ダンジョン、襲撃される
平和な日々が続いてたので忘れていたが、ここは異世界の脅威となるダンジョンだ。
いつダンジョンを脅かすものがやってきても不思議ではない。
そんな当たり前のことを忘れて、毎日遊びに来ることが当たり前になったクゥリルと、数日前からやっていた将棋の続きを楽しんでいた時にソイツは訪れた。
このダンジョンに、敵意をむき出しにして。
『邪悪なる者よ』
「うわ、何だこいつ」
頭に立派な角を生やした凶悪な面で、牙を覗かせる口から中性的な声で話しかけてきた。
3メートルほどの大きさで爬虫類と同じような鱗が生えた体表、ガッチリとした四肢と凶悪そうな爪が大地をしっかりと踏みしめている。
それはまるで恐竜で……、いや、最近の恐竜って実は毛むくじゃらの姿に様変わりしていたし、恐竜とは違うかな? ということ、これはファンタジーではおなじみのドラゴンなのか、意外と小さいが迫力満点だ。
『貴様に恨みはないが、世界の為死んでもらう!』
悠長に考えていたら、突然の咆哮と、初めて身に浴びる殺気に、足が竦む。
あ、ヤバイ……、これ、死んだわ……。
「おじさん、下がって」
『小さき者よ、邪魔だてするなら容赦はせぬぞ』
いつのまに手にしたのか、かばうように槍を構えたクゥリルが前に出ていた。
真面目な表情でいつものとは違う雰囲気をしたが彼女が、まだ小さい女の子なのに頼もしく見えた。
侵入者は威嚇するように吠えるが、クゥリルは動じず、じっと小型ドラゴンを見つめ続ける。
しばらく睨めあった後、痺れを切らしたのか、先に小型ドラゴンがクゥリルに飛び掛かっていく。
クゥリルは対応するように槍を横に薙ぐよう払い、横に紙一重で避ける。
息をつく間もなく嵐のように飛び掛かってくる小型ドラゴンは爪を駆使し、時には尻尾も使い少しずつクゥリルを傷つけていった。
対してクゥリルの攻撃は、鱗が固いのか見るからに刃が通っていないようで攻めあぐねている。
そんな一方的な戦いを俺はダンジョンコアを抱えて、部屋の隅で見ることしかできなかった。
せめて何か打開するためのモノを出そうと考えるも、恐怖で動くことができない。
戸惑っている間にも、小型ドラゴンはどんどんと攻め続け、クゥリルを部屋の隅へと追い詰めていった。
『諦めろ、小さき者よ。貴様の腕では私を倒すことはできぬ。
素直に邪悪なる者を差し出すなら、見逃してやろう』
強者の余裕とも言えるのか、堂々とした立ち振る舞いでクゥリルに問いかける。
しかし、クゥリルには諦める様子はなく何かを狙うかのようにじっと機会をうかがっていた。
『……仕方あるまい、ならば共に果てるがよい』
先ほどまでの攻めと一線を画す、強靭な四肢を用いた飛び掛かり。
もはや目では捉えきれないそれは、確実にクゥリルの命を奪うほどで、思わず目をつぶってしまった。
――ガアアアアアアアアア!!!
耳を裂くほどの叫び声が部屋の中に響く。
目を開けてみると、その腕を血で真っ赤に濡らしたクゥリルがいた。
明らかに変な方向へと曲がってしまっている腕、辛そうな表情を見せるも、いまだ構えを解かずに警戒を続けている。
小型ドラゴンはというと、立ち位置と交換した場所におり、その右目には槍を突き刺され、おびただしいほど出血をした状態だというのに膝をつくこともなく立っていた。
『甘く見ていたの私のほうでであったか……。
小さき身でありながら、立派な戦士よ、そのケガではもう戦えまい』
小型ドラゴンの言う通り、構えてはいるもののクゥリルはもう動くのもやっとといったところだ。
……こんな小さい子に任せっきりで、俺は何をやっているんだ。
意を決して、ダンジョンコアを使い、武器を取り出す。
人の文明の利器と言える武器――拳銃を取りだし、小型ドラゴンに狙いを定める。
――パァン……
しかし、初めて扱う拳銃をまともに使えるわけもなく、乾いた音だけが空しく鳴り響く。
『邪悪なる者よ……。決着はついたとはいえ、戦いの最中に水を差すとは野暮な真似を、身の程を知れ!』
当たりはせずとも、注意をこちらに引きせることはできた。
結局は人任せではあることには変わらないが、後はクゥリルが気づいてくれれば、何とかなるかもしれない。
踏み込む動作を見て、すぐに横に飛び退く。
ダンジョンコアを抱えたままなので、ゴロゴロと転がる感じとなるが、クゥリルの与えた一撃はやはり大きく、今までの飛び込みに比べると大分遅いものとなっていたので、俺でもなんとかよけることができる。
もちろんただよけるだけではない、事前に出していた閃光手榴弾のピンを抜いて置いた。
小型ドラゴンの着地すると同時に、けたたましい音と真っ白な閃光が部屋の中で爆発する。
『ぬぅ!?』
「きゃあ!?」
クゥリルも巻き込んでしまったが、まともに食らわせることができたようで、ふらふらとおぼつかない足取りとなっている。
こちらは目をつぶっていたので眩むことはなかったが、思ってた以上の爆音のせいで耳がキーンとして痛い。
今のうちに少しでもダメージを与えようと、拳銃で狙い定めて撃つ。
――パァンパァン、キンッ! キンッ!
先ほどよりも距離が近くなった為、何とか当たったが鱗に弾かれてしまい、まともにダメージを与えられていない。
どうやらこの異世界において銃は強い武器ではないみたいだ。
攻撃するのは諦めて、足止めだけを目的に次なるアイテム――捕獲網を小型ドラゴンの真上へと出す。
これで多少は時間を稼げるだろう。
捕獲網から出ようと、動こうとするが上手いこと捕獲網が引っかかっており、無理に破ろうとしても、突き刺さっている槍が邪魔して動けないようだった。
『先ほどから卑怯なまねばかりしおって、私を怒らせたいようだな』
安堵するも束の間、小型ドラゴンから凍てつくような怒りを露わにした途端、身が凍るほどの寒さを感じ……、いや実際にその身に氷をまとい、せっかくの捕獲網も一瞬のうちに凍り砕け散ってしまっていた。
『死ぬがよ――ッガァ!?』
口を開いて何かをしようとした、その瞬間。
クゥリルが死角から槍の石突にけりを入れ、さらに両手でかき回すように槍をひねり出した。
さすがにその一撃にひとたまりもなく、身にまとっていた氷が消え、倒れるとピクピクと痙攣するだけとなった。
「な、なんとかなったぁ……」
「なんとかなったじゃないよ。何あれ、まだ目も耳もいたいんだけど」
「あー、アレね。ごめんね、説明できなくて」
脅威となるものがなくなったので気が抜けたのか、いつもの通りの雰囲気に戻りぷんぷんと怒っていた。
それよりも何も伝えていなかったにも関わらず、理解して合わせてくれたことが嬉しい。
あの時……拳銃を撃って気を引いた後、閃光手榴弾の他にもアイテムを出していた。
それは回復ポーション。
この異世界にも当たり前のようにあったので、クゥリルの目の前に現れるように出しておいた。
前にも一度、出したこともあり効果が高いことは確認済みだ。
ただ味に問題があり、クゥリルは一度飲んでからはそれ以降嫌がって使ってくれなかったので、ちゃんと飲んでくれるか不安だったが、杞憂に終わってよかった。
「それにしても、なんでそこまでして守ってくれたの? 俺が言うのもなんだけど、命を懸けるほどではないんじゃないかな」
「むぅ、『縄張りを荒らすもの、家族を脅かすもの、命を賭してでも守り戦うこと』――“村の掟”!」
“村の掟”に従って守ってくれたのか、そうか、家族だと思ってくれたんだな。おじさん、うれしい。
「ここはわたしの秘密基地! だから縄張りを荒らす敵は倒す」
……縄張りのほうね、うん、普通に考えたらそっちの方だよね。
でもやっぱり、守ってくれたことは嬉しいので、おもわずクゥリルの頭に手を伸ばして、その頭をなでてしまった。
「あ、ごめん、つい……」
「んーん、かまわない。むしろもっと撫でろ」
撫でるのをやめようとしたが、手をつかまれて催促される。
そのまま無言でしばらく撫で続けた。
「ねぇ、クゥリルちゃん?」
「クゥって呼んで。一緒に狩りをした仲間だから、クゥって呼んで」
「えーっと、クゥちゃん?」
「……」
「……クゥ?」
「なに? あ、撫でる手は止めないでね」
先に釘を刺されてしまった。まぁ腕は疲れてきたが撫で続けるのは別に良い。
ただ撫でるたびに動く獣耳に尻尾がすごい気になる。
触りたいけど勝手に触るのはさすがにダメだろう、いつかは触らせてもらおう。
ひたすら満足するまで撫で続けていたら、すでにダンジョンに取り込まれた後か、小型ドラゴンの死体はなくなっていた。
ただ争っていた痕跡だけが残り、いかに激しい戦闘だったということがわかる。
今日はたまたまクゥリルがいてくれたので助かったが、もしいなかったら成す術もなく死んでいただろう。
今まで気にしていなかったが、ポイントのことも含めてクゥリルに依存してしまっている。
今日のことを反省し、これからは防衛面にも気を付けなければならない。
早速、今あるポイントで何ができるかを確認したらおもわず二度見してしまった。
小型ドラゴンは見た目に違わず、大量のポイントとなってくれようだ。
部屋の惨状を見回してから、功労者であるクゥリルを見る。
何はともあれ、まずはこれを出さないといけない。
今回一番の功労者を労う為に、ポイントを惜しまず最高級なポーションを出す。
最高級だけあって先ほど出したポーションよりも色味よく、神秘的な輝きすら見せる液体をしていた。
「うぇ、またそれぇ……」
「その腕まだ治ってないよね、それに凍傷もしてるよね」
ポーションの瓶を見るや否やクゥリルは後ずさり、受け取るのを拒否する姿勢を見せる。
血にまみれてわかりにくいが、腫れと凍傷で赤くなっていたので、これを飲んで速く治してほしい。
「えー、やだぁ。これぐらいすぐ治る!」
「クゥ、お願いだから飲んで。たぶん味もマシになってるよ」
「ウー……、わかったぁ」
嫌がるクゥリルにポーションを差し出すと、近くによって匂いを確認してから一気に飲み干した。
さすがは最高級、飲んだ矢先からケガが治っていく。
「むぅ、やっぱり不味い……」
「さっきはホントありがとう、クゥは俺の命の恩人だよ」
「ふふん、わたしは強いからな! この程度どうってことない」
「クゥは強いなぁ、あんな強そうな相手だったのに一歩も引かずカッコよかったよ。前にも戦ったことあるのかな?」
「んーん、初めて見た。ギャアギャア鳴くばっかで手を抜いてるし、こんなムカつく相手は初めて」
あれ、普通に話しかけていた感じだったけど、クゥリル的には鳴き声に聞こえてた?
いまさらで疑問にも思っていなかったが、こうやって日本語で話していても通じてるってことはダンジョンマスターの能力に言語の翻訳があったのか。