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酒は程々に

「くっ、俺としたことが……。新たな販売ルート増えると思っていたのに……!」


売人もとい、ダンジョンマスターは大げさに悔しがっているが、その手は酒を飲むことを止めない。


「……ン? よくみるとお前どこかで……」


こちらをマジマジと見つめて、思い出そうと唸り出し、酒を持つ手を突き付けてきた。


「……ア! 最近俺ん所荒らしてる冒険者じゃねぇか! テメェのせいで、こちとら休む時間なくて、迷惑してるんだぞ!」

「え、えぇ……。たしかにそうだけど。今それ言う? ってか、あそこのダンジョンマスターだったんだ……」

「ちょうどいい! 今この場でお前らを倒せば済むことだ!」


なんかもう、後はクゥリルに任せればいいか。今は逃げられないよう気絶させてもらって、酔いから醒めた時に聞くとしよう。


「クゥ、お願いできる?」

「…………」


しかし、返事はない。

どこか蕩けたような目は、焦点が合わず、ただボーっとしている。


「馬鹿め、獣人だったのが運の尽き! あの篝火の中には、既に『ハッピードリーム』を仕込んでいた……開けた場所とはいえ、大量の薬を入れておけば、影響が出るのも必至! さぁ、メインアタッカーが居なくなった今、どうする!?」

「クゥ、しっかり! クゥだけが頼り何だから!」


まずい、このままだとやられる――ッ!


「……しまった! こっちも攻撃できる手段が無い!」


……。冷静にアイテムバックから解毒ポーションを取り出し、クゥリルに飲ませる。


「アレ? 旦那様?」

「よかった、目が覚めたようだね。とりあえず、クゥはアイツを伸してくれる?」

「?? わかった。アレを気絶されればいいんだね」


未だ状況が掴めきれてないクゥリルは、困惑しながらも相手の方を向き、相手の出方を窺う。


「くっ、かくなる上は切り札を使うのみ! スキル発動……『魔獣操演』!!」


バッと片手をあげて、高らかに宣言した。

……しかし、何も起こらなかった。


「あ、あれぇ?」

「……ねぇ旦那様。本当にあれが相手?」

「クゥが言いたいことは分かるよ。でも、あれであってるよ」


と思ったのも束の間、異変はすぐに起きた。


「ぐ、ぐぅうううう」

「ああ、ああああああああ」


何の関係のない、周りの人たちが急に苦しみだした。

苦しみだしているのは獣人だけで、少なからず混じっている人やエルフは、何が起きたのか分からず、心配そうに介抱しようとする。


「始まったか! よかった、本当よかった!」


しばらく苦しみだした獣人たちは、次第に落ち着きを取り戻す。

けれど、その姿は一様に変わっていた。その目は真っ赤に充血し、口元にはよだれを溢れさせ、知性の欠片もない姿に変容し、介抱してくれていた人を乱雑に振り払う。


「これは、一体……」

「言っただろう、『ハッピードリーム』は魔獣化させる薬だとな! まだまだ量が足りず、半魔獣化といった所か。まぁ、これだけの数があればお前たちを倒すことも造作ない! さぁ、この二人をやれ!」


近くにいた半魔獣化した獣人が襲い掛かってくる。それだけでなく、イスやテーブル、酒樽までも飛んできた。クゥリルは俺を守りながら、それらをはたき落し、蹴飛ばして対処する。


それだけならばよかったのだが、さきほどまで楽しく酒を飲んでいた相手の突然の変貌に、薬の影響がない人やエルフは悲鳴を上げて逃げ出す。

そのせいで、場が荒れに荒れて人の波が無秩序へとなり、一瞬の隙ができてしまう。


「っ!」


一本の酒瓶が飛んできた。


不意の一撃に反応できずにいたが、クゥリルはその身を盾に俺をかばう。パリーンっと酒瓶が割れて、中身がぶちまけられ、酒をもろに浴びてしまった。それでも腕で直撃を防いだのは流石といった所か。


「だ、大丈夫?」

「……」


声を掛けてみるが返事はなく、ぽたぽたと酒を滴らせて、その場に立ちすくんでいた。いや、わずかに反応はしている。けれど、どうにも様子かおかしい。


「……クゥ?」

「うぇへへ、だんなさまぁ~」


ようやく動いたかと思うと、顔を真っ赤にしたクゥリルが突如として抱き着いてくる。


一目瞭然、クゥリルは酔っ払っていた。

まさか酒に弱いとは思ってもいなかった。そういえば、今までクゥリルが酒を飲んだところを見たことがないかもしれない。今だって乾杯しただけで、一口も飲むことなく、どこか敬遠していた。


「ク、クゥ!?」

「すーはー、すーはー。だんなさまぁ、だんなさまぁのにおい~♪」

「しっかりして、クゥ! 今そんなことしてる場合じゃないよ!?」


引きはがそうとしても力の差は歴然で、一向に離れる気配がない。その間にも、前から半魔獣化した獣人たちが襲い掛かってきて――視界が、回った。


一瞬何が起きたか分からなかったが、どうやら俺を掴んだまま近寄ってきた人たちを薙ぎ払ったようだ。

クゥリルが暴れるたび、あちこちから「ぐわぁあ」とか「ぎゃああ」とか聞こえる。その都度、ぐるんぐるんと物凄いG(遠心力)が掛かって、こっちもこっちで、別の意味で酔う。


「ウォオオオオ!! クゥリルちゃーん! そんなやつより、オレを選んでくれー!」


次にやってきたのはトールだった。

トールだけは人の数倍もの量を摂取していた為か、筋肉はもとの数倍は膨れ上がり、まるで狼男のような姿へと変わっていた。


「お前どんだけキめてたんだよ……」


ほぼ魔獣化して、強化されたトールだったが、

「うっさい、ちかよんな、ざこ。むふふ~、やっぱりだんなさまが一番~♪」


呆気なく一蹴されてしまう。蹴り飛ばされる瞬間、トールの眼は確かに涙を流していて、何とも言えない表情で吹っ飛んでいった。


「ハァ!? ウソだろ、何だアレ! どんな動きしてやがる!」


しばらくこの暴走特急を耐え忍んでいたら、分の悪さを感じたのか酔いも一気に醒め、焦り出す。そして、懐から何かを取り出そうとし、


「ここは一時撤退を……ぎゃあ!」


クゥリルが蹴っ飛ばした酒瓶が頭に直撃し、ダンジョンマスターはその場に倒れ込む。取り出したものもその場に落とし、完全に意識を失っているようだ。


「あれは確か、ダンジョン帰還のアイテムだったか……うぷっ……」

「うぇへへ、だんなさまぁ~♪ だんなさまぁ~♪」


そろそろこちらも限界が近い。無事に避難して逃げ延びた住民はともかく、逃げ遅れた人も半魔獣化した人も等しく倒され、阿鼻叫喚。もはや、このクゥリルを止めることのできる者はいないだろう。


その後もクゥリルの暴走は続いた。

ぬいぐるみのように扱われた俺は途中で意識を失ってしまったのだが、そんな俺を見たクゥリルが泣き出し、最後には泣き疲れて寝てしまったらしい。なお、クゥリルにはこの時の記憶はないようだ。


一応、ダンジョンマスターも捕縛ができたし、魔獣化した人たちも一晩で元に戻ったので、良しとしよう。終わり良ければ総て良しだ。


捕縛した彼が今後どうなるかは国の判断に任せることとなり、この騒動は幕を閉じるのだった。

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