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分断、覇者と狼少女

我はジークフリート・アイン・ドラグニア。

ドラグニア帝国の次期皇帝である。いや、そのはずだった。二十年前のあの時までは……。


我が十四歳となる祝いの席、突如として頭に響いてきた声。


――ああ、愛し子よ。世界の守護がまた一つ失われました。もう残る守護は一つだけ……。

貴方には覇者の力を授けます。どうかその力で人類を導いて下さい――


あの忌々しい声を聴いたその時から、我は女神に選ばれし覇者となってしまった。

女神の使者となれば、身分関係なく教会本部へ赴かなければならん。もしそうなってしまえば、皇帝となることは到底叶わぬこととなる。


教会に身を置くものが、国政に携わることは女神の教えにて禁じられている。教会が頂点にありながら、国として存在しないのはその為だ。

そもそも教会本部に行ってしまえば、国へ帰れる保証すらもない。


急ぎ、この事実を父上に伝えた結果、即座に緘口令が敷かれた。さらに教会はもちろん他国との交流を一切断ち切るという英断により、覇者に選ばれたという事実は漏れることはなかった。


この時ほど、父上に感謝した日はないだろう。


教会の邪魔が入らぬ環境ができたことで、代々秘密裏に行われていたダンジョンの有効活用も今では大手を振って進められ、ダンジョンから手に入ってくる技術で攻略はもとより国に役立つ魔道具が数多く作られた。


覇者の力も、完全に制御する術は見つけることはできなかったが、活用する方法は十分に理解した。

龍人特有の威圧が元々備わっていたおかげで、何の違和感なく受け入れられた(恐れられていた)のも幸いだった。

ただ、そのせいで我の青春時代は孤独のまま終わってしまったのだがな。


あれ以降、あの声を聞くことはないが、今思い返しても忌々しい。何が覇者だ。誰が女神なんぞの言う事を聞かなければならないのだ。我にはこの国を背負う役目があるというのに、面倒この上ない!


…………まぁ、それもようやく、隠し通す必要もなくなる。


覇者の力を以て、ダンジョンを攻略する。


十数年の歳月を経て、ようやく目処が立ったのだ。我が国に教会と言うものが不要と言うことを知らしめる時が来た。


残すは実績を上げる事、それだけだ。

そう、それだけなのだが、その為のダンジョン攻略に臨んでいるのだが、少々困ったことになった。


「ふう。これでようやく一段落着いたか」


湧いて出てきたモンスターどもを蹴散らし、剣を鞘へと納める。

ダンジョンとは不可思議なものと聞いてはいたのだが、まさか空が割れるとは思いもよらなかった。


多少の問題は想定していたつもりだが、こいつはどうしたものか……。


「いつまでそうしているつもりだ、クゥリルよ」


空間が割れた先――背後には歪な形で空と同化した壁へと何度も拳を叩きこむ、クンロウ族の娘、クゥリル。

持っていた槍は壁に叩き込み、真っ先に壊していた。だから今は素手なのだが、拳からにじみ出る血を気にせず、一心に殴り続けている。


「壁が壊れようが、拳が壊れようが、その向こうにはダンナはいないぞ」

「…………」


殺気を込めた眼で、「何故そんなことが分かる」とでも言いたげに無言で睨んできた。


「ダンナが付けている隷属の首輪には、居場所が分かる機能があるのでな。正確な場所は把握できないが、ここから離れたところにおるな」


隷属の首輪と言っても無理矢理従わせることはできない、奴隷である証と逃亡防止のための追跡機能しかない骨董品。

なんとなく外さずそのままにしていたら、それが功を奏するとは、人生何が役に立つかは分からぬものだな。


「この感じ……、どうやら先に進んでいるようだ。ダンナのことだ、先に進めば合流できると踏んでいるのだろう」

「お前がッ! ……ッ!?」


今にも飛び掛かってきそうだったので、つい覇者と龍人の二つの威圧を当ててしまったが……ふむ、この合わせ技なら黙らせることもできるか。


「向こうには勇者もいるのだ。くたばることはないだろう」

「……ッ……ッ!」


まるで視線だけで人を殺してしまいそうな強い念をぶつけられ、思わずたじろいでしまう。

少女が持つにはあまりに異常すぎる感情に、ふと疑問が浮かび……。


「クンロウ族は番いを大切にするとは聞くが、貴様の場合は違うな。……そうだな、これは依存……ふむ、執着心か」

「……ッ、何が、分かるッ!?」

「何もわからんな。だが、ダンナは貴様に依存していなければ、執着もしていないぞ。むしろ、どこか一線を引いているような……」


――シュ、バシンッ!

勢いよく拳が飛んでくるが、難なく受け止める。覇者の力で底上げされた身体能力でなければ到底間に合わなかったことだろう。


「おおっと危ない、危ない。こんな状態でも動けるとは、大したものだ」

「煩い! 黙れ!」


拳振るわれ、時には蹴りも交わり、鋭い一撃が何度も飛んでくる。

もう一度視覚に捉えて威圧を与えようとするも、先を読むような素早い動きで死角へと入り込まれてしまう。

我としては死角に回り込まれようとも問題ないのだが、これでは取り成すことも難しい。


「その眼……どうやら随分とよいものだな。まるで未来を見通しているかのようだ。その眼にはダンナがどのように映っているというのだ?」

「……」

「まさか、視えたのか? 貴様が捨てられる未来が」

「そんな事ある訳ない! あ……ッ!」


捉えた。今度は逃がさん。


「ならば、自らの番いと言うなら信頼したらどうだ?」

「信頼、している! しない、はずが、ないっ!」

「口ではそうはいっても、貴様のやっていることはただの手の届く範囲に置いているだけだ。自分の都合のいいよう縛っているだけではないか」

「……そんなこと」

「無いと言い切れるのか? 貴様は心の底では信じていないのだ。故に過剰に反応し、取り乱す」

「あり得ない! わたしは、ずっと見てきた!! 旦那様の事を、ずっと、ずっと…………」

「その眼がどれだけ見通しているのかは知らぬが、貴様のそれは、ただの独りよがりでしかないという事もわからんのか!」

「ッ!?」


この一言で気づいたのか、ハッとし、先ほどまで見せていた戦意を失くして落ち込みだす。


やれやれ、随分と甘やかされていた様だな、躾けぐらいはやってほしいものだ。こんなのは我の役目ではないのだが、これで先に進めると思えば安いものか。


「さて、我はこのまま先に進み、ダンジョン攻略のついでにダンナと合流するが……貴様はどうする?」

「うっさい、オッサン。……わたしも旦那様と合流する」

「オッサン……、だと……!? ようやくまともになったかと思えば、減らず口を!」


少しイラつき、全力で威圧をぶつけてみるが、スルリと躱されてしまう感覚だけで効果が無い。心持ち一つでいなされてしまうことに驚きが隠せないが、これが本来のクゥリルという人物なのだろう。


「やっぱり、お前は気に食わない」

「奇遇だな、我も貴様のことは気に食わぬぞ。貴様にダンナはもったいない、我に寄越すがよい」


少し挑発すれば睨めつけられるが、そこには先ほどまであった異常な感情はもう見られない。


「……決めた。オッサンより先に攻略して邪魔してやる」

「いい度胸だな。やれるものならやってみるがよい」


クゥリルがニヤっとした笑いを見せると、一気に奥へと駆けだしていく。それを遅れず追いかけ、ダンジョンを進みだした。


そして、追っている合間に我は一つの事実に気付いた。

どうやらクゥリルには、魔道具なしでも罠の位置を正確に把握でき、正しい道が分かるようだ。


これは、あまりにも理不尽ではないか?

この我が積み重ねてきた十数年を馬鹿にしているような気が……違うな。クゥリルは分かっていてやっている。今確信したぞ。


少し大人げないが、全力の覇者の力を以て、この娘を負かす!


その結果――長年の目標の一つが、あっけなく終わってしまった。

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