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ファグ村、前夜祭

あれから数日、早くも前夜祭の日がやってきた。


前夜祭までの日々はこれと行った変わりはなく、……いや、毎日クゥリルに付き合って狩りやら遊びやらに振り回され続けていたアンリからしてみれば目が回るほど忙しかったと思う。


今いるのはダンジョン近くの広場。前にクゥリルとアンリが外で戦ったところだ。

初めはダンジョン内で行われることを想定していたが、勇者であるアンリが参加するということで、ダンジョン関連のものが無い、この場所で行われることになった。


既に村人たちが一同に集まっていて、大人も子供もこの前夜祭を楽しみにしているのが見て分かる。

色々と話しが飛び交っている中でも、勇者アンリと後輩君の戦いの行方を楽しみにしている内容が多かったと思う。


この中で村長であるクゥリルを除いた参加資格を持っている狩人は33名。

そこに後輩君とアンリが加わることとなる。フィリアさんは共同制作したモンスターを応援する為、参加はしないようなので合計34名から前夜祭という名の武闘大会が行われる。


去年まではそれぞれが名乗りを上げて、自由にやって最後まで勝ち残ったのが勝者としていた、半ば無法地帯だったようなので、今年からきちんと戦う場所を決めて、くじ引きの元トーナメント形式で行われることになった。


ちなみにアンリと後輩君の対決は、準決勝でぶつかることとなった。


「なんか賑やかだね」

「うん、今年はいつにも増して盛り上がってる」

「それってやっぱりあの二人が出るからなのかな。ちなみにクゥはどっちが勝つと思う?」

「ん~……、多分アンリかな。勇者の力ありきだけど、最近は慣れてきてるし、動きが単調じゃなくなってきたよ」


俺とクゥリルは二人掛けでも余裕のある大きい長椅子で、のんびりと試合が始まるその時を待つ。

なお、この椅子はわざわざこの日の為に村長用の特等席だと作られたもの。それはありがたいのだが、周りは地べたに座り込んで観ているのですごい目立っている。


周囲の目に当てられながらも少し待てば、早速第一試合が始まった。

一試合目はアンリと、あれは確か……クゥリルに思いを寄せていた若手の狩人だったかな。


開始早々動きを見せる若手の狩人。アンリは落ち着いて動きを見て、丁寧に対処していく。クゥリルのシゴキがあったからか力に任せるような感じはなく、流れを活かす様な対応をしている。

最後は中々攻めきれない状況に焦りを見せた若手の狩人が勝負に出ようとしたところを、一瞬の隙をついたアンリが勝利した。


一回戦を勝ったアンリは、その後の二回戦目を無難に勝ち進み、三回戦目で実践豊富な狩人と当たり、中々苦戦していたようだが何とか辛勝。無事に準決勝まで進んだ。


対して後輩君の様子はと言うと、自称最強モンスター(二回目)――黒狼ガーディと共に現れた。


2メートルほどの真っ黒な巨体を持ったオオカミ型のモンスター。前見た時よりもフォルムが洗練されて、さらに遠目からでも、その毛並みがよいものになっていることがわかる。


あのモフモフさ加減、中々やるな……と思っていると、隣からクゥリルの圧を感じるので、意識を試合にの方に移す。


一試合目は老練な狩人が相手となった。クゥリルからするとこの村でも上位の強さを誇る人みたいだ。


強者相手でもガーディは見事な立ち回りをし、安定した試合を続けている。

慎重でありながら激しい攻めを見せる老練な狩人相手に後れを取らず、動きに合わせては回避。時折ガーディからも攻めを見せ、フェイントだけの戦いではなく臨機応変に戦い方を変えていて、人と獣の試合だというのに高度な戦いのように見えた。


そして、本日の試合の中でも一番長い戦いになり、その結果体力が切れた始めた老練な狩人が足を掬われる形でガーディの勝利が決まった。


勝負が決まった瞬間、一斉に歓声が沸き起こる。それに応えるようにガーディは雄叫びを上げて、自身の強さを主張していた。


多分今日の試合の中でも一番の名勝負だと思う。けど、その裏で後輩君がフィリアさんの手を取って喜んでいたのは見逃してないからな……。くっ、青春してやがる。


その後の二回戦目も三回戦目も熟練の狩人相手だったが難なく勝ち抜いた。それにより、アンリと後輩君の準決勝でぶつかることが決まったのだった。


「勇者よ、よくここまでたどり着いたな。まずは褒めてやろう!」

「よくわからないけど、どうも……。でも、勝たせてもらうよ」


後輩君は魔王ロールプレイで強がっている。精一杯気を張ろうとしているが、チラチラとフィリアさんの方を見ていて妙に情けない。


「ゆ、勇者には今日の為に相応しい相手を用意した。……さぁ黒狼ガーディよ、前に出るっす……んだ!」

「わぉん?」


唐突な主の変化に不思議そうに傾げている、男心を揺さぶるカッコイイ見た目でありながら、可愛さも備わっているとは末恐ろしい。まさに最高のモンスターかもしれない。


「それが例の最強のモンスターね……、どう見ても強そうにみえないけど。これでもボク、色んな邪悪なモノを倒してきたけど、その中でもとりわけ弱そうな番犬ね」

「ガーディを馬鹿にするなっす! 僕とフィリアさんが一生懸命作り出した最強最高のモンスターっすよ! ……もういいっす、目にもの見せてやるっすよ……ガーディ()()を見せてやれっす!」


その言葉を皮切りに、勇者アンリと黒狼ガーディの戦いの火蓋が切られた。


相手はダンジョンマスターから生み出されたモンスター、その為アンリは勇者の力により補正が掛かっている。

初めに動きを見せたのはアンリ。今まで以上の速さでガーディに飛び掛かっていった。


人と戦うより慣れているのか動きに躊躇がない、明確な殺意を持って切りかかっている。

黙って様子を見続ける、ガーディは紙一重で回避するのかと思いきや、


――ガキィィン……


と、アンリの一撃を弾いた。……だが、ここで疑問が一つ出てくる。

前夜祭で用意されたものは全部木製でできた武器だ。狩人はもっぱら木の槍でアンリもそれに漏れず木剣のはずなのだが、何故だか金属が響いた音だった。


何度も剣を振るうが、少し身じろぎするだけで身体を、四肢を、尻尾まで使って、剣撃全てを弾いていく。

ぶつかる直前には必ず身を震わせていた、まさかと思い後輩君を見ると得意気な顔をしている。


「ふふふ、どうやら気付いたっすね。アレは見ての通り普段は柔らかい毛皮っすけど、超振動させることで硬質化してどんな攻撃も弾くことができるっす! さらにこれは攻防一体の技なんすよ」


アンリの猛攻に反撃するガーディ、その場で一回転して尻尾を叩きつけた。

勇者には躱されてしまったもの、大きく抉れた地面を跡にを残していて、モフモフの尻尾から繰り出された一撃とは思えない威力を持っていた。


「いやいや、あれは人に繰り出しちゃいけないレベルでしょ。食らったら一発でお陀仏だよ」

「そんなことないっす。相手は勇者っすよ、これぐらいやらなきゃ勝てないっす」


まぁ問題があればクゥリルが止めるだろうし大丈夫か。

今のところはガーディが有利に見えるが、アンリに焦ったような様子はない。


「クゥだったらどう戦う?」

「そんなの簡単、動き出す前にやればいい。他にも足の裏とか目とか毛が無いとこ狙えば関係ないよね」


言うのは簡単だけど、この村で上位だった人が負けてる時点で、それができるのクゥリルだけだからね。

勇者の力でクゥリル並みの身体能力になっているアンリでもそんな狙った動きができるとは思えない。


「あと掴んで動き止めるとか、それならアンリでもできると思う。多分、そろそろやるんじゃないかな」


掴むぐらいならできるかもしれない、けどそれは回ってる扇風機のファンを素手で止めるようなもの。大分危ない気がするし、生半可な気持ちでは無理だと思う。


どうやって攻めていくのかと眺めていたら、クゥリルの予想通り掴みに行った。

剣を囮にして、高速で振動している毛皮など気にせず、痛みに耐えた表情をしながらも前足を捕らえる。


「ようやく捕まえた!」

「そんな馬鹿なっす! で、でもそんな状態じゃまともに剣を振るうこともできないっすよね、早く離した方が身の為っすよ!」

「確かに、そうだねッ……。でも、ボクには魔法があるのを忘れちゃダメだよ」

「こんな近距離で撃ったら勇者さんも無事じゃすまないっすよ!?」

「そんなの関係ない!」


覚悟の決まった声に呼応するように、アンリは赤く光り、魔力を纏っていく。


「や、ヤバいっす! ガーディ早く振りほどくっす!!」


だが、既にその判断は遅く、


――ドッ、ゴォォオオオオン!!


アンリが爆散した。


「……は?」


爆風で吹き飛ばされそうになるが、クゥリルがしっかりつかんでくれる、さらに石や土も一緒になって飛んできているが、その全てはたき落してくれているので無事に済む。

だが周りは、この場合、後輩君だけが吹き飛ばされている。ここの人たちは少し砂埃で煙たく感じるだけで、爆風も飛来物も別に問題ないようだ。


ようやく爆風が収まった頃、そこには焦げたクレーターがあるだけで、アンリの姿もガーディの姿も何一つ残っていなかった。


突然の出来事に皆が唖然としている。

まさか、自爆するなんて誰も想像できるわけない。


「旦那様、あれ見て」


何かを見つけたのか視線の先を見ると、そこには光の粒子と言えるようなものが集まっていた。

それは次第に人の形をしていくと、


「ボクの勝ちだ!」


勝ち名乗りを上げたアンリが姿を現した。

爆散したというのに服装に一切の乱れもなく、むしろ戦い始めるより小綺麗になっている。それに、手にしている木剣も傷だらけになっていたはずが新品同然になっていて、アンリの周りだけが時間が戻っているようだった。


「勝者アンリ」


この奇天烈な状況で周囲がどよめく中、クゥリルだけが冷静に勝者宣言を上げた。


「ちょ、ちょっとちょっと! そんなのアリっすか!? 今自爆したっすよね!?」

「問題ない、最後まで残ってたのはアンリ。過程はどうであれ、アンリの勝ちで決まり」


まぁ後輩君の言いたいことはわかる。それよりも何故アンリが無事だったのか知りたい。


「ボクには女神の加護があるからね、このぐらい何てことないさ。キミのモンスターも中々なもんだったけど、僕の敵じゃなかったね!」


あー……アレか。なんか掲示板(DMちゃんねる)でも復活するとかあったっけ。うん、これはマジもんのチートだな。


後輩君は何度も「せめて引き分けっすよね!?」と抗議していたが、無視され最後にはフィリアさんに慰められる形で退場していった。

こうして、アンリと後輩君との勝負はアンリの勝利で決着した。どことなく満足した様子を見せているし、今後は仲良くしていくことだろう……多分。


その後、決勝戦では村長でなくなったお義父さんが立ちふさがり、アンリは善戦するも優勝したのはお義父さんだった。


元村長が参加するのはいいのだろうか? という疑問はあるが、クゥリルとの特別試合では圧倒的な力量差でクゥリルが勝ち、あっさりと前夜祭は幕を閉じた。

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