つまり覇王?
分かっていたとはいえ皇帝か……、いや、次期だから正しくは皇太子だけど。
どちらにしろ、何でそんな奴がこんなことしてるんだよ。偉いなら護衛とかもいるだろうし、仲間なんて好きに集められるだろ。それが何故、一人で奴隷買ってるような状況になるんだ。
後、覇者。女神に選ばれた者は複数いるとは思ってたけど、一体どういうものだ。覇者ってフレーズから感じからだと、何か強そうとしかイメージできないぞ。
勇者のようにダンジョンマスターを見抜くことはできないようだけど、さっきから見せてる強制力が覇者の力ってやつ多分そうなんだろうな。
「驚いて言葉も出ないか?」
「……なんかもう、何から言えばいいかなぁって思って」
多少は身構えてたから、そこまで驚いてはないが、予想ナナメ上すぎて対応に困る。アンリなんて口をパクパクするだけで言葉が出ていない。
「この際だ、何でも聞くがよい。今の我は寛大だぞ」
隠す必要もなくなったのか、ジークはドヤ顔で偉い人オーラを出してくる。だからと言って今更取り繕う必要もないのだが、どうしたものか。
「な、な、何で覇者が!? 覇者ってこの数百年ずっといなかったはずじゃ……。いや、それより何で教会に属していないの!? ボクと同じ女神の使者でしょ!?」
何を質問しようか考えていたら、ようやく復帰したアンリが口を開き、問い詰める様に言う。あまりの慌てぶりにジークは「ククク」と笑いを漏らしている。
それに比べクゥリルは相変わらず興味なさげに……、違う、これは敵を見る目だ。
女神の使者イコール俺の敵っていう構図を危惧してくれてるのかな? 後はあるとすれば、単純に気に食わないヤツだからかもしれない。
「確かに貴様と同じ女神の使者ではあるな。だが、それがどうした? なぜ我が教会などと言うものに属する必要があるのだ」
「え? いや、だって教会は女神マキナ様の為にあるものだし、女神の使者であるボクたちが教会にいるのは当たり前なんじゃ……」
「ああ、そのとおりだな。だが、我は女神の使者ではあるが、教会の使者ではない。ならば、教会に従う必要などないとわけだ」
丸め込めるように言えば、アンリは困ったかのように、分かりやすく戸惑う。
「それにだ。古き体制を敷き、新しきを拒む教会など、我が国には不要なものでしかない」
そう言い切られれば、アンリはまた言葉が詰まり、また口をパクパクさせるだけの機械になってしまった。
どうでもいいけど国と宗教の繋がりなんて様々なんだし、別にジークがどう考えようと別に問題なくないか?
「覇者とか教会とか詳しく知らないが、とりあえずはそれでいいんじゃないの? それより、次期皇帝様が何でわざわざこんなところにいるんだよ。そっちの方が気になるんだが」
「ダンナよ、それは本気で言いているのか?」
「何か変なことでも言ったか? 宗教なんて人の自由だと思うけど……」
何故か驚かれた。そしてジークは考え込むように俯くが、すぐにこちらに向き直す。
「それで、ここにいるわけと言ったな。それについては既に話したと思うが、ダンジョンを攻略しに来た」
「それこそ、次期皇帝なら人に任せるなり何なりできるだろ。それに俺、というか、奴隷を買わなくても人ぐらい簡単に集めれるだろ」
「それについてなのだが、今は皇帝という立場を隠す必要があるのだ。……一人の女神の使者として、覇者の力を以てして攻略する必要がある」
「なんで?」
「それには教会との関係に深くかかわるのだが……、ダンナが知らない様だから教えてやる。実質この国……いや、世界を牛耳ってるのは、教会だ」
何で一宗教の教会が世界を牛耳るんだ? どういう事なのか分からない。
「まだ国がなかった頃、世界を、人類を産み出した女神が初めに降臨し作ったもの、それが自らを信仰させる教会だ。それからは女神の代弁者たる教会が、各地に統治者を据えたことで国が興された」
つまり、教会が一番初めにあって、その教会によって国が作られたという事なのか。
見方を変えれば教会が国、国を州に置き換えればわからないでもないが、別々の国を興すのが、前世の感覚と違って違和感しかない。
でも、それが本当なら教会が手出しできないというのはヤバイな。反国家勢力ってことだろ。なら無法地帯と言われても当然だ。
「まぁ、教会が一番上ってのは分かったけど、それがどう関係するんだ?」
「今のまま、我が覇者であることが広まってしまえば、我はこの国にはいられなくなる。先ほどはああ言ったが、女神に選ばれた者はその力を制御する名目で教会本部に行かなければならぬ。例え皇帝であろうとな……」
ジークは苦虫を潰したような表情で語り続ける。
「属するかどうかは置いといて、一度教会に身を置いてしまえば、戻る事は難しくなる。それにより皇帝の座が空位になれば、我の変わりとして教会から派遣された者が就く事となるのだ。
そんなことになってしまえば、この国はどうなってしまう? ダンジョンから取り入れた技術は異端と扱われ、また前時代のようになってしまうだろう。……せめて、我以外に跡継ぎがいれば違ったのだがな」
嘆くように息をつく。だけどその眼には決して諦めないという闘志が見えた。
「しかし、初めから力のある女神の使者なら話は別だ。力のある女神の使者は、教会と同等の権威を持つ。それこそ女神の代弁者を名乗っても問題ないほどにな」
ああ、それで覇者の力を証明するためにダンジョン攻略を目指したわけか。結局はすでにダンジョンが無くなってたから、それも失敗に終ったけど。
だとしても、二つほど疑問が残る。仲間を募る理由もだけど、覇者の力と思われる強制力で無理矢理にでも解決できそうな気がする。
「覇者の力がどんなものか知らないけど、その強制力を使えば何とかなるんじゃないのか?」
「この力が通用すればな。貴様のように全く効き目がなかったのは初めてだが、そこのクンロウ族の娘のように抵抗する者も多く存在する。
何より教会本部には女神に選ばれし聖者がいる。そんなものにこの力が効くなど…………勇者であるそこの娘には効いたのだったな。いや、どちらにせよ、そんな不確定な力に頼ることはできぬ」
今度は聖者か、あと何人いるんだよ。
「なるほど。その力が不確定なのは分かったけど、仲間を集めていたのは? 荷物持ちだけってわけじゃなかったよな」
「それはな、覇者には人が集えば集うほど能力が上昇するというのがあるからだ。相手が人であれば、我は負けることはない」
あれか、勇者と同じようなものか。しかし、勇者が対ダンジョンマスターとすると、覇者は対人類になるのか? そう考えれば、俺にその力が効かなかったのも頷ける。
「そろそろいいだろう。さぁ、取引する決心はついたか? 我のダンジョン攻略に協力すれば、貴様等の罪は不問にしてやろう」
「……もし、断ったら?」
「……我の秘密を知ったのだ。タダで返すと思うか?」
え、自分からバラしたくせに脅すの!?
覇者とか次期皇帝とか、結局は力で従わせるとか、それもう覇王だな。




