ファグ村、残された者達
「先輩たちが居なくなって、もう半年っすかぁ」
いつものようにダンジョン運営もとい、ファグ村の一大アミューズメントパークと化したみんなの狩場を整備しながら呟く。
先輩たちが居なくなったこの半年間のことを思い出して……。訂正。先輩たちがいたところで変わらないし、正直なところ居ても居なくても関係なかったと思う。
「急にどうしたの、コー君? あ、森林エリアのモンスター、湧きが間に合ってないみたいだから補充が必要ね」
隣で手伝ってくれているフィリアさんが、壁一面に並んであるモニターの一つを指差して教えてくれる。それに応えて、すぐさまダンジョンコアを操作し、手動で少なくなったモンスターを補充した。
「補充完了っす。フィリアさん、それでなんすけど、まずはこれを見て欲しいっす」
せっかくだから直接見てもらった方が速いと考え、フィリアさんにも見えるようにダンジョンマスターが使える便利機能の一つ、DMちゃんねるをモニターの一つに表示する。
「えーっと、何かしら?」
モニターに表示された内容は、ダンジョン襲撃時の状況をまとめたスレッド。
ダンジョンを襲撃しに来た冒険者について、ダンジョンマスターどうしが情報共有し、今後の襲撃に対して役立てるためのものだ。
その情報の中には勇者を筆頭とした要注意冒険者の情報がまとめられている一覧がある。
「コレのことかしら?」
「はいっす。多分コレ、先輩たちのことっすよ」
勇者に次いで、要注意となっている情報――
要注意冒険者パーティー:『白黒組』
人と獣人による三人組の混成パーティー。
白髪の獣人(女)、灰髪の獣人(男)、黒髪の人間(男)という珍しい組み合わせ。このパーティーを見かけたら要注意。
注意点:黒髪の持つアイテムのせいで、ダンジョン内のトラップは見抜かる為、トラップによる撃退は不可能に近い。黒髪を狙おうとしても、他の獣人が守りを固めており、排除が難しい、というより無理。
何より、このPTで一番ヤバいのは白髪。この獣人だけ頭がおかしく、モンスターを見れば、嬉々として襲い掛かる。その強さは勇者と同等かそれ以上の可能性も。
対処法:今のところなし。勇者と違ってこのパーティーはダンジョンコアのある部屋までは攻めてこないので、ダンジョンを潰される心配はない。このパーティーの場合、放置するのが安定か。
――明らかに、よく知る人物の特徴が載っていた。
「クゥリルちゃんと英雄の旦那さんの事でいいのかしら? それにしても、もう一人が誰なのかは分からないわね」
「それは分からないっすけど、こんなことできるのって言ったら、先輩たちぐらいなもんっす」
「ふふ、そうね。でも無事で何よりだわ」
「無事なのはDMランキングを見てたからわかってたっすけど、何やってるんですかね、あの人たちは……」
遊んでいる暇があったら、早く帰って来て欲しいっす! 先輩たちが居なくなったせいで、クゥリルさんの父親のガルドゥさんがいつも機嫌悪くて怖いっす!
言葉に出して文句を言えるほど度胸はないので胸の内だけで訴える。
こちらから連絡を取ろうと一瞬考えもしたが、先輩のことだからコレのことを忘れているのだろう。だから書き込もうにも伝わりそうにない。
そんな無駄な考えを巡らせていたら、いつの間にかフィリアさんが近寄っていた。
「あれ、こっちに書かれてるのって何かしら?」
「あ、えと。そ、そっちに書かれてるのはスキルのことっすね! ダンジョンマスターが習得できるスキルについてのスレっす!」
「スキル?」
思わず胸がドキリと高鳴るが、こちらのことをお構いなしにもっと近づいて聞いてくる。
「はいっす。僕たちダンジョンマスターは、ポイントを使えば肉体を強化のほかにもスキルってのを覚えることができるんすよ」
ゲーム的に言えばキャラクリエイト。ダンジョンマスターはポイントを消費して、見た目はもちろん、自身の能力を強化したり、スキルを習得することができる。
やりようによっては人間を辞めることもできるらしいが、好き好んで自分の身体を弄るのは抵抗はあるので、自分では試す気はないので無縁の話だ。
「ええと、これとか分かりやすいっすね。『火球』というスキルがあるっすけど、これは勇者さんが使ってた魔法と似たようなものが使えるようになるっす」
「へぇ~、それはすごいわねぇ」
「まぁ、実際にはライター……といっても分からないすね。ちっちゃい火ぐらいしか出せないみたいっす」
度々スキルについての話題が上がることはあるけど、そのほとんどが期待外れのものが多かった。さらに、スキルを習得するだけでポイントを消費し、スキルを使用するごとにポイントを消費するという使い勝手の悪さ。
そもそもダンジョンマスターが前に出る状況がほとんどないので、一部の奇特な人か情報に踊らされた人ぐらいしか使ってないんじゃないかというのが現状だ。
「このスキルってモンスターにも活用できないのかしら?」
流石はフィリアさん。まずその考えに至るってのがフィリアさんらしくて、ニヤニヤしてしまう。
「もちろんできるっすよ。というか、ガーディ君の超振動がそのスキルっす。むしろモンスターに習得させるのがメインっすね!」
「アレがそうだったのね。ねぇ、そのスキルをいっぱい付けたりしたらダメなの?」
「ダメってわけじゃないっすけど、ちょっと難しいっすね」
モンスター作りで課題となるのは、消費するポイント量とその配分。多くのポイントを使った方が強いモンスターを作ることができるが、その分、数を用意できない。また際限なくポイントを注ぎ込めるわけではなく、上限が決まっていて、この上限内でいかにポイントを配分するかで大きく変わってくる。
基本性能を高めにすると、スキルに割り振るポイントが足りず、ただの無能力モンスターになったり、逆にスキルを多く取得すると、特殊能力だけの雑魚モンスターになったり、そこら辺の調整が難しい。
一応、同系統のモンスターを作り続けることで熟練度的なモノが上がって、その系統のモンスターを作るときの上限値が増えていくので、いつかは全能力最高クラス兼スキル満載とかできるかもしれないが、それは遠い先のことだ。
今まではアドバイス程度に留まっていたけど、一緒に作るならちゃんと説明しようと、今更ながらフィリアさんに、このモンスター作りに関する話をした。
「と、言う感じっすね。僕的には基本性能高めで、スキルは程々が一番だと思うっす」
「そうなのね。やっぱりモンスター作りは奥が深いわねぇ」
「……前に一度だけスキル特化のモンスター作ったことあるっすけど、ダメだったんで趣向を変えただけなんすけどね」
ここに来ることになった切っ掛けを思い出し、苦笑いする。
「どんなモンスターなのかしら?」
「あはは、懐かしいっす。そのころは色んなモンスター作ってたっすけど、その中でも自分が最強を目指して作ったのがドラゴン系のモンスターだったんすよ」
初めて上限いっぱいまで費やして作り出したドラゴン型のモンスター。選択できるスキルの中で、考えうる限りの組み合わせで作り上げた僕の初めての最強のモンスター。
「さっき言った通り、素の能力値は高くないスキルメインのモンスターなんすけど、ドラゴンの姿で欺き、さらにその巨体で致命傷を防ぐっす。それで、スキル『超回復』で相手の攻撃を耐えつつ、スキル『竜の咆哮』で相手の動きを止め、最後はスキル『竜の吐息』の一撃で倒すっていうモンスターっすね」
「それだけ聞くと強そうだけど、ダメだったの?」
「結局どれも通用しなかったっす……。やっぱりクゥリルさんは強すぎっすよ!」
「ふふ、クゥリルちゃん相手じゃ仕方ないね」
この一言である。
わかっていたけど、あれは理不尽の塊だ。
元村長の子だからってあれだけ強いのはおかしい。もとから素質があるかも知れないけど、多分それだけじゃない気がする。
なんというか、ドーピングアイテムを使いまくったような、多分そんなレベルだ。
「コーハイ! 少しいいか!?」
フィリアさんと楽しくモンスター談義をしていたら、ルゲルさんがやってきた。
この人は前に勇者にアプローチしていた若い狩人で、僕が来る前にもクゥリルさんに気が合ったらしいけど、先輩の登場で失恋したという少し可哀そうな人。
「ルゲルさん。こっちまで来るの珍しいっすね、何かあったっすか?」
「それが、村長代理がまたやらかしそうで……」
村長代理。それはガルドゥさんの今の立場だ。
半年前の襲撃で村長であるクゥリルさんがいなくなったため、その代わりとしてガルドゥさんが村長代理をやることになったのだが、そのせいで面倒ごとが多くなった。何なら襲撃時より、ガルドゥさんが問題起こすほうが被害出ている気がする。
代理呼びするだけですぐ機嫌が悪くなるし、毎晩愚痴りに酒飲みに来るから相手がするのが本当大変っす……。
「またっすか……。今度は何なんすか?」
「いや、まだ何も起こしたわけじゃないんだが……、まあいいか。それより、この村に知らん奴らがやって来たんだ。それで今村長代理が対応してるんだけど、絶対何か問題起こす予感しかねぇ!」
「あらあら……」
「ジルベールさんじゃないんすか? でも来るなら季節がおかしいっすね」
「全く知らん奴らだ」
「うーん、とりあえず様子を見てみるっす。こういう時のヒーター君の出番っす」
ダンジョンマスターの能力を使い、村の中に点在するヒーター君と五感共有を行う。そして一匹のヒーター君がガルドゥさんを見つけ、その場所をモニターへと映し出す。
冬以外ではあまり出番の少ないヒーター君だが、こういう使い方もあって便利だ。
『だから、何度も言ってるだろ! 知らねぇもんは知らねぇんだよ!!』
モニターからガルドゥさんの怒号が飛んでくる。周囲では他の村人が見守っているが、誰一人として止めようとしていない。
『はぁ……我々としてもこのまま帰るわけには行かぬ。ここに来るまで幾人の同胞が失ったと思っている』
『ハァ? そんなのはオメェラが弱いのが原因だろ。こっちのせいにしてんじゃねぇよ!』
そんなガルドゥさんに臆せもせず面と向かって堂々としているのは、見知らぬ来訪者――頭に見事な角を生やした人だった。その後ろでは、同じく角を生やした人たち見守っている。
「あれは……、魔人種ね。こんなところで見れるなんて珍しいわね」
「知ってるんすか? 魔人って如何にもって感じですけど、大丈夫なんすかね?」
「? 普通の人類の一種よ。この前交換した本に載っていたわ。他にも龍人種とか天使種とかいるのよ、知っていたかしら?」
と言って、取り出して見せてくれたのは一冊の本。文字は読めないが、そこそこ分厚い、何かの辞典だという事は分かった。
ジルベールさんの所で色々取引しているのは知っていたけど、そんなものを交換していたのは初耳だ。
「ふふ、私も色々知りたくて手に入れたの。これを見て、モンスター作りに役立てるつもりよ」
笑いながら「いつまでもコー君に聞いてばっかりじゃないのよ」と言うフィリアさんに気恥ずかしくなって、再度モニターに視線を移す。
そこでは二人はまだ睨み合っていたが、ようやく二本角を持った男性が言う。
『確かにその通りだ。だが、我々の事も配慮して欲しい。このような辺境な地、用が無ければ来ることはなかった……。せめて要件を聞いてもらえないだろうか』
『ハッ! 知ったことか!!』
しかし、完全に機嫌を悪くしているガルドゥさんは聞く耳を待たない様だった。
「えっと、ガルドゥさんは何でこんなに機嫌悪いんすか?」
「……村の偉い人を呼んで欲しいって言われたから、村長代理を連れてきたらこうなった」
「……ああ、そういう事っすか」
気まずそうに眼を逸らしたルゲルさん。おそらく「村長代理しかいないのか?」とかそんな事を言われたんだろうと容易に想像がつく。
『ならばこの場にいる誰でもいい、聞いてくれ。……我々は貴方達と同じだ!』
『あ゛あ゛?』
『私はもちろんこの場にいる皆は、それを知った上で協力関係にある。我らの盟友……異界の訪問者と! そして伝えて欲しい。我々は敵対するつもりは無い、我らの盟友と共に、世界の為、協力して欲しい!』




