調査のお仕事
ザシュ、ズパッ――
ヒュンヒュン――……ズドン!
斬っては薙いで、薙いでは突く。
一陣の風となって流れるように周囲のモンスター達を葬るそれは、今この瞬間を全力で楽しみ尽くしている。
「~~♪」
ご機嫌な調子で鼻歌交じりにモンスターを蹂躙するクゥリル。
どんどん湧き出るモンスターの方を向いては笑みを浮かべ、鋭い眼で獲物を捉えていた。
「流石です、クゥリルさん!」
憧憬の眼差しで後ろから称賛の声を送るのは、騎士団長オージンの息子であるトール・グレイヴォフル。
騎士の恰好はしているが、剣の代わりにペンと紙を持ってこの様子を書き記している。
「あの数のモンスターを一瞬で倒すなんて……マジ尊敬します!!」
「クゥの方ばかり見るのもいいけど、それ書けてるんだよね?」
「あ゛ぁ゛? 見て分かんない? こっちはお前と違って、ちゃんと仕事してるっつー……いえ、なんでもないです! ちゃんと仕事してます!」
嫌そうな顔でこちらを睨んで来るも、悪態を吐けばすぐにでもクゥリルの威圧が飛んできて一瞬で早変わりする。
始めこそクゥリルの前でも生意気な態度だったトールだったが、一週間も経てばこの通り従順になるのも仕方のないことだろう。
どうしてこんなことになったのかと言えば、事は一週間前に遡る。
一週間前、ジークの提案でクゥリルの狩りの代わりとして用意されたのが、ダンジョンの調査。クゥリルの不満を解消できるし、ジークの協力にもなる、一挙両得の案だった。
どうやらジークが不在の間にも目――金目偵察団という、国内の情報収集、操作を行う部隊――がいくつかのダンジョンの所在を掴んでいたようで、ジークの認可待ちとして、溜まっていた仕事の一つとして処理しているところだったらしい。
ダンジョンの調査とは、対象のダンジョンがどのぐらいの深さなのか、どんなモンスターが出てくるのか、様々な要素に基づいて危険度を調べる、謂わばダンジョンレベルの測定。
一応、規定に沿った基準があるようで、ダンジョンレベルが一定以下なら監視下に置き、一般冒険者に開放し、一定以上なら部隊を派遣して攻略、もしくは一定以下になるまで攻め続けることでレベルを調整するようだ。
本来であれば、爪――銅爪強襲団という、ダンジョンの脅威から国民を守る為の部隊――によって行われるのだが、件の最大級ダンジョン攻略の際に多くの人材が失われ、人手が足りずに各領地に派遣する部隊だけで手一杯になっている。
その為、銀牙騎士団の人員を割くことも考慮していたが、代わりにやってくれるならと渡りに船とのことで、更に今回は初期調査で一番危険が伴うのだが、ジーク曰く、クゥリル程の手練れであれば一人でも問題なく遂行できると太鼓判も押していた。
ここまでは特に問題がなかったから快く請け負った。多少は寄り道してもいいとのことで、二人でこの国を漫遊できるはずだったのが……問題がすぐに浮かび上がった。
それは、俺が文字を読めないことだ。
普段は自動翻訳のおかげで日本語として聞き取れているが、文字として書き起こされると異世界語など一切読めない。同じ音の響きの公爵と侯爵の違いも聞いただけで公爵の方だとわかったから、正確には日本語として聞き取っているわけではなく、意味を理解できるといった所か。
これまでの旅路は全て口頭でしかやり取りをしてこなかったし、ファグ村でもクゥリルの一声で村人全員に日本語を習得させていた為、異世界語を目にする機会がなかった。
これでは調査結果を報告書にまとめることができず、記録を残すことができない。
一応クゥリルが読み書きはできるが、報告書としての書き方は知らないのでダメ……というより、前に出て戦う必要がある以上、書記もお願いするのは躊躇われる。
結局二人旅ではダメという事になり、報告書をまとめる人が一人付いてくることになった。
ただ、そこで何を考えたのか、ジークが思いついた人選がトールだった。
爪は人手が足りず、目も最低限自衛ができる能力を持っていない。唯一人員を割ける事ができるのが牙、そこで目を付けたのが将来有望な騎士団の一人でオージンの息子。昨日のことで謹慎処分を受けて、手が空いていたのを知っていたようで、丁度いいとジークが勝手に決めてしまった。
絶対に面白半分での提案だろう。
流石に昨日トラブルを起こしてきた相手は嫌だと断ろうとしたのだが、自分では見せることができなかったクンロウ族というものを知ってもらいたいらしく、オージンさんからもお願いされた。
クンロウ族としてクゥリルの戦いを見て精進して欲しいのとい思いがあるのは分かる。しかし、こちらとしては勘弁してほしい。その後も親としてお願いしますと何度も頼み込まれてしまえば無下にすることができず、仕方なく許可してしまった。
尚、アンリはついてこない。何度も一緒に行きたいとごねていたが、研究所の一つを潰した責任もあって、リース令嬢の研究に協力して、その勇者の力を魔道具として使える様にしろと命じられた。
最後の最後まで助けを求めるような目で見てきたが、こればかりは自業自得なのでしっかりと罪を償うといい。
そんなこんなでダンジョンに向かうまでにもそれなりにトラブルは起きたものの、何とかダンジョン調査に乗り込んで今に至る。
辺りにいたモンスターの一掃が終えれば、クゥリルは槍を収め、満足気な表情で戻ってきた。
「楽しめた?」
「うん、そこそこ楽しかった」
「クゥリルさん、お疲れ様です! どうでしょう、この後は一緒に食事にでも行きませんか?」
健気にもトールが誘うもののクゥリルは自分で断ることはせずに、ススっとすぐさま俺の後ろに隠れる様に身を隠す。
それを見たトールは悔しそうな顔をして俺の方を睨む。こういう時だけクゥリルは威圧をせず、このように俺に庇われているという状況を作って嬉しそうにしていた。
「ねぇクゥ。そろそろ、それ止めない?」
「ん~?」
ここ最近クゥリルは俺の後ろに隠れる真似をしている。
何故そんなことをするのか問い質したところ、どこぞの情報源から女性とは庇われることで魅力を増す、というのを教わっていたからだった。
村では番いを持った人に言い寄るという事は無いのであり得ないことだったが、ここではそんな常識はない。こういった状況に憧れていたらしいく、トールのように言い寄ってくる人がいると、これ幸いにと俺の後ろに隠れて、庇われようとしていた。
「そんなことしなくても、クゥは魅力的だよ」
「ふふふ、旦那様大好き!」
混じりけのない好意にはぐらかされるが、これを見ているトールの顔がヤバいことになっている。
ダンジョン調査なんかより、何時トールの不満が爆発してしまうか、それが不安に思う。




