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ファグ村、勇者帰る

年初めの儀から半年が過ぎた。


この村に来てから一年以上も過ぎたと思うと感慨深い。

ただ最近は、夜になる度にクゥリルがアプローチを仕掛けて来るようになってるのが悩みだ。


初めのうちは可愛らしいものだったのだが、手を替え品を替え、次第にスキンシップが激しくなり、この前なんてどこから手に入れた知識なのか、裸Yシャツで迫ってくるわで、本気でヤバかった。

前世基準でクゥリルは女子高生ぐらいの年齢、三十路越えのオッサンが手を出すのは俺的に許されない、せめてあと数年経ってからにして欲しい。


幸いにもそこは便利なダンジョンマスター、三大欲求を制限する機能があったので思わず縋ってしまった。

それにより、眠らなくても、食べなくても、誘惑されても気にならない程度には冷静になれた。

ただアプローチに失敗するたび不服そうな顔をするので、そこは全力で撫でて満足してもらっている。


そして話題に事欠かさないと言えばアンリだ。

アンリもここでの生活に慣れてきて、散々アプローチしてきた男たちも軽くいなせるようになり、今では率先して狩りをして、時折思い出したかのように、勇者の使命とか言ってクゥリルに挑んでは負けを繰り返して負けている。


毎日を充実した日を過ごせてるようで、とても楽しそうにしている。

楽しそうにしているのは良いことだ、それに料理ができないから、毎日ここに食べに来るのも良い。……けど勇者として全然役目果たせてないけどいいのか?


「あー、アンリ。ゆっくりしてるところ悪いけど、ずっとここにいてもいいの?」

「え? 何か問題あるの?」

「いや、問題ないけど……この半年間ずっと狩りとクゥと遊んでるだけで特何かするそぶりもないからさ。勇者って結構自由なもんなんだなーって思って」


流石に死んだ者扱いされているとは、言わないが、帰らなくていいのかと暗に仄めかす。

すると少し考えるそぶりを見せたかと思えば、何かを思い出したかのように目を泳がし始めた。


「アンリ?」

「完全に忘れてた! 定期報告しなきゃいけないのに……、あーどうしよう…………」

「どうしようって言われても、帰るしかないんじゃないの?」

「そう、だよね……。よし、今すぐ帰ろう!」


その行動力の高さは勇者と言ったとこか、しかし今は夕暮れ、この時間から外に出るのは勇者と言え無謀だ。


「アンリ、帰るの?」


これにクゥリルも咎めるように声を掛けた。


「クゥ……。心配しなくても大丈夫、また来るからさ」


違う、そうじゃない。と言うよりまた来る気満々なのか。


「むぅ、別に心配してない。ただどうやって帰るのか気になっただけ」


そっちでもない。方向音痴でもなければ来た道を戻ればいいだけじゃないか。


「……今日はもう遅いから、明日にすればいいんじゃないかな」


このままだと、今にでも帰ってしまいそうな雰囲気だったので、明日にするように勧めた。

それから別れの前に色々話したいこともあるだろうからと、アンリを泊めることになり、別れを惜しむクゥリルに何度もアンリがちょっかいをかけていて、この日はいつもとは立場が逆で微笑ましい夜が過ぎていった。




そして翌日。


村を出る前にお別れぐらいしっかりした方がよいのではないかと提案はしたが、そう言ったものは苦手なようで朝早い時間からひっそりと出るこことなった。

俺とクゥリルだけは途中まで見送る為、この果ての大地から外へとつながる川の近くまで来ている。


「アンリ、それでどうやって帰るの?」


この川にはクゥリルすらも恐れる脅威が存在する。川に近づいた生き物を容赦なく引きずり込み、捕食する化け物こと川の捕食者。昨日からクゥリルが心配していたのはこいつのことだ。


赤く光った虫たちが周りを飛んでいる所を見るに、この近くに潜んでいるだろう。

流れはそこまで早くないものの、対岸は軽く見積もっても1キロメートル以上あり、無事に渡り切れると思えない。


「え? 普通に泳いで渡るつもりだけど」

「それはダメ、村長としてそれは認められない」

「どうしたの急に? そんなにボクと別れたくないっていうの?」

「…………むぅ、死にたいなら別に止めないけど、後悔しない?」

「……よくわからないけど、じゃあ走って渡り切って見せるよ」


クゥリルは何も言わないものの真剣な様子でアンリを見つめている。その無言の圧力でアンリは一瞬たじろぐが、ここから先を進む決意は変わらない。

何かあるのを感じ取ったようで、流石に泳ぐことは止め、それならと助走をつけるように地面に手を付け、一気に駆け出した。


初めの一歩で跳躍し、二歩目で水面を蹴り上げ、水しぶきと共に対岸へと飛ぶ。

三歩、四歩と順調に水上を走り進んでおり、このままいけば対岸まで渡り切れるだろう。


そう思っていたら、中腹に差し掛かった時、


――ドボンッ!


と、突然大きな水柱を上げた瞬間、アンリの姿はどこにも見えなくなり、激しく揺れる水面だけが残されていた。


「むぅ、アンリの馬鹿。足取られてるじゃん……」


俺の眼ではわからなかったが、川の捕食者に捕まってしまったようだ。

まぁ、なんとなくこうなるとは思っていたが、こうやってみると勇者であろうと何であろうと為す術なくやられるのか。


しばらく荒れる水面を眺めていると、光の粒子がこちらの川岸にまで集まり、アンリが姿を現す。


「な、何あれ、何が起きたの!? 意味わからないんだけど!?」

「だから言ったよね、ダメだって」

「いや、言ってたけど、あんなの聞いてないよ! これじゃあ帰れないじゃない!」


結構いいところまで行ってたと思うが、あの速さで水上を走ってもダメなら帰るのは無理だな。普通なら来た時と同じように、冬の間凍っている川を渡るしか方法はないと思う。


まぁそこはダンジョンマスターの力があれば話は別だ。普通ではありえない手段で渡れば問題ない。


「こういう時にこそ、頼りになる人がいるだろ?」

「え、どこにいるの?」


周りを見渡されても、他には誰もいない。確かにいつも村でのんびりして、頼りなさそうに見えるけど、こういう時にこそダンジョンマスターの能力を頼ってほしい。


「……まぁいいや、アンリにはこれを選別に差し上げよう」


そう言ってアイテムバッグから取り出したのは、今ここで出すには場違いなカラフルな絨毯。

一見普通の絨毯にしか見えないが、これは魔力を流すことで宙に浮かぶことができる魔法の絨毯である。

ポイントはそれなりの値が張ったが、これまでアンリが稼いだ分を考えれば十分おつりがくる。


「なにこれ?」

「これは魔法の絨毯と言う、空を飛ぶ魔道具だ。魔力を流せば飛ぶみたいなのだが、あいにく俺は魔力をどう使えばいいのかわからない。魔法の使えるアンリなら多分大丈夫だろ」


その場に絨毯を広げてアンリに勧めるが、胡散臭いものを見るような目で見ている。一応絨毯の上に乗りはするものの信用されてないみたいだ。


「えー……ボクが魔法苦手なのって知ってるよね。……まぁ試しにやってみるけど、本当に浮くの?」


アンリは絨毯に手を付け、魔力を流し始める。

周囲には光の粒子が集まってきて、アンリの手を伝わって絨毯へとその光が流れ込んでいった。


「ええっと、これでいいのかな……っ!?」


アンリを乗せた絨毯は不安定ながら見事にその場に浮き出した。


「アンリが浮いた! 旦那様、わたしも欲しい!」

「あー、これって魔法使えないとダメなんだ。だからクゥはもちろん俺も使えないやつなんだよね」


それを見てキラキラとこちらに期待の目を向けているが、残念ながらその期待には応えられない。外付けで電池(魔力)を付けるようなタイプの無いので、これは本当に魔法が使える人専用の魔道具だ。


「むぅー……、じゃあ仕方ない……」


この異世界では空を飛ぶものが極端に少ない。検索して見つかったどれもが魔力が必須で、普通に使うことができないものしかなかった。

この絨毯だって最大でも1メートルほどしか飛ばないので、飛ぶというより浮いているだけでしかない。


せめて別の方法で空を飛ぶことができればいいのだが、それも無理だった。

過去に小さい気球を出して試してみたこともあるが、どれだけ空気を温めても浮かぶこともなかった。専門的な知識はないからわからないが、おそらくこの世界の空気と前世の空気とでは全く違うものの可能性がある。


唯一出来るとしたら空を飛べるモンスターを出して、その背中に乗ることぐらいだと思う。そのモンスターすら出すことを禁止されているので、今のところ他の手段はない。


「とりあえず、それで川を渡れると思うけど、どうかな?」

「ちょっと操作難しいけど、なんとか行けそう……。ありがとう、これなら無事帰れそうだよ」


初めこそ出会いはアレだったが、今思えば素直な子だったな。

条件付きとはいえ、クゥリルとも対等に渡り合えるということもあり、クゥリルの良き友人にもなってくれた。おかげで俺が付き合いきれない部分を補ってくれて助かっていた。

そう思うと、明日からは少しばかり寂しくなるな。


「それはよかった、今度来る時は勇者とか関係なく遊びに来てよ」

「え、それは無理」

「…………」

「……?」


これで狙われなければ最高なんだけどな。

まぁいいや、どうせ次来たとしてもクゥリルに遊ばれるだけ遊ばれて終わるだろう。


「アンリ、わたしも乗せて!」


早速、乗りたそうに絨毯をじっと見ていたクゥリルが強請ってきた。

その後、アンリは練習も兼ね、クゥリルを乗せて空飛ぶ魔法の絨毯を乗り回すことになった。

結局その日は昼過ぎになって、ようやく帰っていくのだった。

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