再会、そして
ジークが野次馬の中に突っ込むと、人だかりはジークから逃げるように二つに割れ、自然と通り道ができる。それはまるでモーゼの海割のようで、あまりにも不自然な出来事だった。俺はと言うと、野次馬に隠れるようにその様子をこっそりと窺う。
この場で争っていたのはまさかの人物だった。
「ヒィィィィ。だ、誰か助けてくれぇぇぇ」
「お前、が……お前が、旦那様を……ッ!」
「落ち着いて、クゥ。お願いだから、一度落ち着いて……! ああ、もう。病み上がりだって言うのに、また倒れたらどうするの!?」
それは俺を奴隷にした奴隷商とアンリ、そして……クゥリル。
奴隷商は腰を抜かして倒れ、アンリは必死にクゥリルを押しとどめようと羽交い絞めにし、クゥリルは聞く耳持たずに奴隷商に向かって殺気を放っている。
一体これはどういう状況なんだ?
「貴様等、そこで何をやっておる!?」
真っ先に反応したのはクゥリル。この状況に一人飛び出てきたジークに対して、――ガルルと、尻尾を逆立てて威嚇しだす。
「邪魔、するな……! お前も、アイツらのようになるか!?」
アイツらとは、あの通路の脇に倒れている人たちのことだろう。
格好的におそらくこの街の警備隊なのかもしれない。しかし、彼らは全て打ちのめされており、本来この場を収拾すべき人が居なくなった後だということか。
「やべぇよ、なんだよあの獣人。誰か止められないのかよ」
「こ、怖いわ。警邏隊の人たちもなにやってるのよ、役に立たないわね」
「ヒエッ、あの眼、マジだぜ……。誰か冒険者呼んで来いよ、今度はあの男がやられるぞ」
一向に収まることのないこの惨事に野次馬達はどんどんとどよめきを見せる。
「鎮まれ!」
この阿鼻叫喚とした場面で、ジークが一喝した瞬間、先ほどまでの喧噪がウソのように静かになった。周りを威嚇していたクゥリルまでも喉が詰まったかのように、ただ黙って睨むだけとなっていた。
「……何があったが知らぬが、この場は我が預かる。関係のないものは即刻立ち去れ」
更にそう言うと、野次馬が一斉に離れ去って行く。この時も誰も言葉一つ漏らすことはなく、その不自然すぎる出来事は明らかにジークが何かをしているのは明らかだ。
そして野次馬がいなくなれば、俺が身を隠すこともできなくなる。つまり、それはクゥリルが俺を見つかるには十分で……、
「……ええと、クゥ。……その、久しぶり?」
歯切れの悪い言葉しか出なかった。
再会できたことは喜ばしいが、まだ心の準備ができていない。俺がやらかしてしまった事実をどう謝ればいいか、少し時間が欲しいと思うのは仕方のないことだ。
「っ! ……っぁ、んな、様……、旦那様!!」
意外にも喜びを見せたクゥリルが、アンリを振りほどいてこちらに走って来ようする。
だが、ジークが「動くな!」と一言命じれば、地面に縫い付けられたかの様に足を止めてしまう。
ただ、そのまま止まるつもりはないのか、スキを窺う様にじりじりと間合いを詰めようとしている。
「そこを、退け!」
「ほう。我に逆らえるとは、この娘もなかなか面白い」
「あー、そのジーク。実は俺の知り合いなんだ。ちょっと話させてくれないかな」
「む、ダンナも動けるのか。ククク、どうやら貴様の周りは面白いやつらが集まってそうだな」
ジークは笑い出して肩を叩いてくるが、クゥリルは怒りを露わにし、ストッパーであるアンリはいまだに動けていない。ちなみに奴隷商は、あてられ続けられた殺気と威圧によって気絶している。
「旦那様から離れろ!」
「ハッハッハ、残念ながらそれはできんな。なにせ此奴は我の奴隷だからな」
「ッ!?」
「クゥ、大丈夫だから。流れでそうなっただけで、こいつには助けてもらったんだ……多分」
「うぅ……旦那様ぁ……」
「それとジーク。お前はもう挑発するな、話が進まなくなる」
「む、そうだな。では、本題と行こうか」
ジークが主導する形で一新すれば、俺とジーク、クゥリルとアンリ、そして奴隷商がそれぞれ対面する場が設けられた。
相変わらず俺とクゥリルの間にはジークが遮るように立ち塞がっていて、わざとらしく邪魔しているのが見て取れる。
「で、貴様らはあの場で何をしていたのだ?」
「そ、それは、この獣人が突然難癖をつけてきたので……ヒッ!」
「コイツが、旦那様を攫ったんだ! 旦那様から奪ったものを持ってるのがその証拠だ!」
ジークの前だからか、やはり怯えながら奴隷商が答えるも、すぐさまクゥリルが一睨みして、言葉を遮る。
奪ったもの……あっ、そういえばクゥリルから貰った腕飾りとか指輪とかも無くなっているな。
「我の前で偽ることは許さん。正直に答えろ」
「はいぃ! 私がやりました! 旧街道にいたこの男を捕らえ、身包みを剥いで奴隷にしました! ……なっ、口が勝手に!?」
これでハッキリした。ジークには何かを強制させる力を持ってるってことか。その代償としてかは知らないが、普通の人には恐れられると……。一部の人には効かないみたいだが、それでもその力は凄いな。
「こ、これは違うのです……!」
「何が違うというのだ?」
「そ、それは……」
言質は取った。これなら前に言っていた違法奴隷を証明したってことになって、俺は晴れて解放されるってことだな。
そう思っていたが、なぜかジークはニヤリと笑う。
「まさか保護するために奴隷に落としたとでも言うのか? それならば仕方のないのかもしれんな。一時的に預かっていたものも渡し忘れるというのも十分ありうる」
「……! そ、そう。そうなのです。 い、いやぁ、私としたことがうっかりしておりました」
え、何言ってるんだ? 何で奴隷商に助け舟を出す様な真似をする?
「ふざけるな、そんな言い訳が通るか!」
「ならば問う。この男は何者だ? 身分を示せとは言わん。せめて名の一つ答えるだけでもよい。そうすれば開放してやろう。さぁ、知っていることを全て答えろ」
「……ッ、旦那様は旦那様だ! 私の、番いだ!」
一瞬何かを答えようとしたが、寸でのところでそう答えた。
危なかった。全て言ってしまえば、俺がダンジョンマスターであることがバレてしまうからな。
「やはり答えぬか。……白だが、灰色っぽい髪と紫の眼。なるほど、クンロウ族なのか」
クンロウ族を知っているのか。見る目が一瞬で変わったぞ。
「では、そっちの娘。知ってることを答えろ」
「っ! ボ、ボクは勇者アンリ。そっちは……っむぐぐ!?」
途中でクゥリルに口を押えられて止められたが、急に振られたアンリが正直に答えようとしていた。勇者ですら逆らえない力って、マジで何者だ。
アンリは訳が分からないといった感じに戸惑っているが、それ以上に言わせた本人も驚いて、「勇者、だと……? まさか……いや、それなら……」とブツブツ何かを考え込んでいた。
そして、何かを決めたのか、その濃い顔を更に濃くした悪そうな笑顔を浮かべだした。
「貴様等が何者かはわかった。だが、これでは答えてないのも同じだな。ならば解放してやる道理もない」
「おい、ジーク。約束が違うぞ。やることは終わったんだし、解放してくれるはずなんだよな」
「ダンナよ、勘違いするでない。確かに我は役目が終われば開放すると言った」
「? だから、こうして戻ってきたからには解放してくれるんだろ」
「ああ、言ったな。だが、我はこう言ったはずだ、ダンジョンから戻ってきたらと……。しかし、あのダンジョンはすでに攻略済みであった。ならばあそこはダンジョンではない……ただの洞穴だったわけだ」
……つまり、ダンジョンでなかったから、まだ役目は終わっていない。そういうことを言いたいのか。
「予定外ではあるが、我が国にはまだまだダンジョンはある。ならば、それらを攻略するだけのこと。幸いにも勇者がいるのだ、まだ分かっていないダンジョンの位置など最早分かったも同然だ」
こいつという奴は……。勇者、そしてクンロウ族の力を知っていて、それを利用しようってわけか。
「……正直なところ、貴様が居れば面白そうなのも着いてきそうだからな。手放すのが惜しくなった、本格的に我の物にならんか?」
不覚にも、どこかの映画のワンシーンみたいでキュンとしてしまう。
しかし、男に言われても嬉しくない。




