ダンジョン、変わり始める
襲撃の日からダンジョンに変化が訪れた。
ポイントも時間も潤沢にあったので、どんな秘密基地にするかクゥリルと相談しながら部屋を拡張し、家具を一新することにしていた。
始めは内装だけを変えるだけだったが、クゥリルの一声で、一つ目の変化が起こった。
「ねぇ、なんでここ隠してないの? こんなにわかりやすい場所だったらすぐ見つかっちゃうよ、せめて入り口ぐらい隠せば?」
盲点だった。外に出たいとか思わなかったので、入り口にまで気が回っていなかった。
……入り口と言えば玄関だよ! 玄関を開けっぱなしにしてたらそりゃ勝手に入ってくるよ。頑丈な扉を取り付けて施錠する、これなら侵入者だけを拒むことができるな。
「よし、早速扉を付けてみよう! ……あれ、なんかおかしい」
「どうしたの?」
「いや、それが扉が設置できない」
今までこんなことはなかったのに何故だ。
ダンジョンコアに触れて出すものをイメージする。そしてポイントを消費すればどんなものでもダンジョン内の好きな場所にだすことができるようになっていた。それなのに今は入り口に扉を設置することができなかった。
試しにこの場に出そうと思っていた扉を出してみると問題なく出たのでポイントが足りないといことはないだろう。
何が原因なのか思い悩んでる傍ら、クゥリルは目の前に出た扉をパカパカと、開け閉めを繰り返してる遊び始めている。
「仕方ないからその扉持って入り口塞いでもらえないかな。その後なら何度でもパカパカしてもいいからさ」
「ん、わかった」
気軽に答えてくれるが、サクッと言えるようなものじゃないよね。
そんな考えを裏腹に重たいものを持ってるようにも見えない軽い足取りでどんどんと入り口の方へ運んでくれる。
厚さ数20センチはある鋼鐵製の扉を片手で持って歩く姿は圧巻だった。
入り口近くまで行ったことで、外の世界が見える。初めて見るこの異世界の景色はジャングルを思わせるような森の中のよで、生い茂った木々の隙間からは太陽の光が差し込んでいている。
久しぶりの見る太陽の光たというのに、どうしてかダンジョンからは出たくないなと思ってしまった。
扉を設置するためにも外に出ようとするも足が進まない。申し訳ないと思いながらもクゥリルに任せることにした。
「ここに置けばいい?」
「あー向きが逆だから、そうそう、そんな感じ。あとは周りの岩とかで固定して塞いでおいて、後は留め具で――ッ! な、んで、息がッ!?」
指示を出して、留め具を用意していたら、どんどん息が苦しくなっていった。
当然の様子の変化に、クゥリルは塞ぐ作業と中断して、心配そうにこちらによって来る。
こちらに寄ってきたことで、まだ固定していなかったので扉も支えが耐えれなくなり倒れる。
すると、さっきまで苦しかったのがウソのようになくなった。
「あれ、苦しくない……?」
「大丈夫? いきなりどうしたの」
「わからないが、急に息ができなくなって……、ちょっともう一度、その扉立ててもらっていいかな。――あ、倒、して、くれ」
立て直してもらうとまた息が苦しくなる。……つまりは、そういうことだ。
大分前の事で忘れてしまっていたが、ダンジョンは常に開放していないといけないとかそんなことを自称神が説明してたことを思い出した。
「どうやら入り口を閉じるとダメっぽい……」
「そうなんだぁ、だったら隠そう。それなら大丈夫だよね」
「たぶん大丈夫だと思うけど、隠すってどうやって?」
「ふふふ、わたしに任せて!」
何を思い立ったか、急にやる気を出してくる。
俺は外に出れないので見守ることしかできないが、外に出たと思えば瞬く間に戻ってきては、枝に葉っぱ、ツタにいろんな石とかをどんどんと集めてきた。
しまいには大きな岩をも持ってきては入り口の目の前にふさがないようにドスンっとおいて、先ほど集めてきたもので装飾していく。
「できた! これで、どこからどう見ても洞穴があるようには見えない!」
中からじゃ外の様子はわからないが、入り口から大岩にかけて植物を網掛けるよう全体を覆っているようで、さらに入り口から覗ける中の部分にも何か所かに石積み立ている。おそらくは隙間を見たときに空間がないようにみせているのだろう。
暖簾のように植物をくぐって、クゥリルが中に戻ってくる。
しかし、まだまだ止まる様子もなかった。
「あれ、まだなにかするの?」
「あとは罠。もし入ってきても大丈夫なように備えておくの」
「罠ぐらいだったらこっちでも用意でき「わたしが作るの! 作り方は見て知ってるから任せて!」
食い気味で言われた。これはただ自分で作ってみたかっただけだろうな。
狩人の本能でこういったことは好きなのか、とても活き活きとしている。
さっきから見てばっかりなので、手伝おうとしたら「邪魔」と言われたので、仕方なく後ろで眺めるだけにした。かなしい。
「ん、できた! これで守りは万全」
「おお、これはなかなか……、一目見ただけじゃ気づけないな」
待ってること数十分。出来上がった罠――引っ掛けると音を鳴らす罠と、まきびしのように踏むと痛そうな罠の二段構え――を見ては、満足そうにしている。
罠を設置したことで、はからずともダンジョンっぽくなった。
ようやくただの洞窟から、ダンジョンに……いや秘密基地にランクアップした気がする。
新しくなった秘密基地になってから、二つ目の変化もすぐ訪れる。
今までは毎日をただ遊んで過ごしていたが、あれから体を動かす日を増やすことになった。
部屋を拡張したことで不自由なく動き回ることができるので、クゥリルにも手伝ってもらい訓練を行う。遊び惚けてた毎日の過ごし方がいい方向に変わっていく。
惰性で生き延びる日を送っていたが、充実感を帯びるようになっていた。
そして今日はその訓練の日。侵入者がやってきた時を想定した訓練を行っている。
「あー……辛い。ちょい、タンマ……」
「早く起きる! これくらいでへばってたら狩人になれない」
ぜぇはぁと息を切らし、地面に横になるが、槍の石突部分で何度も突かれ、起きることを強要される。
ちなみにこの槍は新しく新調したものだ。
「この槍もいい感じ、手にしっくりくる」
「それは何よりで……。気に入るものでよかったよ」
前使ってた槍はあの戦いでボロボロとなり、使い物とならなくなっていた。むしろ木でできた柄だというのに最後まで役目を果たしたことが驚きだ。
「……よし、もう一本お願い」
「ん、それじゃあ行くよ」
少し休んだことで息も整ってきたので、立ち上がって再開する。
今やっているのは距離を取った状態で、いかに逃げ回ることができるかの訓練だ。
俺の力ではこの異世界の生き物には効果的な攻撃が見込めないことがわかったので、避けることを重点的に鍛え、生存力を高める方針となった。
なお、試しにクゥリルに向かってゴム弾の銃を使ってみたところ、普通にキャッチされていたので現代武器は目くらまし位しか役に立つもの無い気がする。
「もう、無理……」
「むぅ、だらしない」
あれから2時間も逃げ回っていたらそりゃ限界がくるのも当たり前だ、と言いたいが、クゥリルは全然疲れた様子も見せず、むしろまだまだ動き足りないといったところだった。
それよりも最近の様子から気になることがあったので、思い切って聞いてみる。
「最近張り切ってるけど、どうしたの?」
「……そろそろ冬になるから、ここに、これなくなる……かも」
「え、冬?」
異世界にもちゃんと四季があるようだ。
「冬になると狩りができないの。そうなるとここに来れない……」
なるほど、冬になれば狩りをすることができなくなるのか。
狩りの合間にここに訪れているため、来るための言い訳がなくなってしまうようだ。
初めて会った時は春だったらしく、今はもう冬に差し掛かるところ。
時間の流れ的に四季の間隔は前世とあまり変わらないのかもしれない。
「そんに経っていたんだな、しばらくあえなくなるのは寂しいが、頑張って生き延びてみせるよ」
「ほんと? わたしに会えないの寂しい?」
「うんうん、とっても寂しい」
「そっかぁ~、そっかぁ~、仕方ないなぁ」
嬉しそうにうんうんと頷く、尻尾も上機嫌だ。
こういう時に自然と頭を差し出すようになっていたので、頭を撫でてあげる。
さらに喜びを露わにして「えへへ」と嬉しさを漏らす……今ならあのお願いも聞いてくれそうだ。
「ねぇ、しっ……いやその耳も撫でていいかな?」
「みみぃ~? いいよぉ」
思わず一足飛びでしっぽまで要求しそうになったが、直前で踏みとどまれた。
尻尾は動物にとって触られるのは嫌らしいからな。クゥリルに嫌われたら元も子もない。
許可ももらったことだし、早速そのもふもふとした獣耳を堪能する。
うん、思った通り最高の毛並みだ。
これの為にも、わざわざ一番いいシャンプーを用意してよかった。
「えへへ、くすぐったいよぉ、もっと下、下ぁ」
ふむ、このあたりかな。
耳の付け根当たりのコリコリとしたあたりを丁寧に撫でてやると、どんどんふやけたようにだらしなくなっていく。
至福だ……なんかもう、これで死んだとしても悔いはないかも。