虫がわんさか
「置いてくなんて酷いよ」
「アンリなら大丈夫って信じてた」
クゥリルは信用してた様に言ってるが、あの時、見捨てていたことを俺は知っている。
俺を優先してくれたのはあるが、アンリも十分に掴める間合いだったはずなのにスルーしていた。その証拠に、クゥリルの視線は吹き飛ばされていくアンリを捉えていた。
でも流石は勇者といった所か、転がり落ちようが、数十分走ろうが息一つ乱していない。
「ふむ。勇者と言うのも大概人並外れておるな」
「ボクとしては、この中じゃ一番普通だと思うんですけど……」
俺にクゥリル、ジークと普通の人間と言えるのがアンリしかしない。
強さに限っても、相手がダンジョンに関してはアンリが輝けるが、それ以外ではこの中で一番見劣りするのは確かだ。
何気にジークの実力がクゥリルとタメ張れていたからかなり凄いのが分かる。いや、覇者を相手にできるクゥリルが凄いのか?
「ああ、そうだ。アンリよ。この先のダンジョン攻略についてだが、貴様は何もするではないぞ」
「え、何でですか?」
「当たり前であろう。これは我が覇者としての力を証明するためのものだ。貴様は見届けておればよい。勇者が証明すれば、教会も認めざるを得ないはずだろうしな」
「そんなぁ」
早くもアンリの活躍できる機会が無くなってしまったな。
ジークの目的からすれば当然と言えば当然かだけど、ダンジョンを見つけた時点でアンリの役目は終わったも同然だったわけだ。
「そういえば、ダンジョンマスターの間でだけど、勇者って割と有名だから顔を隠しとかないと面倒になると思うよ」
「む、そうなのか。ではフードでも被って着いてくるのだぞ」
「あ、扱いが酷い……」
落ち込むアンリを無視して、俺たちはダンジョンへと足を踏み入れた。
――警告。これより他者のダンジョンへ侵入致します。
……また唐突に来たな。
――ダンジョン内ではダンジョンマスターの機能が制限されます。ダンジョンアンカーの設置、またはダンジョンを接続し、合戦をすることを推奨いたします。
後輩君のダンジョンに入った時は一度もこんなことはなかったんだが、これはダンジョンコアと一体化したことによる影響か。
「旦那様?」
「何でもないよ」
まぁ、今回は特に何かするわけでもないし、別に使えなくなっても問題ない。
現にジークが魔道具を使いながら先導しているから、本当に見ているだけになってしまっている。
「ソコと、ソコ。罠があるので気を付けるのだぞ」
「はいよ。やっぱり、罠回避できるだけで攻略も簡単にできるなぁ。それに道に迷うこともないし」
「そうだな。我も初めてのダンジョン攻略だが、これほど楽なものとは思ってもいなかった。やはり我が国の魔具師は優秀であるな」
昨日のことと言ってることが全然違う。まぁ、昨日は元ダンジョンだったから、魔道具の効果が見られなかったからな。割と散々なことを言っていたのは仕方ないか。
その後もモンスターというモンスターが現れることなく、複雑に入り組んだダンジョンを進めていくと、まるで外に出たかと思ってしまいそうな、草木が生い茂る場所へと出た。
「まさかダンジョン内だというのに太陽が見れるとは……」
「すごい……。これでもボク、色んなダンジョン見てきたけど、こんなに澄んでる場所は初めて見た」
やろうと思えばここまでやることができるのか。
拡張やら維持費とか、相当時間とポイントを費やしてるな。
「……! 旦那様、下がって」
クゥリルが反応すると、次にジークとアンリがすぐに臨戦態勢へと移る。
ガソゴソと茂みが揺れ動くと、そこから虫を巨大にしたよなモンスター群が姿を現した。
「ククク、ようやくダンジョンらしくなってきたな」
「えーっと、本当にボクは戦わなくていいんですか?」
「ああ。貴様等は下がってみているがよい」
そう言っている間にも、アリ型やクモ型、カマキリ、ハチと、どんどん色んな種類のモンスターが集まってくる。少し数が多い気もするが、ジークはニヤリとして余裕を見せる。
「なるほど。確かに報告にあった未知のモンスターと特徴が一致するな。ここら一体で狼藉を働いていたのはこのダンジョンだったというわけか」
近くに寄ってきたアリ型に対し、片手剣を振るうと関節部から一刀両断。
無駄のない動きで、次から次へと来るモンスターを一匹一匹確実に仕留めていく。
それは相手の動きに合わせるような、クゥリルやアンリとはまた違った戦い方。
隙があればカウンターを叩き込み、攻撃が激しければ受け流したり、弾いたりして有利になるように動いている。
「ハッハッハ、他愛ない! いくらでもかかって来るがよい!」
例え囲まれようと後ろに目でもついてるのか、相手を見なくても全てを対応し、派手な動きはないが流れるようにどんどんとモンスターが倒されていく。
「何というか、上手いなぁ」
「そう、だね……。ボクはできない戦い方だよ」
「むぅ。わたしのほうが上手く戦える」
張り合う様にクゥリルが、こちらへと流れてくるモンスターを手早く倒す。
手早くというより、一定の範囲に入った途端に瞬殺している。これでも適度に魔力を抜いて弱体化しているはずだけど、やはり圧倒的な強さだ。
「流石はクンロウ族と言うだけあるな。これは我も負けてはおれんな」
「……ふん」
ジークはさらに速度を上げて、次から次へとモンスターを変え、どんどん倒していく。もうお互いにモンスターを視覚に収めることなく流れ作業のように倒していってはいるが、追加が湧いてきて、一向に減る様子はない。
むしろ飛行型のモンスターが残る様になっていて、殲滅スピードが落ちている。
「チッ、飛んでいるのは面倒だな」
「割と困ってるみたいだが、ジークは魔法とか使えないの?」
「魔法だと? そんなものは使えん! そもそも魔法なんて代物、ほんの一握りしか扱えるものはおらんぞ!」
「え、そうなの? 実はアンリって出来る子だったの?」
アンリを見るとフードの奥から満更でもない顔を覗かしている。
「ええい、そんなことより何かないか!? 鬱陶しくてたまったもんじゃないぞ!」
上空から針やら鱗粉やら飛ばしてくるが、全て弾いてものともしていないが、流石に数が多くなっている。
その様子に出番が来るかとアンリがソワソワしだしている。けど、アンリは火球しか使えなくない? こんな場所じゃ延焼して、こっちが危なくなるぞ。
「クゥ、お願いできる?」
「…………わかった。アンリ、少しの間だけど旦那様をお願いね」
ジークの手助けをするのはそこまで嫌なのか。
ここまで一歩も動かず、こっちを狙ってきたモンスターだけを殲滅していたのだが、渋々といった感じにようやく動き出す。
「ようやく本領がみられるか!」
「……ふん」
ジークを無視し、クゥリルが一気に跳躍する。
上空にいるモンスターに接近すると槍で一突き。そのまま倒したモンスターを足場に次のモンスターへと跳躍。繰り返し移り変わり、飛んでいるモンスターを落としていく。
「なるほど。そうやって戦うか。……面白い!」
次いでジークも真似る様にモンスターを落とす。
クゥリルのように、とはいかないが、何度か着地を挟むことで空中のモンスターを確実に倒せるようになっていた。
「意外とやればできるものだな!」
「む……下手くそ。全然なってない」
「ほう? では手本を見せてもらおうか」
勢いづいたのか、先ほどと打って変わって空中と地上を交互に行き来し、前へ前へと進める。殲滅していく様子は圧巻の一言しかない。
「アンリ。そろそろ俺達も前に行ったほうが良いんじゃない? このままだと置いていかれそうだけど」
「あ、そうだね。……あぁ、ボクも戦いたいなぁ」
羨ましそうに見ているが、俺の安全はアンリ次第なんだからもっとしっかりしてほしい。
二人の後を追い、奥へと進もうとした――その時。
「っ!?」
「こ、これは!?」
前に出ていた二人が何かに気付いたが、それはもう手遅れだった。
さっきまで青空だった世界に亀裂が走り、地響きと共に地面が大きく揺れると世界が崩れ始める。
「うわぁ!? 旦那さん気を付けて!」
「な、何が起きた!? クゥ! ジーク! 二人とも無事か!?」
返事はない。
先ほどまで広がっていた空間は消え、目の前にはただの壁しか残っていない。
最悪なことに、分断されてしまったようだ。




