異常事態
「クゥリルさん、ダンナさん、おはようございます! 今日もクゥリルさんはお美しい、そんなクゥリルさんを見れてオレは幸せです」
「…………え?」
朝早くからご機嫌な挨拶をしてきたのはトール。健やかな表情が逆に不気味なぐらい、元気ハツラツといった笑顔での出迎え。
「ダンナさん。そんなにジロジロ見て、どうしました?」
「いや、どうしたって言われても……」
「いい天気ですし、もっと元気出していきましょうよ。ほらほら~」
どこからどうみても、昨日の様子と比べると異常そのものだった。
口調も丁寧になっているのもそうだが、そもそもトールは俺を見るとまず睨んで来るのがデフォルト。それが朝一番で挨拶してくるなんて、普通じゃ考えられない。
「え、何あったの? 何でそんなに機嫌いいの?」
「あはは、何もないですよ。ただ、いつもより幸せな気分なだけです。いやぁ、この気持ちを分けてあげれないのが残念だなぁ」
あははと笑いながらその場でクルクルと回り始めた。もはや陽キャを通り越して変人の域、俺の後ろに隠れていたクゥリルも目を丸くしている。
「旦那様、何これ?」
「……俺にもわからん」
何故こんなことになっているのかはわからないが、もしかしたら俺達を油断させるためにわざと演技している可能性があるかもしれない。注意深く観察してみるが、どう見ても演技しているようには見えなかった。
「どう? 何か企んでいる感じする?」
「んー……そこまではわからないけど、大丈夫、かな? 多分だけど、本当に何も考えてないと思う」
「クゥでもわからないのか。まぁ、睨まれるよりはマシ、なのかな? 何か気付いたら、その時は教えてね」
「わかった。コレがどうでるかわからないから、旦那様も気を付けてね」
かなりぶっ飛んでいる状態だがクゥリルの判断がもらえた以上、悪意がないのは確かだろう。しかし、変わってほしいとは思っていたが、まさかこんな様変わりするとは予想外だ。
「……それじゃあ行こうか」
「ええ、今日も張り切って頑張りましょう!」
あまり気乗りはしないが、これを見せられ続けるのもつらくなってきた。
トールはこっちの気を知らずに意気揚々と先導して歩き始め、更には朝早くから牧畜の仕事をしている人たちに対しても、いちいち挨拶している。
「おはようございます! 今日もいい天気ですね!」
「おう、おはようさん。朝から元気のいいヤツだな、うちの坊主にも見習わせてやりたいぐらいだ」
……。
「おはよう!」
「あら、おはよう。ふふふ、元気のいい子ねぇ」
…………。
「あははは、二人とも遅いですよ~。そんなんじゃ置いて行ってしまいますよ~」
うん、やっぱり無理。たとえ好意的だろうと、居心地が悪すぎて耐え切れない。一瞬でもマシだと思った俺が馬鹿だった、これなら嫉妬の眼で見られた方がまだマシだ。
「あー…………やっぱり、今日は止めとかない? なんかいつもと違うし、休んだ方が良い気がするんだよね」
「何言ってるんですか!? 調査は一日にしてならず、ですよ! それに、殿下直々の重大な任務でもあるんですからね! 殿下が安全にダンジョン攻略できるためにも、最低でも3回……いえ、念のため日を置いて4回は調査しないといけません!」
うわぁ……無駄にやる気もあって面倒だな、コレ。
「それに、この近くにはまだ他にもあるんですからね。村の安全の為にも、早く調査するべきです!」
「わかったわかった。だから少し落ち着こう」
「オレは落ち着いてます。ほら、みんなの幸せの為にも行くべきです」
「旦那様、無理にでも止める?」
「いや、もういいや……。しばらくすれば正気に戻るでしょ……」
クゥリルが提案してくれるが、それを断る。
結局のところダンジョン調査はやらなければならい事なので、いつまでこのテンションが続くかわからない以上、さっさと終わらせるべきだろう。そうと決まれば、早々に諦めてこの日は妙なテンションのトールの主導のもと、ダンジョン調査を行うことにした。
だが、この異変はすぐには終わらなかった。
その日のダンジョン調査中も、トールは終始こんな調子だった。
いつも以上のクゥリルを持ち上げる声援。俺のことを目の敵にするのではなく、まさか共感して欲しいかのように同意を求めてくる。
あまりにもウザ過ぎて、終わりの方は死んだ目で聞き流すだけとなっていた。そんな俺を見兼ねたクゥリルは前以上に圧倒的殲滅力ですぐに終わらせてくれたのだが、その結果、本日一番のウザさに充てられたのは言うまでもない。
ムシュフルに滞在して更に数日。
一向に収まることのないこの異常事態を解決するため、立ち上がることを決めるのだった。




