草原を走る
――ブロロロとエンジンが動けば、それなりの速度で周りの景色が流れていく。
「うむうむ。中々に軽快な走りだ」
「確かに早いと言えば早いけど、俺が元いた場所じゃこれ以上なのが当たり前だったんだよね」
「ふぅむ。やはり聞けば聞くほど、ダンナのいた世界が気になるな。一体どれほどまで発展した世界なのだ」
「それについては、また時間のあるときにな。それよりちゃんと前見て運転してくれ」
今俺たちが乗っているのは、最近帝国が開発されたという魔導式四輪駆動車――魔動車という乗り物。いわゆる自動車だ。
見た目は、屋根のない筆箱に四輪を付けたような、時代を感じさせるものだが、この世界ではこれが最新鋭らしい。
何故そんなものに乗ってるかと言えば、領主の屋敷から出ればジークが早速ダンジョンマスターの力が見たいと言ったのが発端。ジークの目的とするダンジョン攻略をする為に移動手段として出すことになった。
因みにこの魔動車に出すポイントは中々に高かった。そのくせ、動力としても魔力――外部エネルギーとして魔石――を大量に使うし、総合的に考えれば、ポイント効率はかなり悪い。
道が悪いのもあるが、ガタゴト揺れて、時速四十キロも出てないから余計にそう思う。
そんな、まだまだ開発中の車を運転するジークが後部座席へと問いかける。
「アンリよ。そろそろ見つかりそうか?」
「えーっと、ちょっと待ってください……。ジークフリートさ……ん、まだ見当たらないです」
「ジークでいいと言っておるだろう。まぁいいが、その地図に載っていないダンジョンがあれば、すぐに知らせるのだぞ」
「は、はい……」
恐る恐ると言った様子で、アンリは印がついた地図を広げて周囲を見渡す。
元々の身分差というものが大きいからか、「偉い人にそんな口きけるわけないよ……」と泣き言を漏らしていた。
「しかし、未発見のダンジョンってすぐ見つかるものなのか?」
「ああ。今分かっているダンジョンは全て監視しておってな、被害が出ている以上、まだ見つかっていないダンジョンからのものだとわかっているのだ」
この国が把握しているダンジョンは全部で七つ。この前のダンジョンが攻略されたので残り六つとなるわけだが、アンリはその印の箇所を除いたところにダンジョンが無いかを探す役目を任されている。
未発見のダンジョンから湧き出るモンスターにより、各地で被害が出ていて、この国……と言うより全人類を悩ませる問題でもある。その為、村や町には兵が派遣され、人手が足りなければ冒険者が在中することで何とかしているようだ。
「しばらく泳がして、探ればよかったんじゃないか?」
「そう悠長にやれるわけがないだろ。民に被害が出ているのだ、すぐに討伐するのが我ら上に立つ者の役目だ」
「あー……うん、そうだよな。普通」
権力者と言えば民は虐げるもの、どれだけ犠牲が出ようが関係ないと言ったイメージだったが、ジークは一般人に交じって冒険者の真似事をする行動派なわけだから、良識があるのは当たり前か。いや、次期皇帝という身分でありながら一人で出歩くのは非常識ではあるな。
「おい、ダンナよ。何か無礼なこと考えてないか?」
「ナニモ、カンガエテナイヨ」
俺とジークが他愛もないやり取りをしていれば、
「むぅ。旦那様、こんなもの乗るよりわたしが走ったほうが速い」
クゥリルが気を引くように腕を引いてくる。
分かってはいるが、あまりジークと話していればクゥリルの機嫌が悪くなる。そこらへんの配分はまだまだ把握中だ。
「そうだね。クゥはこれよりもずっと速いからね」
「ククク、そういえばこの魔動車、正式名が付けられる前は “馬車よりずっと速ーい号”だったな。流石に大衆向けに普及させるものだから、今の名に変わったがな」
妥当な判断だ。優秀なのはこれまでの魔道具から分かるけど、命名センスがヤバイ。
「やっぱり、ジークの所の魔具師って、中々に愉快なんだな」
「我としては心外だけどな。今度紹介してやるぞ」
「ウー……旦那様ぁ……」
クゥリルが拗ねてしまった。これは、ジークに構い過ぎたか。
このままでは仕方ないので、恥も外聞もなく撫で始めてあげる。
始めこそ膨れっ面で、そんなんじゃ丸め込まれないぞと言った抗議の目をしてたが、しばらく撫で続ければ、いつも通り喜びを表す。
扱いやすくて助かるなと思っていれば、急にアンリが座席から立ち上がった。
「あ! ここを右に曲がって、まっすぐ進んで下さい! ジーク……さん」
「うむ、それでよい。右だな、何かに掴まっているのだぞ!」
ハンドルを急に切れば、車体は傾いて右へと曲がる。
「うぇ!? あああぁぁー…………」
縦長な分、遠心力で外に振り回される力が働き、後部座席で更に立ち上がっていたアンリはその影響をもろに受けて車から振り落とされてしまう。
俺も振り落とされそうになったが、そこはクゥリルがしっかりと掴んでくれていたので無事にすんだ。
「ジーク、アンリが振り落とされたぞ」
「何!? ……まぁ勇者だから大丈夫だろう。ハッハッハ」
予想外な出来事ではあったが、ジークは愉快だと盛大に笑い出す。
クゥリルも特に心配することなく、これ幸いにと俺に抱き着いてくるで、アンリの不憫さに少し同情してしまう。
「ちょ、待って! 待ってよ、ねぇ!」
車は速度を落とすことなく、なおも真っすぐに進む。
結局、アンリはダンジョンの入口らしきところにたどり着くまで、走らされたのであった。




