表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/113

怪しい薬

あれからダンジョン調査を無事に終え、近くにあるムシュフルと言う街へやってきた。


街にはいくつか柵に囲われた場所があり、その中には牛に似ているが、どこか違う生き物が放牧されている。街中の方に進んでいけば、少ないながらも屋台があって、どこか長閑な雰囲気を漂わせるいいところだ。


一仕事が終わったということで、自由な時間となった俺とクゥリルは街中を二人で歩く。


トールは調査をまとめたものを書簡として帝都に送る仕事が残っているため一人別れた。別れ際にもトールがアプローチを試みるが俺を盾にされて失敗に終わる。もう大分慣れてきたが何かあるたびに恨みがましく睨むのはどうかと思う。


何度も何度もクゥリルにアプローチしては俺に邪魔される。このワンパターンとなってきた状況で、俺が気に食わないのは分かるが、それは全てクゥリルに弄ばれている。


トール目線からすればクゥリル本人から拒絶されていないからか、脈ありだと思っているのだろうが、実際は一切相手にされておらず、むしろ都合よく利用されているだけ。早い所この事実に気付いて、クゥリルのことを諦めてほしい。


「すみません、その肉串2つ下さい」

「はいよ、2つで銅貨60枚だよ」


適当に見つけた屋台に金を払い、肉串を受け取る。美味しそうに肉汁が滴っている肉串の一つをクゥリルへと渡してから口に入れた。


アツアツで噛み応えはあるがしっかりと噛み切れて、絶妙な塩加減が肉そのものの味を引き出していて美味しい。


「美味しいね、クゥ」

「うん、この肉悪くない。中々いい仕事してる」


美味しそうに頬張り、シッポを揺らしている。先ほどまでダンジョンでモンスターを薙ぎ払っていたのが嘘のようで、女の子らしい振舞いを見ているだけで癒される。


「ははは、ありがとう嬢ちゃん。それにしても美味しそうに食べるね、よかったらもう一本どうだい?」

「ん、貰う。ありがと」


屋台のおじさんからサービスでもう一本貰うと、喜んでそのまま二本目にかぶりつく。その様子を見て、屋台のおじさん共々ほっこりする。


「お客さん、ここらじゃ見ない顔だけど観光かい?」

「ええ、色々見て回ろうと帝都から来ました。何かオススメなものとかあります?」

「へぇ、珍しいねぇ。だったらムシュフル名物のミルクは欠かせないね。この辺りは何もないけど牧畜だけは盛んでね、この肉も含めて街の名物で絶品だよ」


さらに気前よく屋台のおじさんは、どこそこのお店の料理が安くて美味しいとか、お土産を買うなら酒や乾酪(チーズ)も良いなどと懇切丁寧に話してくれた。


「ああ、それとアレもあったな。……ははん、もしかしてそこの嬢ちゃんの為に、アレを目的にここまで来たってわけだ」

「アレ?」

「おや、知らなかったのか? そうだと思ったんだがなぁ」

「一体何のことか知らないけど、それとクゥに何の関係が?」

「そんな詳しくはないんだが、少し前から獣人たちの間で流行ってるものがあってな。何でも獣人がそれを舐めるだけで幸せになれるんだってさ。だから、嬢ちゃんの為に手に入れに来たと思ったんだけど、どうやら違ったみたいだな」

「へ、へぇー……」


聞いただけで分かる胡散臭さ。もし本当にそんなものがあったとしても、まともなモノではないことは確かだろう。勧められても買わないよう注意しておくか。


「ごちそうさま! 旦那様、次行こう!」

「ああ、そうだな」


満足そうに肉串を食べ終わったクゥリルが催促する。実は追加購入して四本目だったりするが、それはそれとして。


「色々ありがとうございました。今度近くに来たら、また買いに来ますね」

「おじさん。肉串ありがと、美味しかった」

「おう、こちらこそありがとさん! また来てくれよ!」


別れの挨拶もそこそこに観光を再開することにした。この日はオススメされた食事処に立ち寄り、珍しいことに絡まれることもなく、何事もない一日を過ごした。



■■■



その日の夜。


「あー、クソッ! あの野郎、邪魔ばっかしやがって!」


トールは荒れていた。目当ての少女を口説き落とそうと、何度も挑戦しては失敗していたからだ。一人仕事が終わった後も合流することができず、酒場で名物のミルク酒を飲んで、今はただの酔っぱらいとなっている。


「ヒクッ……どうにかしてクゥリルちゃんと二人きりになれればこっちのものなのによぉ」


半分とはいえ、同族であるクンロウ族の少女を目にした時からトールは惹かれていた。

本来のクンロウ族であれば、一度でも番いを得た相手に惹かれることはないのだが、ハーフ故か、トールにはその血に縛られることはなかった。


だからと言って、既に番いを得た女性を口説くというのも、普通の感性ではありえないのだが、トールはこれまでの経験と自身の強さから、口説き落とせると思い込んでいたのだ。


「そこの人。どうやら、お悩みのようですね」


トールが夜道をふらふらしながら歩いていると、路地の暗がりから声を掛けられる。


「あんっ!? 何だテメェ!」

「自分はただのしがない商人ですよ」

「その商人が、オレに何の用だ! ……ヒクッ」

「おやおや、随分と酔っ払っているようですね。自分でよければ話を聞きますよ?」


親切そうに路地から出てきたのは、黒いローブを纏った商人を名乗った男。ローブについているフードを深く被っていて、顔を隠すように深めにフードを被っていて、口元までしか窺えない。


「チッ、テメェなんかに言ってもどうにもならねぇことだよ。サッサとどっかに失せな!」

「まぁまぁ、そんなこと言わずに……。あ、でしたら、コレでもいかがですか? お会いした記念にタダでお譲りします」


ゴソゴソと商人が懐から取り出したのは、透明な袋に詰められた白い粉。


「あん? 何だ、ソレ」

「『ハッピードリーム』という薬です」

「薬だぁ? ヒクッ……オレは別に悪い所なんてどこにもねぇぞ」

「これはただの薬じゃないんですよ。舐めるもよし、焚いて嗅ぐも良し、それを味わうだけで幸福になれる代物です」


見るからに怪しく、この世界に存在しない素材で包装されているのだが、酔っ払っているトールはそのことについて疑問に思うことはない。


「……それをオレに渡すのに、テメェに何の得があるっつーんだよ」

「自分は困ってる人を捨て置けない(たち)でしてね。今日のところはサービスです。次からお代を頂ければ結構ですよ」

「…………ふん、タダなら貰っといてやるよ」


無償で施してくることを怪訝に思いながらも、トールはそれを受け取った。それを見届けた商人はニタニタとした笑顔でその場から去ろうとする。


「ああ、それと。ソレは獣人族にしか効果はありません。……もし、気に入っていただければ、今度はこちらからご購入下さい」


渡し忘れていたとばかりに最後にメモを手渡し、商人は再び路地の闇の中へと消え去っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ