宴の始まり
人々が集まり、楽しむ場所――酒場。
先ほどと変わりなく盛り上がり続けるこの一角は、店の中だけに留まらず、外にまで広がっていた。
人が行き交う道にはテーブルが置かれ、篝火まで待ちだされて周囲を照らす。忙しそうに酒を給仕している店員を見ると、別々の酒場から運んでいて、ここら一帯の酒場が協力し合っているようだ。
一言でいうならば、異常。盛り上がるにしても、ここまで盛り上がる理由が分からない。
クゥリルがこの様子を見て、「酒場って凄い」って驚いているが、これはどう見てもおかしいからね。しかも、何の騒ぎだと気になって見に来た人たちが次々と参加して、今も人が増え続けている。
「こんなに人が多くて、本当に見つけられるのか?」
思った以上の人の多さに、諦めかけていた時、クゥリルがそれを指差した。
「旦那様、アレ」
「ん、あれは……?」
一見普通としか思えない見た目、変哲もない人。それは決して怪しいと思えない人物で、探している売人とは思えない。
「あの人がどうしたの?」
「旦那様はどう見える?」
「どうって、普通の人じゃないかな」
「普通、だよね。じゃあ、特徴は? 人、獣人、どっちに見える?」
クゥリルが何を言いたいのか分からない。
その人は周囲に交じって普通に酒を飲んでるだけ、楽しそうに会話を聞いて、周りの人と変わらない、見た目通り普通の、普通の――。
「普通過ぎるのか。それどころか特徴が一切ない。さっきまで人だったと思ってたけど、今は獣人に見える」
「やっぱり、変じゃないけど、変だよね」
ようやくクゥリルの言っていることが理解できた。理解すれば話は早い、そいつは俺達と同じ魔道具を使っている。
認識阻害の魔道具――見た目怪しかろうが、知り合いだろが、それを使えば何の特徴のないモブにしか見えなくなるという効果を持つ。獣人たちの酒飲みに交じっている時は獣人に見え、一度離れると普通の人にも見えてしまうが、一切の違和感を感じさせない。
「意外と凄かったんだな、コレ」
トールを尾行する時に使っていたとはいえ、正直なところここまで効果が高いとは思っていなかった。気持ちばかりの変装道具のつもりだったのだが、驚きだ。
一般的に普及している魔道具は、現代の家電製品の劣化としか思えなかったが、こういった一つの機能だけを追求した、特化品ならば違うという事か。……うん、普通に考えれば、ダンジョン攻略に使っていた魔道具もある意味の特化された魔道具。ゲームとかだとありきたりで、普通のことかと思っていたが、割と凄いものが多いな。
改めて魔道具の凄さを感じていたら、いつのまにか道のど真ん中で輪を作るように人だかりができていた。
「野郎ども、盛り上がっているかー!」
「「「いえーい!!」」」
「今日はオレのおごりだからジャンジャン飲んでくれー!!」
「「「うぉおおおおおお!!!」」」
集まった人たちを煽るように、声大きく扇動するのはトール。なんとなくわかっていたが、トールがこの状況を作り出した犯人のようだ。
薬によって何か仕出かすとは思っていたが、これほどの騒ぎまで発展するとは、予想外にも程がある。流石に酒樽ごと飲み比べをしようとしているのは止めた方がいいかもしれないが、周りもノリにノって割り込めそうにもない。
それより今は売人の方だ。十中八九、ダンジョンマスターと思われる人物は、騒ぎのおかげか、油断してこの場に留まってくれていた。
「まぁ、あっちのほうは置いといて。とりあえずアイツから話を聞くか」
人混みを縫うように進み、売人の前へと出る。すると、売人もこちらに気付いたのか、機嫌よく酒を片手に上げて挨拶してきた。
「いやぁ、すごい盛り上がってるねぇ、アレ。どう、そっちも飲んでるかい?」
「あー、いや、まだ来たばかりで、飲んでないな」
「それなら飲まなきゃ! こっちにコップ余ってるから、ホラホラ。あっ、そっちのかわいい子もイケるだろ? さぁ、乾杯しようか、乾杯!」
あまりにも友好的で拍子抜けする。この人も既に出来上がっているようで、酒の入ったコップを受け取り、流されるままに乾杯した。
売人は一気に酒を呷り、すぐに飲み干す。そしてすぐに新たな酒を求めて酒を注ぐが、こちらが飲むのを待っているようで、注ぐだけに留まっている。
相手の調子に合わせる為にも一口だけ飲む。口当たりの良いミルク酒が口の中いっぱいに広がる。濃厚なミルクと酒が混じり合い、絶妙な味を成した、とても飲みやすい逸品だ。
「あ、美味しい」
「だろ!? ここの酒、すっげえ美味しんだわ!」
「それより、この盛り上がりどうなってるわけ? 何でこんな状況になってるの?」
「う~ん……、こっちもよくわからんけど、何か凄いことなっちゃってね。まさかこんな風になるとは思ってなかったよ」
「と、言うと。アンタが何かしたってわけ?」
「いやいや、そんな大それたことはしてないさ、ただ……」
途中で言葉を止めると、ぐびっと更に一杯酒を呷り、
「ただ、ちょーっとだけ幸せをおすそ分けしただけさ」
自らも幸せそうに、何かを匂わせながら言った。
隠すつもりが無いのか、その表情はにやにやと言いたそうにしている。
「なるほど。つまり、これを使って、この騒ぎを起こしたというわけか」
売人の目の前に薬を突き出す。それでもなお、売人は止まることなく、酒のお代わりを注いでいく。
「やっぱり、俺がそれをバラまいているってこと知って来たわけか」
「こんな怪しい薬作って、何が目的でこんなことしてるんだ?」
「ぐびぐびぐび、プハー。あー、それをバラまいた目的、ねぇ。そりゃあもちろん、幸せになる為さ」
テーブルの上にあった酒を飲み干すと、売人は立ち上がる。
「これは『ハッピードリーム』。一匙摂取するだけで多幸感溢れ、二匙摂取すれば幸せな夢に浸れる、とてもハッピーなお薬……」
そして、近くのテーブルに余っている酒を手に取り、また注ぐ。
「その実、これを大量摂取したものは、魔獣へと変容させる悪魔の薬! それがコレ、『ハッピードリーム』の正体だ! ハーハッハッハッハ!! おおっと。ずずずずー……」
え、何でコイツはこんな馬鹿正直なの? …………ああ、酔っ払ってるからか。
「まっ、獣人だけにしか効果はないんだけどね」
「それで、魔獣に変えて、何を企んでいるんだ。ダンジョンマスターさん」
「な、なな、なんで俺がダンジョンマスターだと分かった!?」
「いや、これだけのものを用意できるとしたら、それ以外ありえないだろ」
これだけのこと言ってバレないとでも思ってるのだろうか。
俺もダンジョンマスターだから人のことは言えないが、ダンジョン放っといて何やってるんだ、このダンジョンマスターは。




