより先に教会に伝えた方が良いのではないかと話し合っていた。
村中が騒然としているが、この手の話はよくあることだ。ジークの手伝いをしていた時もよくあったし、実際に何度も解決したこともある。まぁ、大体の原因がダンジョンマスターだったから、仕方なく対応したっていうだけの話だけど。
ダンジョンマスターの中ではわりとポピュラーな手段の一つとして、小さな村などで女子供を狙って攫い、探してきた人たちをダンジョンに誘い出してポイントを稼ぐらしい。もし、探してきたのが厄介な相手なら、攫った人を人質にして罠にはめることもできるしで、有効な手段のようだ。
このままこの騒動を無視してもいいのだが、教会を呼ばれると少し困る。せっかくバレることなく抜け出せたのだから、もっとのんびりしたい。
探知機を取り出して起動する。……反応は二つ。一つは俺として、別の箇所にもう一つ。
反応が無ければただの迷子だと言えたけど、これは確実にダンジョンマスターが関わっているだろう。なら、やるべきことは簡単だ。
クゥリルに向かって、探知機を投げ渡す。
「クゥ。お願いできる?」
「うん。すぐに戻って来るね、旦那様」
すぐに理解したクゥリルは駆けていく。ほかの人から見れば不可解とも取れる行動に、項垂れていた父親が聞いてきた。
「あの、彼女は一体どこに?」
「ああ、ご心配なく。今、クゥが探しに行ったので、あの集まりも解散してもらっていいかな?」
「え、いや、だがなぁ……」
「まあまあ、すぐ連れて戻ってくるよ。だから、ここは一つ騙されたと思って……」
「は、はあ……」
半信半疑といった感じだが、自分ではどうしようもないとわかっている為、しぶしぶと受け入れてくれたようだ。村の人たちに話に行った時は「正気か!?」と詰められていたが、夜が近いこともあって、実の父親がそう言うならと様子見する流れとなった。
それから時間にして一時間経ったか経ってないぐらいして、
「ただいま、旦那様!」
元気いっぱいな様子で、子供を担いだクゥリルが戻って来た。
「おかえり。思ったより早かったね……って、そっちの子ぐったりしてない?」
「早く帰りたかったからね。少し速すぎちゃったかな?」
「まぁ、生きてるならいいか。それで、こちらの子がリム君でいいのかな?」
確認のため声を掛けるが、父も姉も揃って口を開けてポカーンとしている。先ほどまでそわそわしながら待っていたのに、一体どうしたのだろう。
……まぁ普通に考えて、目にも留まらぬ速さで突然現れたら誰だってビックリするか。しかも、心配していた子供を連れて戻って来たなら尚の事だ。
「……っは! ああ、ああ! その子だ、その子がうちのリムだ!」
「……リム! よかった、本当にリムだ……」
気絶している息子を抱きしめ、涙する二人。目が覚めれれば盛大に叱られることになるのだが、それはまた別の話。
今は頑張って来たから撫でて撫でてとアピールするクゥリルの願いを聞き入れながら、一段落するまで待とう。
こんな田舎の小さな村には宿屋なんてものはないから、この親子の家に泊めさせてもらうしかないからね。




