分断、ダンジョンマスターと勇者
――ガン、ガン!
「はぁ……、やっぱりダメだ……」
あまりの突然に起きた出来事に呆気に取られていたら、アンリが壁に向かって剣を叩きこんでいた。しかし、壁が少し削れるだけで変化はない。
「旦那さん、どうしよう!」
「まずは落ち着け、アンリ」
本来、侵入者がいる部屋で大がかりな部屋の改築はできないはずで、それができるという事はダンジョンを切り離したのではなく、部屋そのものに何か細工があったのだろう。
考えられるとしたら、ダンジョン内にある部屋を別の部屋と入れ替えたとかそういったものだ。ここがどういった場所であれ、まだダンジョン内で、状況的にマズいのは明らかだ。
「……多分だが、どこか別の場所に飛ばされたんだ。だからその壁の向こうは何もない、と思う」
「そんな、じゃあボクたちは分断されたってわけ?」
「そうみたいだな。たぶん向こうは向こうで無事なはずだ」
「……でも、あの二人だよ? 不安しかないよ」
水と油、今までのやり取りから高確率で問題が起きることが予想できる。むしろ、ダンジョンの脅威よりも二人が一緒にいるほうが危険な気がする。
「…………確かに」
「どうにかならないの? 連絡することもできないのかな?」
「今は無理だな。まだここはダンジョン内で、他人のダンジョン内だとそういったものが使えなくなってるんだ」
「え、じゃあ今の旦那さんってただの無能ってこと!?」
本当のことだけど酷いな、オイ。
「俺の事は置いといて。とりあえず、どこに飛ばされたかわからない以上、俺達だけで進むしかない」
「え、ボクたちだけで大丈夫なの?」
「大丈夫も何も、行くしかないだろうな。どちらにせよ、ジークの目的はダンジョン攻略だ。最深部まで向かえば、どこかで合流できるはずだ」
「……でも、どうやって先に進むの? あの魔道具だって、ジークフリートさんが持ってるままだよね」
それはマジで言ってるのか? 今はジークがいないからいいけど、またジークフリート呼びに戻ってるし、この先はアンリしか頼れないのだからしっかりしてくれ。
無言でアンリを見つめるが、きょとんとして、気付く様子がない。
「はぁ……。アンリ、お前も持ってるだろ」
「え? ……あっ!」
ようやく気付いたアンリが自分のアイテムバッグから攻略用魔道具を取り出す。
「そういえば、これってジークフリートさんが持ってたやつと同じの?」
「そうだな。ダンジョンマスターが作れるアイテムは存在するものに限られているからな、元々はこの国で作られてたものらしいぞ」
「へぇー、こんな便利なモノ作ってたなら、早いこと広めればいいのに」
もし、そんなことになったらダンジョンマスター側は困ったことになるな。今みたいに罠とは違う方法で対応すればいいが、低コストで侵入者が撃退できなくなるのは大変そうだ。俺からすればもはや関係ないことだけど。
「よし! それじゃあ、ボクに着いて来てね」
魔道具一式を装着すれば、やっと出番が来たと言わんばかりに張り切りだす。
「ねぇ、旦那さん。この先、ジークフリートさんと合流できなかったら、そのままボクがダンジョン攻略しちゃってもいいかな?」
張り切り出すの束の間、こっちを見て、確認してくる。
「今は緊急事態だからな。それはいいと思うけど、アンリは良いの?」
「何が?」
「いや、当たり前のように守ってくれる感じだけどさ、俺もダンジョンマスターなのに勇者的にそれでいいの? クゥが倒れた時もそうだけど、狙える瞬間なんてたくさんあったよね」
「まさか、旦那さんはボクがそんな人だと思ってたの!? そんなことしないし、旦那さんのことはちゃんと守り抜くよ!」
あのアンリが、ことあるたびに俺を狙おうとクゥリルに勝負を挑んでいたアンリがこんなことを言うなんて……。勇者の使命とは別に俺のことも心配してくれていたなんて感動ものだ。
「何たってクゥにお願いされたからね! あ、もちろん旦那さんは倒す予定だけど、それは万全の状態のクゥを倒した時って決めてるから安心してね!」
あ、ハイ。何も変わってないな、コレ。
「どうしたの、そんな顔して?」
不思議そうに顔を覗かせて来る。そんなアンリを見て、ふとあることを思った。
「そういえば、こうやってアンリと二人っきりになるのって初めてだな」
「あー、確かに。いつもはクゥがいるから、何か不思議だね」
普通にしていれば、ただの少女だというのに、こんなのでも勇者なんだよな……。
「なぁ、アンリは勇者に選ばれて、どう思ったんだ?」
「急に当然どうしたの? まぁ、初めは驚いたし、大変だったけど……、今は色んな人の役に立てることができて、よかったと思うよ」
流石は勇者に選ばれたと言うべきか、模範的な回答だな。
「そっちこそ、どうなのさ。同じダンジョンマスターと敵対したり、ボクたち女神の使者と仲良くしてるけど、それいいの?」
「ん? それは問題ないな。 むしろ俺的には、他のダンジョンは別に攻略されてしまっても良いと思ってるぞ」
「何それ、変なの」
アンリからすれば、同族が争い合ってるのは間違ってると言いたいのだろうな。
「でも、それを言ったらジークも教会と敵対してるだろ」
「うっ、そうだった……」
「ダンジョンマスターと言っても、元々は同じ人間だ。争うのも普通のことじゃないかな」
「え?」
何故かここで、疑問に思われた。
「ダンジョンマスターは邪悪なるモノでしょ。ボクたちとは違うよね」
「……あれ、アンリには行ったことなかったっけ? 俺もそうだが、ダンジョンマスターは元々、異世界の人間だってこと」
「……なに、それ」
何気なく言ってしまったが、その事実にアンリは知らなかったと訴える様に、目を見開いて開いてこちらを向く。
「じゃあ、ボクは今まで人を殺してきたってワケ?」
「あー……いや、そうじゃないな。確かに元は人だけど、今は人類じゃないのは確かだ」
「でも、人、だったんでしょ?」
「……あ、ああ」
アンリは俯き、その顔色はフードの奥に隠れてしまう。
「アンリ……?」
「ううん、大丈夫。ちょっと驚いただけだから。……よし!」
――パチン、と自分の頬を両の手で叩くと、決心したような眼を見せた。
「これまでボクは、相手が邪悪なモノだからってなにも思わず倒してきた。……けど、これからはちゃんとそのことを受け止めて倒すことにするよ」
「あ、そこは倒すんだ」
「当たり前だよ! 何たってボクは女神に選ばれし勇者なんだからね! それに、これはボクが決めたことなんだ。例えどんなことがあっても、邪悪なるモノはすべて倒す!」
意外とアンリは強く、しっかりと自分の意思を持っているようだ。
「できれば俺は、後回しにしてほしいなぁ……」
「ふふん、クゥと決着をつけるまでは待っていてあげるよ。でも、必ず旦那さんも倒すからね」
改めて、堂々と宣言された。




