ファグ村、ダンジョン合戦
――ダンジョン同士の衝突を確認。これよりダンジョン合戦を開始します。
懐かしい機械的な音声が頭の中に鳴り響く、すると――ズガガガーンっと大きな音を立てて壁が崩れ始め、向こう側が見えないほどまっすぐと伸びた通路が現れた。
ダンジョン合戦とはこのように始まるのか……、事前にこうなることがわかっていなければ焦っていただろうが、わかっていれば時間は十分あった。
その為、現状残ってるポイントを駆使して、打って出る準備はすでに終えている。
「クゥ、始まったようだけど、準備はいい?」
「任せて、どんな奴が出て来ようとわたしが旦那様を必ず守り抜く」
頼もしい限りでなによりだ。
ダンジョン合戦を終わらせるためには、相手のダンジョンコアを破壊しなければならない。
普通であればモンスターを作り出し、繋がった先の道を進み、相手のモンスターを蹴散らしてダンジョンコアを破壊すればいいのだが、俺にはモンスターを作り出してきた経験はない。だから、モンスターを用意したとしてもおそらく負けるだけだろう。
なら、やることは一つ。俺の持つ最大の戦力――クゥリルと共にこの道を進み、ダンジョンコアを破壊してくるしかない。
何故俺も一緒に行くのか? 俺が居たら足手まといになるだけだと思うだろうが、これには理由がある。
この長い道を通っている間に、モンスターや罠を作り出されたりするだろう。けれど、俺がダンジョンコアを持って進めば、それを阻止できるからだ。
相手が作った道だろうが、罠だろうが、こちらのダンジョンコアから5メートル以内であれば、所有権を上書きすることができるルールがあった。
流石に既に出てきたモンスターや発動済みの罠には効果は持たないが、自分の領域となれば、突然目の前にモンスターが現れたり、不意の罠も全て回避することができる。
「よし、行こう! ……って早速モンスターだ」
通路を塞ぐように現れたモンスターがこちらを睨みつけてくる。
岩石のような表皮をした、丸まったダンゴムシに眼球を取り付けたのようなモンスター。……某RPGで見たことあるぞ。
「一発で仕留める」
槍の一突きがモンスターの身体を貫通し、表皮が抉れる。そして穴の開いた部分か光が漏れ始め、次第に光が強くなっていった。
「マズい! クゥ、そいつ爆発するぞ!」
言うのが終わるのと同時に、カッ!っと光が一気に強くなってけたたましい音とともに爆発――
――したと思ったのだが、一向に爆風がこちらに来る気配がない。
「あ、あれ?」
爆発した跡には、ふふんと自慢げに立っているクゥリルがいるだけだった。
「大丈夫だったの?」
「うん、わたしが全て突き返したから大丈夫」
突き返した……? え、爆発って突き返せれるものなの?
「さぁ、旦那様。わたしたちの愛の巣に勝手に入ってくる邪魔者なんて、さっさと倒して終わらせよう」
「あ、ちょっと待って! まだ危ないかもしれないから、俺が行くまで待って!」
今にもまっすぐに伸びたこの道を進もうとするクゥリルを、ダンジョンコアを抱えて追いかけた。
まっすぐ、まーっすぐに伸びた通路を進むこと、早二日……いや、もう三日には差し掛かった所か。
…………いや、ホント長すぎる! え、このダンジョンどこから伸ばしてるんだ!?
初めのうちは何度か触手のようなモンスターが待ち構えていたが、その全ての一突きのもと屠っていく。さらには壁のように立ちふさがるスライムいたが、物理が全く効かなそうな見た目なのに、それも一突き。
触手やスライムといったモンスターがメインなのか、それ系が多く出てきていた。
一応それとは別枠であの手この手と様々な種類なモンスターもどんどん湧いて出てきているが、今のところクゥリルを止めることができたモンスターはいない。
その為か途中からはモンスターが出る頻度が少なくなって、長い散歩のようだった。
それから夜の時間になれば、クゥリルにはアイテムバッグの中で寝てもらって、その間に俺はずっと歩き進む。途中でモンスターが出れば、クゥリルに起きてもらって倒してもらって進むを繰り返していた。
どれだけ歩き続けても、ポイントを消費すれば疲れ知らずだし、欲求制御してることで眠くもならない。思った以上にこのダンジョンマスターの身体は本当に勝手がよい。
ポイントも相手の出したモンスターをこちらの領域となった通路で変換すればいいだけだからな。
といった感じで二日以上経ってしまったわけだが、まだ向こう側へとたどり着かない。
村の方はどうなっているだろうか……。後輩君の作戦では初日は楽勝で勝てると豪語していた、そして本番は二日目以降だとも言っていた。
初日はダンジョン攻略を目的にやってきたモンスター、かつ、向こうには何も情報がない状況。けど、それらのモンスターが倒されていけば、こちらの正体がバレてしまう。
そうすると、ガチでダンジョンを潰しに来た勢は、援軍として対応するモンスターを新たに派遣してくる。だから、そのモンスター達を倒すことが本番となる。
今頃は激戦を繰り広げているのかな? 連絡手段がないのがもどかしい。
一応連絡する手段はあるが、それは“DMちゃんねる”を通すしかない。
書き込んで状況を知ろうにも、敵に漏れてしまっては有利な状況が覆ってしまうかもしれない。だから迂闊に書き込むこともできない。
結局のところこの長い長い道をずっと進んで行くしかない。
更に進むこと、数時間。
ずっと伸びていた通路の先にようやく変化が訪れる。
通路の奥には大部屋があり、そこの中に何か巨大なものが待ち構えていた。
「クゥ、ここから先は気を付けていこう。多分だけど、ボス部屋だと思う」
クゥリルは無言で頷いて、先行して大部屋の中へと入っていく。
それに続いて俺も入ると、そこには八つの首を持った龍が先に進む道を塞いでいた。
「こ、これは……。中々強そうだけど、どう?」
「問題ない。でも、危ないから、旦那様は後ろに下がっていつでも身を守れるようにしていて」
今まで防御用魔道具を使うほどでもないモンスターしか出てこなかったが、ようやく必要だと思えるレベルの相手が出てきたようだ。
俺は指示に従って、後ろに下がり、いつでも結界を張れるように準備する。
通路側の壁沿いで窺うが、クゥリルと巨大なモンスターがにらみ合っているだけで、まだどちらも動く様子はない。
『おい、いったい勇者たんはどこにいるんだ?』
モンスターを通して、おそらくこのダンジョン合戦を始めた相手……変態紳士と思われる声が聞こえてきた。
「ここにはアンリ……勇者はいないぞ」
一応答えてみるが返事がない。
正確に言えば『勇者たんがいない。勇者たんがいない。ここまで来れるとかおかしい、間違っている。勇者たんがいない。なんだソレは? ただの獣人がなぜそこまで強い? 勇者たんがいない。勇者たんがいない』とブツブツ言葉を漏らしては、合間合間に『勇者たんがいない』と繰り返しているだけだ。
その様子にクゥリルも思わずモンスターから目を逸らして、こちらに何あれ?と言ったような目を向けてくる。
それには俺も同意だ。ストーカーって怖い……。
「おーい、聞こえているか? 勇者はお前の勘違いだ、ここにはいないぞ」
『せっかく勇者たんの為に用意したこのモンスターを使わなきゃならないのは癪だが、この際仕方ない。……この対勇者用モンスターで相手してやるよ。そして勇者たんを引きずり出してやる』
急にまともに戻ったかと思えば、こちらの話をまともに聞くつもりがないようだ。ダンジョンマスターには話を聞かないって決まりでもあるのか?
八つ首の龍がそれぞれの首をうねらせて、品定めするように見たかと思えば、
――Ga!Gy!Gu!Go!Ga!G!G!G!!!!!!!!!!!!!!
八つの鳴き声が重なり合い、大部屋の隅まで轟かせ、突如として八つの口々からブレスが吐き出された。




