どこかで見たことあるモノ
「うむ、今日も良い天気だな」
「天気が良すぎて、暑いくらいなんだけど……」
あれから一晩経ち、朝早くから出発した俺とジークは、酒を飲んだ翌日とは思えないほど快調な足取りで、ダンジョンへ向かっている。
今通っているこの街道は、ダンジョンができたことで使われなくなり、旧街道と呼ばれている場所。今では後ろめたいことをしている者が通るだけの道となっているらしい。……例えば、どこからか人を攫ってきて奴隷にするためとかな。
「そういえば、昔からここにダンジョンがあるとわかってたんだよな。ならなぜ、今になって攻略しようと思ったんだ?」
「ふむ、話せば長くなるが……。簡単に言うなら、この国に害をもたらすものとなったからだな」
「でも、ダンジョンって全人類の敵なんじゃなかったっけ?」
「ああ、教会の教えではそうだな。しかし、中には国の繁栄となりえるダンジョンもあるのだ。他とこでは知らんが、我が国では益をもたらすなら見逃す、害となるなら滅ぼす事になっておる。ダンナがダンジョンをどう認識してるかは知らぬが、一概に敵と決めつけるには早計よ」
「確かに。ダンジョンだからって敵と決めつけるのは早いな」
「貴様もそう思うか! うむうむ、よいことだ」
まぁ俺がそのダンジョンを運営するダンジョンマスターの一人なんだけどね。
しかし、わりとと寛容な国でよかった。これならダンジョンマスターってことがバレても大丈夫かもしれない。
そういや、アンリが言っていた無法地帯って言うのはこういう事なのか。
教会の教えに背いてるのだから批判されても仕方のない。でも手に負えないというのは少し違くないか? まぁ、アンリのことだし、何か間違って覚えていたんだろう。
「それでな、今から目指すダンジョンもかつては良きものであった。……我が生まれる前より存在し、長らく国に繁栄をもたらしておったものだ」
「そうなんだ」
「ああ、歴史とはかくも面白いものだ。丁度良い、しかと聞くがよい」
なぜか聞いてもいないのに話してくれる流れとなったので、適当に相槌を打ちながら聞く。
元々このあたりはダンジョンができる前まで、害獣や盗賊が住み着いていたりして悩まされていたのだが、ダンジョンができてからはそれが無くなっていったようだ。
ほとんどのダンジョンは周りに害を為してすぐに攻略されるが、このダンジョンは弁えていたのか、そこのところの配分が絶妙に上手かったらしい。
ダンジョンからモンスターが湧き出るタイミングは常に豊作や家畜が増えすぎた時に限り、ある時期になると発生するはずの災害や獣害が抑えられ、不作になることが減ったという。
それからも、目先の欲に囚われた一部の者がダンジョン攻略に乗り出した時も、反撃に出るのではなく、宝物まで与えたという懐の深さを見せていた。
ただ、その裏では何人もの犠牲があったともいうが、それでもダンジョンから持ち帰った宝物には、東の国の文化を何段階も成長させていき、あの街が大きいのも、ダンジョンにある宝を求め、人が集まるようになったことが理由で、それだけダンジョンの存在は大きかったみたいだ。
「しかし、数年前から様子がおかしくなってしまってな……。今ではこの国に害をもたらす厄災へと変貌したものだ」
「それでついに、完全攻略しようと決めたってわけか」
「うむ。だが、長年残ってきたダンジョンだ。攻略するのも一筋縄ではいかず、半年ほど前に向かった国の精鋭部隊も帰って来ておらぬと聞く。……とうの昔にダンジョンの糧となっているであろうな」
どういう心境の変化があったのかは知らないが、あの変態紳士にも色々あったんだな。
と言うか、そんなダンジョンにわざわざ一人で攻略するって、ジークって一体何者なんだよ。
普通は知らなそうなことも知ってるし、なんか嫌な予感がする。
「なぁ、ジーク……」
「む、このあたりだな」
訊ねようとした途端、ジークは急に足を止めた。
「見ろ、あれはかつてダンジョンに挑んだものが残した道だ。この先を進めばダンジョンがある。これより先は気を引き締めておけ……。で、何か言いかけていたが、何用だ?」
指差す先は前に俺たちが出てきた獣道だった。
つまり、俺が捕まってクゥリルの入ったアイテムバッグが捨てられた場所。これはジークのことを聞くより、当たりを探す方が先だな。
「あ、いや、ちょっと待ってくれ」
ジークを呼び止め、昨日捨てられたはずのクゥリルが入ったアイテムバッグを探してみる。
しかし、それらしきものは見当たらない。
風に飛ばされたり獣に持ってかれたりした可能性もあるかもしれないが、そこには昨日までは無かった、へし折られて倒れた木だけがあった。
これは……多分、アンリに助けてもらったのだろう。
でも、このありさまってかなり怒ってるってことだよな……。わざとではないにしろ、そばから離れないって言った矢先にこれだからな……。うん、そりゃ怒るよね……。
「どうしたのだ?」
「……俺が奴隷商に捕まったのはこの辺だったんだよね。もしかしたら何か落ちてないかなぁって思ってさ……」
「そうか、その様子だと見当たらなかったようだな。まぁ、そう落ち込むな。これが無事終われば、褒美として路銀をやろう」
今の俺は奴隷だというのに、えらく優しいな。
大体の奴隷って飯すらまともに与えられないイメージがあるのに、ジークはそんなの関係なしに食事もちゃんと貰えたし、友人のように接してくれている。
俺から言ったのも何だけど、本当に俺が友でよかったのだろうか? 冗談で言ったのが今更になって気が引けてきたよ。
「それはそうと、ダンジョンに入る前に、渡しておくものがあるったな。さぁ、荷物を下ろせ」
「はいよ、わざわざ大荷物背負ってきたが、いったい何を入れてきたんだ?
背負っていた大袋を下ろし、ジークへと口を向ける。
「見て驚くがよい。これが我が国が誇る魔具師が作り上げた、最高傑作品の魔道具だ!」
そう言って取り出したのは、とても見たことのあるものだった。
「あー……。なんだろうなぁ、ソレ……」
「くくく、わからぬか? そうだろうな、この見た目ではわかるまい」
わざとらしくニヤニヤして引き延ばしてくるが、それってアレだよな……。答えてやるか。
「……結界の魔道具とか?」
「おお、よくわかったな! 当たりだ。これはどんな攻撃も防ぐことができる最強の防御結界なのだ。危ういと感じれば、それを使って身を守るのだぞ」
「ちなみに名前は?」
「む……。あまり言いたくないのだが、まぁよかろう。これはな”身を守るちゃん Ver7.7”という」
ああ、やっぱり。見た目から分かっていたけど、結界用魔道具ってこの国で作られた物だったのか。しかも何気にバージョンアップしてるし。こんなものを用意できるってことは、やっぱりジークってやんごとなき人なんだろうな。
「な、なんだその顔は? 我が名付けたわけではない。文句を言うなら、ヘンテコな名を付けた魔具師にでも言うんだな」
「……まさかとは思うが、罠を見つける魔道具や、奥までの道が分かる魔道具とかあったりして」
「なんと、そこまで分かるとは! 貴様、先見の明でも持ってるのか!?」
「…………た、たまたまだよ。いやぁ、こんな凄いものがあればダンジョン攻略も簡単なんだろうなー。ハハハ……」
「そうであろう、そうであろう。これさえあればダンジョン攻略もすでに終わったも同然よ。ダンナは後ろで見ているがよい!」
張り切ってるようだけど、何かゴメン。
この先のダンジョンにはモンスターどころから、罠すら一つないんだ。
「では行くぞ。ハーハッハッハ!」
「お、おー……」
意気揚々とダンジョンに挑む姿を、ただ後ろから追うことしかできなかった。
その後、ダンジョン攻略を無事に終え、街に戻ってくれば陽が沈む頃だった。
尤も、ジークの予定では数日はダンジョン内に籠る予定だと思っていたらしいのだが、実際には日帰りで済んだ。
それもそのはず、本来ダンジョンであるはずの場所が、既にただの洞穴となっていたから。
「まさか、ダンナの言う通り、本当に攻略されておったとは……」
「そんなこともあるんじゃない?」
「あるわけなかろう!」
その結果として、ジークは帰り道の最中もずっと不満気にしていた。
まぁ、その気持ちはわからないでもない。あれだけ意気揚々と挑んだのに、結局の所ただの散歩になってしまったからな。
ただ、俺としても今回のことは不満が残る。
折角隙を見て、俺がダンジョン化しなおそうと考えていたのだが、それが出来なかったからだ。
後ろからついて行っているだけなのに、背中にでも目がついているのかと思うほど目敏く、少しでも離れてみようとしても、「離れては危ないぞ」とか言って、離れることも隙を見つけることもできず、気付いたときには最奥までたどり着いてしまった。
まぁ、何か起こるよりかは何も起こらないほうがいいよね。
「無事帰ってこれたんだし、今はそれでいいじゃない?」
「うーむ……。しかし、これでは我の予定に支障が出るぞ……。どうしたものか……」
気落ちしているジークを励ますように肩を叩くが、気にも留めずに考え込んでしまっている。
俺のやることは終わったし、早いところ奴隷から解放してほしいところだけど……、流石にこれを自分から言うのはあまりにも図々しいな。
「……むむむ。それにしても、やけに周りが五月蠅いな。いったい何だというのだ?」
確かに周囲が騒がしくなっていた。
街の往来だというのにどんどん大きくなる喧噪は、どうやら一つ奥の通路に野次馬が集まっていて、そこで何かが起きているようだった。
「ケンカとかか? 向こうで何かあったっぽいな」
「我の前でそのようなつまらぬ事を起こすとは……。ええい、そのような不届きもはどこのどいつだ!」
なぜかジークが急に憤り、その喧噪の方に向かって行く。
そんなどうでもいいことは放っておけばいいのにと、面倒に思いつつ、俺も野次馬の一人に混ざりに行った。




