ダンジョン、持ちつ持たれつ
あれから1週間ほど過ぎた。
クゥリルの秘密基地という名目を隠れ蓑とし、今日も無事にダンジョンマスターを生き延びている。
毎日のようにクゥリルが獲物を狩ってきて来てくれるのでどんどんポイントも溜まり、次々と前世で使ってた便利用品を出して行けたのが幸いだ。
ちなみに1週間ってのは、ポイントで出した時計から把握した日にちというだけで、この異世界が前世と同じ単位かどうかもわからない。とりあえず時間にして168時間以上は経過している。
そして今日も、獲物を担いだクゥリルがやってくる。血を垂れ流した獲物を担いでいたら汚れるだろうというのにお構いなしにして。
「また汚れちゃった!」
「いや、汚れちゃったじゃなくて汚してきてるよね。前まではその槍に括り付けてきた来てたのに、今じゃ汚れるためにわざと担いでるよね……」
「そ、そんなことないよ。いっぱい狩ってきたから担がなきゃ持ってこれなかったもん!」
「あー、はいはい。次からは気を付けてね」
一応忠告はするが、言って聞かないことはわかっているので、開き直って今日もお風呂の用意することからいつもの日々が始まる。
「今日もたくさん狩ってきたなぁ」
獲物がダンジョンポイントに変換されて、大量になったポイントを見て思わずつぶやく。
毎日、山のように狩ってきてて、生態系に問題が出ないのかと不安にもなるが、深く考えずにお菓子を出していく。これももういつもの日課だ。
お菓子を食べながら、ポイントを確認するとあることに気づく。
「あ、もうアレが出せるぐらいポイント溜まってたわ」
「ほんほぉ!? ――ゴクン。見たい見たい、早く出してみて」
「それじゃあ出すね、アイテムバッグを」
アイテムバッグ――またの名をアイテムボックス。
それは見た目とは裏腹に、中に大量のものを入れることができ、さらに入れたものの時間が止まったりする優れものだ。
今日みたいに大量に獲ってきた時もアイテムバッグに入れれば、汚れることもなく毎日のお風呂問題も解決することもできる。
ちなみに様々な種類があるようで、ダンジョンコアで検索する限り、袋や箱のような入れ物の形状から指輪やペンダントのような入れ物じゃない形状など様々なものがあった。
今回は布袋、かつ、容量も選べる中で一番少ないものにした。それでも5畳ほどの部屋ぐらいは入るみたいだ。
なお、中に入れたものの時間は特に変わらない。その効果があるものを見たら消費ポイントが桁違いに高かったのでポイント的に無理だった。
早速出してみたが、クゥリルの表情はよろしくない。尻尾も萎えている。
「これがアイテムバッグ? なんか思ってたのと違う……」
「まぁ見た目はただの袋だけど、中には大量に物をいれることができるんだぞ」
「でも、こんな小さきゃそもそも入れられないよ?」
確かにと思ってしまうが、そこのところは何でも入るようになっているはずだ。ちょっと確認しようと中を覗いてみた。
ほんの出来心だったが、それは間違いだった。
袋の口を広げて、被るように中を覗こうとした瞬間、目の前が真っ暗になる。
「うぇ!? おじさんが消えた!」
クゥリルの声は聞こえるものの、何がどうなっているのか分からない。
考えられるとしたら、どうやらアイテムバッグの中に入ってしまったようだ。
どうにか出口を探そうとしても、水中の中にいるような感覚で動こうと思っても足や手が空回って思うように動けない。
どうしようもないので、クゥリルに助けを求める。
「おーい! すまないが、ちょっと助けてくれ!」
「すごい、この中から声が聞こえる! ねぇねぇ私も入っていい?」
「いや、ダメだ! 外から引っ張ってくれぇぇぇ!!」
危うくアイテムバッグの中に閉じ込められてしまうところだったが、何とか引っ張ってもらうことで脱出することができた。
普通こういうものって生き物とかを入れるのは不可能だったりするんじゃないのか……、これはもう危険物の域に達してる。
クゥリルはそんな危険物をものともせず「今度はわたしが入るね!」などと楽しんでいるようだ。
本来の使い方とは全然違うけど、喜んでいるようだし結果オーライにしておこう。
「わぁ真っ暗だ! なにこれ、動けなーい、へんな感じぃ」
なんかこれ倫理的にアウトな気がする。
……。今日も今日とて平和な一日だ。
次の日には、早速アイテムバッグの使い勝手を試したかったのかお土産を持ってきてくれた。
より取り見取りの果実がアイテムバッグから取り出されてくる。
「色々と持ってきてくれみたいだけど、何それ?」
「狩りの時に時々食べてるヤツだよ。腹が減った時にしか食べないんだけど、今日は特別に採ってきたの」
嬉々として果物を取り出す姿が可愛らしい。
わざわざその場でしか食べてこない果物を持ってきてくれたってことは、それだけアイテムバッグを気に入ってもらえたようだ。
「さぁ、食べてみて」
「まずはどれにしようかな?」
並んでいる果物を見てみると、前世にあった果物と同じものは一つもない。
似ている物はあるものの色合いや形が違い、リンゴのような手のひらサイズのものもあれば、ブドウのように小粒が連なったもの、豆のように小さいものなど様々な種類が揃っている。
その中で無難にブドウのようなものを手に取ってみる。ブドウと違ってぐにゃっとした感じではなく硬いゴムのような強い弾力があって色も黄色い。
「ありがとう。それじゃあいただくよ」
見た目的に甘酸っぱい感じかなと想像しながら口に含むも、
――渋ッ!? え、思ってなのと味が違う……ってか渋すぎて涙が出てきた。
初めて食べた異世界のものがこれとは、何か強烈な味だ……。
「どう?」
「……ノーコメントで」
「じゃあ次はこれも食べてみて」
「お、おう……」
次から次へと木の実を渡されるが、そのどれもが酸っぱいだけだったり苦かったりと美味しいと思えるものがなかった。
「ああああ、どれも不味い! 何一つ、美味しいと思えるのがないよ!?」
「やっぱ不味いよねぇ、わたしもそう思う」
「え、不味いのわかってて採ってきたの?」
「うん! 今まではこれで満足してたけど、おじさんが出してくれるものがどれもおいしくて、もう食べられなくなっちゃったの」
「エー……、確かにいろんなもの食べてきたけど、それで食べれなくなるかな?」
「むぅ、絶対おじさんのせい!」
甘いものが苦手なクゥリルには、煎餅やお茶をはじめとした甘くないもの……しょっぱい系や酸っぱい系などのお菓子を与えてたなと思い浮かべる。
よくよく考えてみると今食べたのも味の種類的には似てるし、それらと比べると無理になるのもあたりまえか。
「……なんかごめん」
「ん、わかってもらえばいい」
しかし目の前には山のように積み重なった果実がまだまだ残っている。
「でも、流石に多すぎない?」
「えへへ。取りすぎちゃった」
「こんなにあっても食べきれないけど、どうするの……」
「え? 置いとけばポイントになるんじゃないの?」
なんか感覚的に違う気がする。今まで取り込んできたもののには、置いておくと何か感じられるものがあったが、目の間にある果物にはそれない。
「……たぶん無理」
「うそ……」
それを聞いた途端に、青ざめめていくクゥリル。
「まぁ、その辺に捨てておけばいいんじゃないの?」
「それはダメ!」
「え?」
「“村の掟”! 『――食べ物を無駄にしないこと』……どうしよう、掟破っちゃうよぉ」
また“村の掟”を持ち出してきて、今にも泣き出しそうに、いや、すでに涙を溜めた目でこちらを見つめてくる。
今まで悲しい表情を見せることがなかったので、急にそんな表情をされると、こちらも動揺してしまう。
「ま、まだ慌てることはない。全部食べ切れば問題ない」
「この量は無理だよぉ、ひぐっ、どう、しよう……」
確かに普通に食べようなら不味すぎて食えたもんじゃない。
しかし、こちらには前世の知識がある。果物と言えばジャムにすることだって酒にすることだってできるはずだ。
「まかせろクゥリルちゃん。俺がこのすべてを美味しくしてあげるから全部食べ切ることもできるよ」
「……本当?」
「ああ、もちろんだ。俺に任せてくれ」
まずは定番のジャム作りから取り掛かってみるか。作り方は知らないが、そこはダンジョンコア、お料理レシピも完備している。鍋やガスコンロといった器具をそろえ、ジャム作りの開始だ。
「えーっと、まずは皮をむいた果物を鍋に入れます」
赤い目をしながらもクゥリルはスパパパっと槍を器用に使って皮をむいてくれる。
そこは包丁を使ってほしかったが、問題ないし次だ次。
「次に砂糖を入れて、煮込みます」
――ダバダバダバァー
あ、そんなに入れちゃって……まぁいいか。もとの味が酷かったんだし、入れ過ぎで丁度いいかも。
「しばらく煮込み続けて、アクが出たら取りましょう」
じっと鍋を見つめて、時折かき混ぜてはアクを取る。何も言わずに黙って手伝ってくれている。“村の掟”を破ることはそれだけ重大なことらしい。
「さて、最後にレモン汁……の代わりに、この無駄に酸っぱい果物の果汁を入れて、ほどよい濃度になったら完成だ」
うん、見た目は一応ジャムになっている。後は味の方だが、十分に冷えるのをまってから、一口だけ口に含む。
「……えぐみがヤバイ、それに甘ったるすぎる」
アク取りしても残るえぐみとこれでもかと濃縮された砂糖の甘みがすごい。どうやら火にかけたらダメな果物のようだ。おまけに砂糖も入れ過ぎた。
「食べれない、の?」
「うっ……、いや食べれないことはないよ。あーでも、これクゥリルちゃんが苦手な甘いものだから食べないほうがいい。……ジャムは保存がきくし、後で俺が責任もって食べるよ」
苦笑いでごまかしながら、作ったジャムを瓶詰めしていった。
「さて、次は果実酒だ。まぁこれは出来上がるまで時間がかかるからパパっと作っちゃって放置するか」
やってることは先ほどと同じようにレシピ本を見ながら作るだけだ。瓶に果物と材料を一緒に詰めるだけの簡単な作業なので果実酒の方は割愛する。
傷があったり痛んだものはジャムにし、無傷のものは果実酒へと変えていく。結構時間がかかってしまったが、その分色々な種類のジャムに酒ができた。
酒のほうは完成するめでまだまだ時間がかかるが、少しずつ消費していこう。
作業が終わったころには、クゥリルもいつもの調子に戻ってくれたようで、嬉しそうにしているのを見て微笑ましくなった。