ファグ村、宣戦布告
「うふふふ、そんな警戒なさらずとも安心してください。ただ私は村長を見習ってみることにしただけなんです」
「え?」
「村長って英雄の旦那さんの事をとても大事にしておりますよね」
思いがけない返答に、虚を突かれてしまう。
「私にはそれが理解できませんでした。なぜ、この人がここまで村長を変えることができたのか、それはもう不思議で……」
「……多分、ダンジョンマスターの能力があるからじゃないかな?」
「そうですね、確かにそのおかげで村での暮らしがより良いもとなりました。でも、村長はそんなもので釣られる様な人じゃないですよ。それこそ初対面でありながらすぐ打ち解けたって話を聞いた時何てとても信じられませんでした」
いや、初めから案外チョロかったんだよなぁ、事実、餌付けぐらいしかしてないし。
まぁ他人からしてみたら何故好かれたのか疑問に思うのもしょうがないのかな。
「御存知だと思いますけど、この村では何よりも強さが求められています。単純に強者に惹かれるのはわかります、ですが英雄の旦那さんって弱いじゃないですか」
「ハイ、ソウデスネ」
「あ、別にそれが悪いってことじゃないですよ。それに山の主を倒すのに貢献したって実績もありますし。……ですが、その割には全然すごくないというか、見れば見るほど、わからなくなりました」
確かに第三者視点からすると俺は何もしないヒモ男だ。初めこそ頑張ってみようとしたが、今ではもう他人に任せ切っている。
「今までの村長って常に気を張っていて、近寄りがたい雰囲気だったんですよ。それが、今では気を張ってるように見せかけて、いつも楽しそうにしていて…………あぁ本当に嬉しいんだなぁって思いました」
クゥリルが気を張り続ける……? 真面目な時を除けば、そんな一面なんてほとんど見せないから想像し難い。俺がいないところではそうだったんだろうか。
それよりフィリアさんは一体何が言いたいのだろうか、いまいち要領が掴めない。
「それで気づいたんです……、別に強いだけじゃなくてもいいじゃないかって。誰かにゆだねるんじゃなくて、何が好きなのか自分がどうしたいのか、そう考えたら、今自分がやって一番楽しいことをやろうって思えるようになったんです」
嬉々として話している彼女の様子からは、清々しいほどの気持ちが見て取れる。
つまり村全体に当たり前としてあった空気――強者こそ、狩りこそが全てとされる風習がクゥリルによって壊されたということか。
それから、狩りは好きだが生き物を観察するほうが好きだとか、知らないことをどんどん知っていくのが楽しいとか、早口ながら語ってくれた。
「…………何より、今こうやってコー君と一緒にいるのがとっても楽しいんです!」
クッ、認めざるをえない……、後輩君は後輩君で青春を謳歌していたなんて……!
「そうだったのか。その、疑って悪かった。……そこまで後輩君のことを思っていたなんて驚いたよ」
「え? 何か勘違いしてると思いますが、私は別にコー君のこと何とも思ってませんよ?」
……あ、あれ? 違うの? ものすごい思わせっぷりだったのに……。
「あ、でも、ここにいれば好きなことを沢山できるので、それはそれでいいかもしれませんねぇ」
笑って誤魔化してるのか、本気で言ってるのか全く分からない。
……それより後輩君はいつまで落ち込んでいるんだ、そろそろ復帰してもいい頃合いじゃないか。
後輩君の様子をチラっと見たら、耳が真っ赤に染まっている。
どうやらこの雰囲気に耐え切れず、ふりをしている様だった。
「見つけた!」
「ちょっと、クゥ! 今度はどこ行くの」
この空気を壊したのは唐突にやってきたクゥリルとアンリ。
ナイスタイミングと言うしかない。
「あらぁ村長までいらしたんですね」
「む、フィリア。ここで何やってる」
「うふふ、心配しなくても何もしてないわ。……ほらコー君、村長来たんだからしっかりして」
「あ、クゥリルさん、さっきぶりっす。……あと勇者さんも」
仕方なくという感じが見て取れる挨拶に一応勇者も反応するが、どちらもバツの悪そうな顔をしている。
今度はこっちのほうで空気が悪くなるのか、仲良くできそうな気はするんだけどな。
「まぁまぁ、二人とも、そんないがみ合うんじゃなくて仲良くしなよ」
「勇者として邪悪なモノと馴れ合うつもりはない!」
「それはこっちのセリフっす! なんか近くにいるだけで怖気が走るっす!」
あー、その感じはわかる。アンリが近くにいると何かザワザワとした感じがする。
おそらく、ダンジョンマスターとして危機察知だと思うのだが、それ以上にクゥリルのことを信頼しているから別に気にするほどでもない。
「ねぇ、そんなことより旦那様はここで何してたの?」
「そんなことって……クゥはいつも通りだなぁ。今度前夜祭ってのがあるって聞いたからさ、そのことを話していたんだよ」
「むぅ、前夜祭のことならわたしに聞くのが良い、何でも教えてあげる」
「あはは、ありがとう。後輩君出るみたいだけど、クゥなら簡単に勝つんだろうなぁ」
クゥリルが好きそうなイベントだし、楽しみにしてるのだろうなと思っていたが、面白そうにしてないし、何やら首を傾げている。
「? わたしはでないよ」
「そうなの?」
「そう、その代わり村長は最後まで勝ち残った人と戦ってあげるの」
なるほど、一番強いのが村長であって勝つのは当たり前。だから特別試合として別枠を設けるということか。
「まぁクゥだったら村中の人総がかりでも勝ってみせるか。……それにしても、あっちはいつまでやってるんだ」
クゥリルの手前、手を出すわけにもいかないアンリはただ威嚇するだけだし、後輩君はフィリアさんの後ろに隠れる形で怯えていて、一向に進展しそうにない。
「あ、そうだ。それならアンリも出ればいいんじゃない?」
「え……大丈夫かなソレ。逆に悪化とかしない?」
「大丈夫、アンリはそこまで嫌がってないし、ただキッカケがないだけ。だから一度やり合えば納得するはず。なによりそっちの方が面白そう」
そういうものなのか、まぁ無条件で仲良くしていくよりかはクゥリルとアンリが初めて会った時と同じように、一度思いっきりぶつかった方が良いのだろう。
それからクゥリルがアンリに言い聞かせるように前夜祭のことを説明すると、アンリも強制的に参加することが決まった。
それを聞いた後輩君は「負けないっす! 最強のモンスターで勇者を倒すっす!」と戦線服すると、アンリも「ふん、勇者であるボクに挑んだこと後悔させてやる」と売り言葉に買い言葉を言い合う。
フィリアさんはフィリアさんで勇者の強さにも興味があるようで「楽しみだわぁ」と漏らしていた。
「それで、何故アンリはここにいるの?」
家に帰ってくればようやく一息つけると思ったが、付いてくるようにアンリがいた。
「何、悪い? と、友達の家に泊まり行くぐらい良いでしょ」
「旦那様、ダメ? 数日だけだからさ」
この反応から見るに、クゥリルが初めての友達なのだろうか。ウキウキ気分でお願いしているクゥリルとは違い、気恥ずかしそうにしている。
「いや、別にいいけどさ、……邪悪なモノと馴れ合うつもりはなかったんじゃないの?」
「こ、これはクゥと仲良くしてるだけであって、別に馴れ合ってるわけじゃない……! 百歩譲って、友達の、旦那さんと、だから仕方なくなんだからね!」
「あー、はいはい、わかったわかった。好きなだけ泊ってくといい」
「ありがとう、旦那様!」
「ちょっと、もっと人目を気にしてよ! ボクがいるんだよ!?」
いつものように、抱き着いてくるので撫でてあげてるだけなのだが、勇者にとっては刺激が強いのか、顔を赤くする。
そんなんじゃこれから先もっと思いやられることになるぞ。なんたってクゥリルのスキンシップはこんなもんじゃないからな。
「なら、アンリも!」
「え、ちょ、クゥ!?」
そういうと、今度はアンリの方に抱き着きに行った。
問答無用で襲い掛かるクゥリルになすがままとなっている。……なるほど、こういうのも悪くないな。




