オージン・グレイヴォルフ
「本当に申し訳ない!!」
目の前でクゥリルと同じクンロウ族であり、街で絡んできた青年の実の父親であり、この国の騎士団長でもある男――オージン・グレイヴォルフが土下座でもする勢いで頭を下げた。
「気にしてないんで頭を上げてください。勘違いは誰にでもあることだから」
「そうは言っても!」
俺とクゥリルは今、第三一般区にある駐屯所の一つで歓待を受けている。騎士団長の謝罪というオマケ付きで。
なぜこうなったかと説明すると、少し時間を遡る。
あの時、オージンさんがクゥリルを前に「アンクルなのか?」と訪ねた途端、驚くことに男泣きしだしたのである。
騎士団長の豹変に周囲の騎士たちも狼狽えてしまった事で、収まりそうだった場が再び慌ただしくなってしまった。
怪訝そうな顔をするクゥリルに聞いてみても、その時はオージンという人は全く知らないようだった。ただ、「アンクル」と言うのはお母さんの名前だと、小声で教えてくれた。
……うん、たしかにお義母さんの名前はそうだった気がする。クゥリルが滅多なことでは合わせてくれないので忘れかけていたよ。
それからオージンさんが落ち着きを取り戻すまでに緊迫した状況が続いたが、落ち着きを取り戻せば、被害の様子を確認するよう騎士たちに命じて、事態が収束へ向かっていった。
主な被害と言えば、絡んできた青年だけが負傷を追った程度。
ポーションでなかったことにした甲斐もあり、野次馬達から不調を訴える人がでなかったおかげか、とりあえず特に罪に問われることはなかった。
そして、被害者という立場で調書を取るため、近くの駐屯所まで連れられ、今に至る。
ちなみに青年は、他の騎士に二人がかりで担がれて、どこかに連行されていたのでどうなったかは知らない。
「逆に下手に出られるとやり辛いというか……クゥもなんか言ってあげて」
「んー……わたしはどっちでもいいんだけど、旦那様がそういうなら」
そう言ってクゥリルは、スタスタとオージンの前まで移動する。すると、オージンの頭にチョップを叩き込んだ。
「はい、これで仕舞い」
「……ありがとうございます」
「え、それでいいの!?」
単純なのか気難しいのか、よくわからないな。
とりあえず普段通りになってもらえたようでよかった。
「それで君たちに、いや、君にもう一度確認したい」
「なに?」
「……君はその、本当にアンクルと、ガルドゥの娘で間違いないんだね?」
一瞬だけだが、ガルドゥ――クゥリルの父親の名――を呼ぶ時だけ苦虫を潰したような表情となっていた。
「ん、そう。オージンこそ、どういう関係だったの?」
「そう、だな……。私とガルドゥは、あの村でアンクルを巡って争っていた仲、と言えばいいだろうか」
それからポツリポツリと、語り出してきた。
要約するとお義父さんとオージンさんは恋敵で、お義母さんを巡って何度も争っていた。
争いは次第に過激になっていき、最終的に村の掟に従った勝負を行い、そして勝ったのがお義父さんという事だ。
だが、それでも諦めきれなかったオージンさんは強硬手段を取った。結果、村の掟を破ったオージンは尻尾を切り落とされ、ファグ村から追放された。
これを聞いたクゥリルは俺にしがみ付いて、少し震えていた。
掟を破るという事は、クンロウ族にとって番いの次に大事なシッポを失うことを指していて、シッポが無い俺にはわからないが、とてつもなく覚悟のいる事なのだろう。
落ち着かせるためにシッポを撫でてあげれば、オージンさんが一瞬だけ顔を引きつらせたが、いつもやってることのことなので気にしない。
その後は縁あってドラグニア帝国に流れ着き、今では銀牙騎士団の騎士団長にまで上り詰めたという。ついでに言えば、この時にグレイヴォルフと言う家名と伯爵の爵位も与えられて、幸せな家庭まで築いている。
中々に重い話だったが、すでに吹っ切れているのか意外と普通にしている。むしろ話したことでスッキリしたようにも見えた。……何故だが、撫でてる辺りをチラチラとみられている気もする。
それから今度はこちらが話す番となって、オージンが居なくなった後のファグ村の様子を話せば懐かしそうにしていたり、俺とクゥリルが番いだという事を言えば今度は完全に固まったりと、忙しそうに表情を変えていた。
話していて分かったが、この人も結構な直情型で中々愉快な人だ。
しばらく談話を楽しんでいたら、勢いよく扉が開け放たれ、そこから慌てた様子の騎士が入ってきた。
「何事だ。せめてノックぐらいしないか」
「申し訳ありません、団長! しかし、緊急の要件でして……」
チラっと騎士がこちらの事を見てきて、迷う様に言い淀んでいる。俺たちの前ではできない話なのだろう。
「……すまない。どうやら急ぎの仕事が入ってきたようだ。少し席を外す」
そう言って、騎士と一緒に部屋から出て行った。
キィっと扉が閉まると、小さいながらも扉越しから声が聞こえてくる。
「……して、どのような要件だ?」
「あの、よろしいのですか?」
「ああ。彼らに聞かれたところで、問題ないだろう」
何故だろう、期待されている気がする。
これはアレか、あえて巻き込んで騎士団にでも入隊させようと考えてるのか?
「わかりました。それではご報告します。……第三工業区画、特A級秘匿施設に襲撃あり。至急団長の助けを求めております」
「把握した。それで、襲撃者の数は? 状況はどうなっている?」
「はい。襲撃者は一人ですが、恐ろしく強く、警備についていた者達だけでは対応できませんでした。現在は隔壁閉鎖して凌いでおりますが、それもいつまで持つのか分かりません」
「ならば、私が出るしかないようだな。そいつの特徴は?」
「襲撃者は赤い髪をした小柄の女性です。錯乱しているのか、ここには邪悪なモノが集まってると言いまわっていて、こちらの呼び止めに応える様子は一切ありませんでした」
「よくわかった。準備をしてくる、少し待っていろ」
「はっ!」
…………あー、なるほど。大体理解した。
ふたたび扉が開かれると、オージンだけが顔を見せてくる。
「申し訳ない。楽しい時間は終わりのようだ。……それで聞こえていたと思うが、手伝ってみる気はないか?」
「まぁ、うん。何かこっちにも関係ありそうだったから、今回は手伝うよ」
「そうか、それはありがたい! それでだ、この件で功績をあげれば……」
「断る!」
それは面倒だからと、真っ先に断っておいた。




