勇者、街へと辿り着く
ボクはこの時、とても焦っていた。
あのクゥがまさか倒れるなんて思っていなかったから。だから焦って一人先走って、どこにあるかもわからない川を探して全力で森の中を駆けまわっていた。
けれど、見つからなかった。
「うう、川どころか涼めるものすら見つからなかった……。でも、あっちに街っぽいのあったし、とりあえず二人に伝えないと」
一応、この場所の手がかり見つかったからよかったらけど、二人を助けに行ってから空回ってばっかりな気がする。
ボクとしては助けに行ったつもりなのに、間が悪いのかクゥの邪魔になってしまうし、元の場所に戻ることすらできなくなった。
これで何とか挽回できればいいんだけど、これで大丈夫かなぁ。
少し不安だけど、クゥの為にも今はボクが頑張らなくちゃ!
あれ? ふと思ったけど、クゥが倒れている今、誰が戦えるんだろうか? クゥの旦那さんが戦った所なんて見たことない。
……あっ! ボクしか戦えないじゃないか! 不味い、またやっちゃった……。は、早く戻らないと!
急いで二人が待っている場所に戻ってきたが、そこには人影すら見当たらなかった。
まさか襲われた!? いや、でも争ったような形跡はないし、どこかに隠れている?
二人の名を呼びながら辺りを探してみるも、全然姿を現す様子がなかった。
「クゥ! 旦那さん! 二人とも何処!?」
「…………まぁ……。…………ない…ぇ……」
しばらく探し回っていたら、拓けた通路上の方から微かにクゥの声が聞こえた。
しかし、どれだけ探してもクゥの姿は見当たらない。
「クゥ!? どこにいるの!?」
こんな拓けた場所で見落とすはずがないと、森の方ばかりを探していたが、よく見ると地面に新しい轍が増えている。
「この真新しい跡、馬車がここを通った? でもクゥの声は一体どこから……」
「……して。……から、出して……」
耳を澄まして声がする方に近寄ると、そこには旦那さんが持っていたはずのアイテムバッグが落ちていた。
「えっ、ウソ!? クゥ、ここにいるの!?」
「……アンリ、早く出して!」
訊ねると、やはりアイテムバッグからクゥの声が聞こえる。
まさか人がアイテムバッグに入るなんて聞いたこともない。驚きつつもボクは急いでアイテムバッグに手を入れ、それを取り出した。
「うぅ……アンリぃ……、旦那さまがぁ……」
「本当に入ってるなんて……って今はそうじゃなくて。クゥ、旦那さんはどうしたの?」
「……わからないけど、連れ去られたよぉ」
眼を赤くしたクゥが倒れ掛かってくる。話を聞くと意識が朦朧としていたクゥは、ただそのやり取りを聞くことしかできず、動かなきゃというところでアイテムバッグから出れず、声も出せずに泣いていたようで……自分の行いが招いた結果に、罪悪感で押しつぶされそうになる。
また失敗した……。
ボクが一人で先走った結果、クゥの大切な人が攫われてしまった。
いいや、まだだ。
ボクは、勇者はこの程度じゃ諦めない!
少しばかし失敗が続いたけど、勇者になって初めての友達をこんなことで失くすわけにはいかない! クゥも助けて、ついでに旦那さんも助ける!
――バキィッ!ギギギギ、ズシィン……。
気合を入れ直す為に拳を振り上げたら勢い余って近くにある木まで殴り倒してしまった。
「……こ、このぐらいの失敗なんか気にしないぞ。今はそれよりクゥをなんとかしないとね!」
それからボクは気持ちを新たに、クゥを背負い街のある方へと駆けだした。
「クゥは大丈夫なんですか!?」
「ふむ、これは魔症じゃな。安心せい、命に別状はないわ」
街に着いて真っ先に駆け寄ったのは診療所。
急いで医者に見てもらっていた。
「よかった……。あれ? 確か魔症って、魔力が減った時になるものじゃなかったっけ?」
「おぬしが言っておるのは魔力欠乏症のほうじゃな。魔道具の使い過ぎでよくなるやつじゃ。ワシが言っておるのは、魔高症候群のほうじゃ」
「魔高症候群?」
聞いたことないその症例に首を傾げていると、医者であるエルフのおばあちゃんがベッドに横たわるクゥに手をかざしながら答えてくる。
「うむ。あまり馴染みが無いかもしれないが、魔力放出が苦手な獣人ではたまに見られる症状じゃ。知っておるかもれぬが、魔力には体内にある魔力と、その土地に漂う魔力の二種類あっての、この二つの魔力差が大きいと、このように自らの魔力に蝕まれてしまうのじゃ。
ワシらは無意識のうちに魔力を吐き、周囲から吸って循環させておるのじゃが、……この娘は驚くべきことにその魔力の穴が見当たらぬ。これではいつまで経っても良くなることはないじゃろうな」
「そんな……。な、なんとかならないの!?」
「一体どんな辺境からやってきたのか知らぬが、悪いことは言わぬ、早々に故郷に戻ることじゃ」
「そうしたいけど、帰り道が分からないんだ。そもそもここがどこなのかも分からなくて……」
「何か訳ありのようじゃのう。なら、無理矢理にでも穴を作るしかないぞ。獣人は尻尾を切ると、そこから魔力が抜けるはずじゃ。サクッと切り落とすのが手っ取り早いわい」
切り落とすと言う言葉に反応したのか、ガタッとベッドが揺れたと思えば、クゥがベッドから抜け出そうとしていた。
「ヤ、ヤダ! 絶対にヤダ!」
魔症に苛まされて辛そうにしているのに、無理に身をよじって逃げようとしていたクゥの肩を抱いて落ち着かせる。
「あ、あの、それ以外の方法でお願いします」
「仕方ないのう。一時的な処置にしかならんが…………あったあった。ホレ、これで魔力を抜くのじゃ」
エルフのおばあちゃんはやれやれと言った表情で何かを探し始め、こぶし大の半透明な石のようなものを取り出した。
「それは?」
「魔吸石じゃよ。これでこの娘の魔力を抜くのじゃ」
その魔吸石をクゥに持たせると、瞬く間に石が黒く染まっていった。そして辛そうにしていたクゥも楽になったのか大分落ち着きを見せている。
「よかった、これでもう大丈夫なんだね」
「今はそうじゃな。しかし、しばらくすれば元に戻ってしまうぞ。まぁ、やらないよりはマシじゃろうがな。ふぅむ、それにしてもこの魔力量は凄いのう。随分吸ったというのに、まだまだ有り余っておるわい」
安心しきったボクはクゥを寝かしつけておばあちゃんに聞く。
「あの、その石って譲ってもらえないですか?」
「おぬしが何を言いたいのか分かっておるが、それは無理じゃな。これはワシらエルフにしか使えぬものじゃ」
どうやらこの魔吸石はエルフの間では一般的なものだけど普通には出回らない物らしい。
これもおばあちゃんが偶々個人で所有していただけで、そもそも普通の診療所にはないらしい。さらに言えば、一度魔力を吸ったらエルフの秘術?で魔力を取り出さないと再利用できないらしく、ボクには到底扱えない代物だった。
ただ、この街にいる限りはいつでも魔力を抜きに来ても良いと言ってくれたので、当面の間はお世話になることに決まった。
「それでおぬしら、今夜泊るところは決まっておるのか? もし決まって無いならここに泊まるとよい」
「いいんですか?」
「どうせベッドは余っておるのじゃ、好きにするのじゃ」
「何から何までありがとうございます!」
エルフ――女神が産み出した知性ある人類の一つ。
特徴として長い耳と魔力を感じ取り、魔力を取り込みやすい体質を持っている。
魔吸石――エルフの間で一般的なもので、取り込み過ぎた魔力を抜き取るために使われている。ただし、吸い過ぎると命に関わるため、取り扱いには注意が必要。
因みに吸った魔力は家電(魔道具)に流用できる為、今回の治療費はその魔力で補われている。
自然にある魔吸石は魔力が溜まり切ってるものしか無いので、周囲の石と見分けがつかず、危険もないので他の人種には知られていないが、稀に砕けて小さい欠片になると、魔力が抜け、吸収速度も落ちたものが出回ることもある。(その状態のものが商人から手に入れたやつ)




