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誰?

顔を真っ赤にした青年は人通りが多い街中にも関わらず、その場で腰に差していた剣を抜いて向けてきた。いつの間にか野次馬も集まっていたのか、ザワザワと周囲が騒がしい。


「落ち着け。騎士団の人間がこんな場所で抜くのは不味いんじゃないのか?」

「うるせぇ! テメェは言ってはならねぇことを言ったんだよ! オラァ!!」

「危なッ!」


青年が感情に任せた一撃で斬りかかってくる。

激怒しているからか、大ぶりになった一撃は分かりやすく俺の身体能力であっても何とか躱すことができるレベルだ。


「チッ! ちょこまか動くんじゃねぇ!!」


速いには速いが、これならまだファム村の子供達の方は速い気がする。普段からクゥリルで慣れているから相手の動きは眼で追えるのだが、いずれ追い詰められるのも時間の問題か。


そんな状況でも相変わらずクゥリルは俺の後ろにピッタリついていて、器用に邪魔にならないように合わせて動いている。

庇ってくれる様子はないという事は、つまり俺でも何とか出来ると判断したのだろう。


改めて周りを確認するが、どんどん野次馬が増えていて、この事態を止めるべきはずの騎士も遠巻きに顔を青ざめているだけだった。


「知らなかったとはいえ悪かったよ。だから、まずは落ち着こう?」

「うっせぇ! サッサと当たりやがれ!!」


聞く耳持たず。ヒョイヒョイと躱し続けるのが気に食わないのか、更に手に籠る力が一層と強くなっている。


「ハァ……、ここまで人が多いと気が引けるのだが、先に斬りかかったお前のせいだからな」

「あ゛ぁ゛?!」


青年の振りかぶる動きに合わせて、アイテムバッグからピンを抜いた閃光手榴弾を取り出し、真下へと放り投げた。

それによって、青年はもちろん周囲の野次馬まで巻き込んで、けたたましい音と真っ白な閃光が辺りを包む。


「ぐあぁぁあぁ!? な、何だっ!?」


閉鎖空間ではない分まだましだが、耳を塞いでいてもやはり煩い。


という事は、閃光と轟音をまともに食らった人は無事で済むわけもなく、

「うわぁぁぁ。目が、目がぁ!」

「何が起きたの!? 誰か助けて!!」

「イタイ、耳がイタイ……ッ!? 何も聞こえないよぉ!」

と、野次馬達からは色んな悲鳴が一斉に沸き上がり、思った以上の被害に阿鼻叫喚。


その効果は計り知れず、ほとんどの人たちはその場で蹲って目や耳を抑えている。流石に申し訳ないので、後でクゥリルにポーションを渡し回ってもらうとしよう。


「クソッ! クソッ! 何も見えねぇ!?」


ただ、その為にはこの青年を止める必要がある。なおも止まる様子はない青年は、眼を瞑りながらも闇雲に剣を振るっている。


「おい、周りには人がいるんだぞ。そんな状態で振り回すのは危ないぞ」

「アアア! 奴隷風情がぁ!!」


このままでは野次馬まで斬ってしまいそうな気がするので、追加で捕縛網を取り出し、投げつけて動きを止める。


「ぐお!? 今度は何をしやがった!?」


じたばたしているうちに足を取られて倒れ込み、次第に網が絡まって身動きが取れなくなっていった。


「クソがぁ! 外しやがれ、卑怯者ッ!!」

「いやいや、むしろ武器も持たない一般人に斬りかかってきたお前の方が卑怯者だろ」


まだよく聞こえていないのか、こっちの声に反応することなく罵詈雑言を次々に吐いている。

仕方ないので、今のうちに周囲の人たちの分のポーションをクゥリルへと渡す。


「クゥ、お願いできる?」

「旦那様ならやってくれると思ってた。後は任せて」


尻尾で喜びを露わにして、ポーションを受け取る。どうやらクゥリルのご期待に添えれたようで、嬉々として周りの人たちへとポーションを配っていった。


「一体何だ、この有様は!?」


声のする方を振り向けば、青年と同じ騎士の一団が駆け付けていた。


「はぁはぁ……。この、声……親父か!?」

「トール……。またお前の仕業か?」

「ち、違う! オレじゃねぇ、オレがやったんじゃねぇ!」

「問題ばかり起こしよって、この馬鹿息子が!」


この一団のリーダーと思われる男が青年に対して怒声を上げる。やり取りからして、親子なのだろう。青年と同じく灰色の髪と獣耳。そして目の色は紫……こっちの方はクンロウ族の特徴と一致していた。

こっちのリーダー格の男がジークの言っていた、帝国に来た方のクンロウ族なのだろう。


「そこの男。……申し訳ない、どうやら息子が迷惑をかけたようだな」


男は近くまで寄るとペコリと頭を下げてくる。思わずこちらも、お辞儀し返してしまう。


「あ、ハイ。まぁ、こっちもそれなりのことしたからなぁ……」

「どうしてこんな事になったかは知らぬが、まずはご同行お願いして頂きたい。よろしいか?」


それはそれ、これはこれという事だろうか。

敵意は見られないが、真面目な顔つきで有無を言わせない圧がある。気付けば他の騎士達が取り囲むような配置になっていて、逃がすつもりもないようだ。


「旦那様、どうする?」

「クゥ、戻って来たか。ちゃんと全部行き渡った?」

「ん、問題ない。渡しきった」


やることを終え、クゥリルが俺の隣に並ぶ。

さて、この状況どうしよう。ジークの連れと説明すれば何とかなる気もするが、今ジークに頼ったら、後で何を要求されるかわからないのが怖い。


そんな事を考えていたら、リーダー格の男がクゥリルの事を見て、驚愕の表情を浮かべていた。

動揺を隠さずブツブツと「いや、あり得ない……。しかし、似すぎている……」と言葉を漏らしている。


「クゥ。知ってる人?」

「んーん。知らない」


小声で訊ねるが、どうやら知らないようだ。

しばらくリーダー格の男は考え込んで俯いていると、一人の騎士が近づき声を掛けた。


「団長? 一体どうなさったのですか?」

「……問題ない。そのまま待機していろ」

「ハッ!」


騎士の言葉に我を返したのか、覚悟を決めたような面持ちとなる。


ゆっくりとだが、一歩また一歩とこちらへ近づく。

流石に相手が悪いのか先ほどとは違い、俺をかばう様にクゥリルが前に出て対面した。


視線が合うと、男もクゥリルも無言で睨み合っている。

先にしびれを切らしたのは男の方。恐る恐ると言った様子で口を開きだす。


「…………お前は、アンクル、なのか?」

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