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アンリ達がそこにたどり着くと、周囲には既に積み重なるように教会の衛士が倒れ伏していた。まだ辛うじて残っていた衛士たちもいたが、襲撃者の圧倒的強さの前に完全に怯え切っていた。


「くそっ、くそっ! 何て力だ、この化け物め!」

「や、やめろ! こっちに来るな!」

「ハッハァー! 弱ぇ、弱すぎるぜテメェら!」


その襲撃者……上半身裸の筋肉質の大男が笑いながら暴力の限りを尽くす。見た目通りの力強さを活かして衛士を殴り飛ばしては、次の相手を捉え、わし掴みにする。


「そこまでだ! ボクが来たからには、もうお前の好きにはさせないぞ!」

「ああん? 新手か? 今度はもっとましなヤツだろうな」


男は衛士を掴んだままアンリの方へと振り向く。すると、がっかりしたように衛士を投げ捨てた。


「チッ、今度は女かよ。聖女ってのが来てるらしいから、強そうなヤツがいると思ったんだが……期待外れもいいところだ。はぁ、早い所聖女をぶっ殺して終わりにするか」

「女だと馬鹿にするな! ボクは女である前に勇者だ!」

「勇者、だと?」

「そうだ! ボクは勇者アンリ……女神に選ばれし勇者! 女神マキナ様の名のもと、お前を倒す!」

「貴方が探している聖女もここにいますわ! これほど多くの人を傷つけて……女神マキナ様に代わって、罪を償わせてあげます!」


名乗りを上げる勇者と聖女。それを見た男はニヤリと笑い、楽しそうに拳を向ける。


「ヒュー、嬉しいねぇ! まさか勇者までいるなんてよぉ! それに、聖女って言うだけあって別嬪さんだなぁ。探す手間が省けたってもんだぜ!」

「お前は何者だ! 何の目的で来た!」

「いいぜ、教えてやるよ! 俺はダンジョンマスターの中のダンジョンマスター……グランドダンジョンマスターだぜ! テメェらをぶっ殺しに来た、世界最強の漢だ!」

「ぐ、ぐらんど? あれ、それって確か……」

「グランドだかガランドウだか知りませんが、邪悪なモノには変わりないですわ」

「ただのダンジョンマスターじゃねぇ、グランドだぞグランド! まぁ、俺で三人目ってのが癪だけど……。いや、これを機にチャンピオンって名乗るのもアリか? ……チャンピオンダンジョンマスター、……中々いいんじゃねぇのか?」


名乗りを上げたかと思えば、ぶつぶつとつぶやきだす。通常の邪悪なるモノと異なるその男を見て、二人は本能的に危険だと感じ取り、身構える。


「……よくわからないけど、お前はここで倒さなければならない気が――ッ!」

「決めたぜ! 今日から俺はチャンプ・オブ・ダンジョマスターだぜ!」


再度名乗りなおした男がアンリを殴り飛ばす。アンリも反応して剣で防ごうとするが、勢いを殺しきれずに吹き飛ばされてしまう。


「アンリ!!」

「いてて……。コイツ、本当にダンジョンマスターなの?! 今までのヤツと全然違うじゃないか」


アンリが困惑するのも無理はない。


本来のダンジョンマスターは、ダンジョンの奥に隠れ潜み、ダンジョンにやってきた獲物を作り出したモンスターや罠で撃退するのが普通のこと。外に出る事はあっても村を襲うのはモンスターだけで自分では戦わない。なぜならダンジョンマスターは等しく貧弱だからだ。


ついさっきまでいた同じグランドでもあるダンナもそうだったし、村にいたコーハイと呼ばれたダンジョマスターもそうだった。しかし、目の前の男――チャンプは、自らが前に出て戦っている。


「おいおい。俺をあんなヒキニートどもと一緒くたにするんじゃねぇよ。見ろよこの肉体! この美しい筋肉! まさに世界最強に相応しいと思わないか!?」


自身の筋肉を強調する為、唐突にポージングを取り出す。嫌なものを見たとばかりに、リィンは汚物を見るかのような視線を向けた。


「何て汚らわしい……。貴女のような邪悪なるモノがいるから、世界に平和が訪れないのです。アンリ、本気で行きますわよ」

「そうだね、リィン。アレを野放しにするのは危険すぎる」


リィンは祈りを捧げるようにその場で膝をついて両手を合わせ、アンリはどこから来てもカバーできるようにと前に出る。


「リィンには指一本触れさせはしない! 行くぞ!」

「ったく。こっちの世界じゃこの筋肉美ってのが分からねぇのかよ。仕方ねぇ、女子供だろうが容赦はしないが、少しは楽しませろよ!」


チャンプは「シッ、シッ」と、独特な呼吸とその場でステップを踏む動きをする。対してアンリは惑わされないようにと、剣を正面に構えた。


「シュッ!」と言う掛け声とともに放たれる拳。普通の拳とは思えなぬ速度で打ち抜かれるそれを、アンリはギリギリのところで躱し、お返しにと剣を振るう。


しかし、躱した時には既にチャンプは間合いから離れていて攻撃は届かない。


「これを躱してくるったぁ。ちっとは骨がありそうだなぁ」

「そっちこそ。奇妙な動きの割に中々速いね……」

「奇妙って……。はあ、こっちにはボクシングはねぇんだな……」

「ぼくしん……? ああもう! さっきから訳の分からないことを!」


それから打ち合う事、数合。

互いに様子見というのもあるが、決定打になるような一撃はなく、面として向き合う。


「アンリ! 行きますわ!」


そこで、準備が整ったリィンがアンリへと合図を出した。それと共にリィンの身体が光り輝くと、輝きはアンリの方へと向かい、包むように纏いだす。


それは聖女の魔法。常人であれば身体能力を少し引き上げるだけの強化魔法だが、聖女によって繰り出されたその魔法は、何倍にも能力値を跳ね上げるというもの。


これは、邪悪なるモノと相対した時、能力が向上する勇者の力と合わせることで、かつて未熟だった頃の勇者でも、どんな強敵にも勝ってきた必勝パターン。


アンリはその身に高まる力を感じ取り、勝負を決めに渾身の一撃を振るう。


「ハアァァァ!!!」


しかし、


「しゃらくせぇ! そんなもんに頼ってんじゃねぇぞ!!」


アンリが振りぬく前にチャンプが一言言い放つと、纏っていた光の衣が吹き飛んだ。さらに続けて放たれた一撃がアンリの腹部へと突き刺さる。


「カハ――ッ!」

「そんな……っ! アンリ!」

「つまんねぇマネしやがって……。そんなに早く死にてぇなら、まずはテメェからぶっ殺してやるよ」


凶器と言える、チャンプの拳が振り上げられ……リィンを襲う。


「あ……」


――ズシャァっと、肉が貫かれた音が響く。


「…………テメェ。粋な真似しやがるんじゃねぇか」

「へへ……。これでも勇者なんだ。人を守らずして、何が勇者だって言うんだよ!」


そこには、リィンの目の前で自らを盾にして、胸を貫かれたアンリが立っていた。


「あ~あ。もっと楽しめると思ってたのによぉ、しけた最後だなぁ……」

「なら、最後に面白いもの見せてあげるよ……。リィン、離れて!」

「ああ? ってお前、いつまで掴んでるつもりだ?」


アンリは自身を貫いた腕を掴み、チャンプを拘束する。そして、リィンが離れたことを見届けると、自身の身体を真っ赤に燃やし、


「これで、終わりだ!」

「あん?」


アンリを中心として、大爆発が起こる。

爆風が周囲の崩れかせた建物に止めを刺し、巻き上げられた砂埃が周囲を覆う。残されたのは静寂だけだった。


その静寂の中。砂埃に混じるように光の粒子も舞い散り、それが一つ集まると徐々に人の形を成していき、無傷な状態のアンリが現れる。


「ふう。厄介な敵だった」

「アンリ! ごめんなさい、アンリ! こんなに無茶をさせてしまって……」

「いいんだよ、リィン。これで、アイツを倒せたんだから」


喜びを分かち合うように抱きしめ合う二人。いい感じの雰囲気になるのを邪魔する人物が一人。


「随分な状況だな」

「あ、ジークさん!」

「……何よ。今更登場したって遅いわよ、覇王さん」

「さて、それはどうかな?」


苦虫を噛み潰したようにリィンは睨みつけるが、ジークはそれを無視して、建物があった残骸の方へと視線を移す。


「アッハッハ。いやぁ、焦った焦った! まさかそんな奥の手があったなんてなぁ! マジで死ぬかと思ったぜ!」

「なっ! まだ生きていたのか!」


瓦礫から飛び出してきたのは、先ほどのチャンプ。間近でアンリの自爆を食らったというのに、その身はピンピンとしていた。


「ん? お前も無事だったのか? それにまた新しいのが増えて…………あー、こいつはムカつく顔してるな。洋画の主人公みたいな顔しやがって」

「何だ? 我の顔を見て、突然……」

「俺はテメェみてぇな面が一番大っ嫌いなんだよ!」


そう言って、チャンプ(洋画の悪人面)が殴りかかる。しかし、それは途中で別のもの手によって阻まれてしまう。


「っぐ、なんて重い一撃……」

「テメェ、邪魔すんじゃねぇ!」

「殿下、お下がりください! 自国ならいざ知れず……せめてこの場では、ご自身の立場を考えてください!」

「オージン。今がちょうどいいと思わぬのか? 勇者が無様に負けた今、今こそ我の力を見せつけるには打ってつけではないか」

「その必要はありません! わざわざこんな場で証明しなくても、十分に知らしめることができると、わかっておいででしょう!」

「あ、あの二人とも……今そんな事言ってる場合じゃ……。それに、ボクはまだ負けたわけじゃ……」


言い争いになる前にとアンリが割り込もうとするが、聞く耳が無いようだった。無視されたチャンプも、苛立ちを募らせて怒鳴る。


「おい、テメェら! 俺のこと無視するんじゃねぇ! ぐだぐだ、ぐだぐだ、話してんじゃ…………あん? ……うっせえなぁ、オイ。今いいところなんだよ」


ところが、チャンプの方も誰かと会話をするかのように、独り言をつぶやきだした。


「……ああ? 黒髪の男と白髪の獣人? ……あー、たぶんアレか? 暗くてよくわかんねぇが、多分いるぞ。それがどうした? ……あ゛あ゛?! どうして俺が退かなきゃならねぇんだよ!! …………チッ。仕方ねぇな。……ああ、……ああ。……わかったよ。ったく、帰ってくればいいんだろオイ!」


虚空に向かって話しかけたかと思えば、途端に不機嫌となる。

そして、後ろに飛んで距離を取ると腰に手を当て、「次の機会には必ずぶっ殺してやるからよぉ、首洗って待っていやがれよ」と、それだけ言い残して、チャンプは姿を消した。


「……オイ。貴様のせいで居なくなってしまったではないか、オージン。どう責任取ってくれる?」

「は? え、私のせいですか!? もとはと言えばジーク殿下が勝手に前に出るからいけいのですよ!」


脅威が去ったというのに、それでまた言い争いを始める。アンリはあたふたと止めようとするが、止まる様子はない。それを見ていたリィンは呆れたようにため息を吐く。


「はあ。ホントなんなのかしら、今世の覇者は……。アンリ、あんなの放っておきましょう。それよりもケガ人の手当てが優先ですわ。あと、部隊の再編に追手の手配も……。ああ、やることがいっぱいありますわ。…………それに、いえ、これは後にしておきましょう」


周囲には崩壊した建物に、大勢の倒れ伏す人。主導者である人物が指示を出さずとも(言い争っていても)、優秀な部下達は自ら判断して行動するのだった。

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