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薬、ダメ、ゼッタイ。

日が暮れて、辺りは暗くなったころ。

放牧されていた家畜は畜舎へと戻され、仕事を終えた人たちは帰路につく。主な産業が牧畜で生計されているムシュフルは、夜になると一気に静かになる。けれど、この街では畜産物豊富なだけあって酒場はいくつもあり、街の一角に集合するように建ち並んでいる酒場だけは、これからが本番だという様に賑やかになっていく。


ワイワイガヤガヤと酒を片手にその日あった出来事や噂話を語り合う。

昼間までは軽食を提供したり観光客向けの商品を売っていた場所が、仕事が終わった人たちが集まっていく事でまったく違う雰囲気へと変え、喧噪途切れることなく、酒が入るたびに盛り上がる。


「あはははは。ホント、この街は良い所ですね。このままずっと居たいぐらいですよ」

「はっはっは、嬉しいこと言ってくれるねぇ。お前さんさえよければ、こっちで暮らしてみないか? お前さんなら十分やってける素質あるぜ」

「おっ、だったらウチに来いよ? 土地も家畜も余るほどあるんだ、手始めにそこでやってみないか」

「おいおい、抜け駆けはズルいぞ。こっちのほうがいい家畜を寄越してやる。コイツんとこに行くよりこっちに来た方がお得だぜ」

「いやぁ、お誘いは嬉しいですけど、オレには騎士としての仕事があるんで。それに、オレには心に決めたことがあるんで、それを達成するまで辞めるわけにはいけません」


人、獣人、エルフ――もっと言えば他にも色んな種族が存在するが、そんな多種族が闊歩するドラグニア帝国でも、ここムシュフルでは獣人が多く住んでいる。その理由としては、畜産業のほとんどが獣人のやる仕事だからだ。

一応獣人以外でも牧場主となることもあるが、種族的に動物の扱いが上手い獣人が畜産業を、それ以外を人やエルフなどの別の種族が担っている。


今語り合っている一団も畜産業を営んでいる獣人の集団で、大枠で見れば同じ獣人であるトールも、その中で自然と馴染んでいた。


「毎日毎日どこに行っているのかと思えば、まさかこんなところで飲んでいたとは……」

「人に酒がいっぱい。なんか祝い事でもあったのかな?」

「いや、酒場は大体こんな感じだよ」

「!?」


どうやらカルチャーショックを受けたようだ。クゥリルには適当に注文を任せて、再度トールの方を窺う。


俺とクゥリルは店の隅っこの方で一般客に紛れて隠れ見ているが、魔道具のおかげでこちらに気付くことはなく、今も変わらず楽しそうに語り合っている。

一体何がトールをこんな状態にしているのか、その原因を見つけるために尾行しているが、これといった変なところはまだ見られない。


それから時間だけが過ぎていき、夜も大分更けてきた時だった。


「あー……ヒック……。大分酔っぱらっちまったなぁ……」

「どんどん飲め飲め! そんなんじゃ酔っ払ったうちに入んねぇよ」

「……それに、アレも、ヒック、切れてきたな」


さっきまで楽しく酒を飲んでいたトールが、急にしらけだす。

相も変わらずテンションが高い周りの獣人たちは、気にすることなく酒を勧めているが、どうもトールの様子がおかしい。


「なんだなんだ、もうお終いかぁ? 酒はまだまだあるんだぜぇ」

「なぁ、アレ余ってねぇか? 手持ち切らしてんだわ」

「あー……アレか。こっちも手持ちにゃあねぇな」

「こっちもだ。まぁ、後で買いに行くべ」


懐を探る様にごそごそと探しているが、アレは出てこなかった。その事実を突きつけられたトールはテーブルへと突っ伏してしまう。


「はあぁぁぁ」

「おいおい、そこまで落ち込むことはないだろ」

「よし! それじゃあ今から買いに行こうぜ!」

「だな。アレがあればもっと盛り上がるってもんだ」

「み、みなさん……っ!」


わけのわからない抱擁タイムの後、一団はアレを買いにと、店を出て行った。


感動的な流れになったかと思えば、すでに二件目へと行く話になってるし、やはり酒のテンションは恐ろしい。酒を飲むとしても、酔っ払ってしまうのだけは気を付けよう。


こちらも追いかける為、すぐさま会計を済ませ、デザート(ミルクアイス)を味わっていたクゥリルを急かした。




酒場のある区画から少し離れた薄暗い路地。普段では気付きそうにもない所にポツンと一軒だけ灯りが点いていた。目立たず、一目見ただけでは分からないぐらいには、さり気なくやっているお店。


何の店なのか分からないが、一直線にトールたちはその店の中へと入っていく。流石に店の大きさから、中にまで着いていけばバレる為、一度トールたちが出てくるのを待った。


そして少しして、

「ふぅー……。いやぁ、やっぱコレだよ、コレ! マジ最高だわ」

「見ていて清々しいほどいっぺんに行ったなぁ。おし、このまま二件目に行くぞぉ!」

「「「「オーっ!」」」」


最高潮のテンションのまま店から出てきたかと思えば、すぐに再び酒場のある区画へと戻っていった。


「原因はこの店、か……。何というか、案外すぐ見つかったね」

「…………」

「クゥ? もしかして眠い?」


返事が返ってこないことに疑問に思い、クゥリルに再度問いかける。珍しいことにボーっとしていた。部屋の中ならいざ知れず、こんな場所で気を抜くなんてらしくない。


こちらに気付くと、すぐに「大丈夫、なんでもない」と返してくれた。

念のため確認するが、綺麗な紫色の両目はしっかりと焦点を定めていて、問題はなさそうだ。


いきなり目をの覗き込んだのにビックリしたのか、顔を赤らめて見つめ返す。そのまま、チャンスと言わんばかりに顔を近付けようとして――空を切る。


気付くのが遅かったな。すでに離れた後だ。


「はい、大丈夫そうだね。それじゃあ中に入ろうか」

「むぅ」


残念そうにしているクゥリルを置いといて、早速店の中へと入る。

一歩店内に入るとむわっとした煙っぽさに包まれ、「いらっしゃい」とこれまた壮齢な獣人のおばあさんに迎え入れられた。


「あの、ここで売っているもの見たいのですが……」

「……アンタに売るものなんてないよ、帰んな」


客商売とは思えない愛想悪さであしらわれた。しかし、後ろからクゥリルが顔を覗かしたら一変して、


「……なんだい、その子用ってわけかい。なら売ってやるよ」


愛想は悪いままだが、おばあさんはソレを取り出した。


「あんたらも運がいいねぇ。さっき仕入れたばかりだから沢山あるよ」

「えーっと、これって一体……?」

「なんだい、コレを買いに来たんじゃないのかい?」


取り出されたのは白い粉末。一つ一つ透明な袋に包装されいて、一目で怪しい薬だってのがわかるものだった。


「あっ、もしかして幸せになれるってヤツ……?」

「それ以外なんだっていうんだい」


今の今までまで忘れていたが、この街に来た初めに聞いていたものだ。

あまりにも胡散臭くてすぐ忘れてしまっていたが、まさかこんな分かりやすいものに引っかかるなんて……、見るからに粉薬じゃないか。


「って、粉薬!?」

「煩いねぇ。それで、買う買わない、どっちだい?」

「いや、それよりコレどこから仕入れたの!? 仕入れたばかりって言ってたよね!?」

「……」


無言の圧。あー……まずは金を払えと言う事か。

金貨一枚差し出す。


「あたしゃあ知らんよ。でも、卸したのはついさっきだからね。まだ近く……もしかしたら酒場にでも行ってるかもね」


これを作ったのは俺と同じ世界の人間……つまり、ダンジョンマスターだ。


粉薬の包装。まず、これを作るのはこの世界の技術では無理がある。同じような包装を作ること自体はできるかもしれないが、全て同じにするのは無理。


魔道具という存在のおかげで、印刷機や冷蔵庫などの電化製品同等のものはある。しかし、それらはどれもこれも現代の最新式と比べると何世代も前のような旧式。そんな技術レベルで全て同じ規格、寸分違わず作るなんて真似はできない。ましてや粉薬と同じ包装って時点で、元の世界関係しか考えられない。


この事実に気付いた瞬間、嫌な胸騒ぎが押し寄せてきた。

何が起こるかまだわかったわけではないが、すぐさま酒場の方へと走り出した。

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