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ダンジョン、世界の違いに戸惑う

ダンジョンマスターになって早くも3日目。

開口一番、元気な声でこのダンジョン……もとい、秘密基地の主たる少女、クゥリルがやってきた。


「いっぱい獲ってきたよー」


やはり見た目にそぐわぬ槍を背負い、さらに仕留めてきたばかりと思われる無数の死体も槍に吊るされる。重そうな見た目なのだが関係なしとばかりに涼し気な表情でこちらに向かってくる。


獲ってきた獲物はどれも前世で見たこともなく、何れも冒険漫画などに出てきそうな狂暴そうな見た目をした生き物だ。


「クゥリルちゃんいらっしゃーい、って臭っ! 獣臭さもそうだけど、血の匂いと合わさって酷いことになってるよ」

「えへへ~、張り切っちゃった」


照れくさそうに笑うも、どんどん周りに血が滴ってくる。

血だらけになっても何も気にした様子もなく、取った獲物を見せびらかしたいようだ。ある種の狂気を感じる。


「そうかー、張り切っちゃったかー。とりあえず体をきれいにしてこないとねー」

「ん、わかった。それじゃ水浴びに行こ~」


遠い目になりながらも、なんとか悪臭に耐えて答える。

わかってもらえた様で槍から獲物を下ろすと外へ出る道へと戻っていく……俺の腕を引っ張りながら。


「え? 俺も行くの?」

「当たり前じゃん、一人じゃダメに決まってるでしょ」

「待って、水浴びだよね? 俺男だよ、なんで当たり前のように連れてこうとするの?」

「?」


わけがわからないと言いたそうなな表情をしているが、それはこっちが言いたい。

さっきから全力で抵抗しようと踏ん張るも全然止まらない。どれだけ力強いの!? このままでは無理矢理外に連れ出されてしまう、この人外魔境で生きていける気がしない。なんなら外に出てしまったら、すぐ襲われて死んでしまうことも予想できる。


「止まって、ねぇお願いだから止まって。……いや、無言で引っ張らないでいいからまずは止まろうよ! え、ダメだめなの? 俺なんかした!? そんなに水浴びしたいの!?」


何度言っても止まってくれる気配はなく、なんとしてでも止まってもらわないと困る。


「わかった、もうわかったから! 水浴びもいいけど、それよりもいいのががあるんだ。だからまず止まって! ほらお風呂っていうんだけど最高にいい気分になれるんよ。だからそっちにしよう! ホントにホントにいいものだからさ! あああああ、お願いだから、止まってくれぇぇぇ!!」




水浴びに変わるもの――お風呂を誇張して提示することで、ようやく止まってくれた。


「ねぇねぇ、それでそのお風呂って何なの? 水浴びとどう違うの?」

「ハァハァ……あーうん、お風呂ってのは室内でお湯を使った水浴びのようなものだよ」

「部屋の中で入るの? そんな湖見たことない」

「湖じゃなくて、湯船……お湯で満たした箱に入るんだ。俺の住んでたとこじゃ基本的に一人で入るものだから、誰かと一緒に入ることは滅多にないんだよ」

「え、そうなの!?」


そこまで驚くことではないと思うが、クゥリルは後ずさるほど驚きを露わにしている。

昔の時代の外国は湯船に浸かるって文化が珍しいってどっかで聞いたことがあるし、多分それに驚いでいるのだろう。


「なんで一人で入るの!?」


そっちかー……、え、こっちの人って大衆浴場? みんなで入るのが普通なのかな。


「『安全に見える場所でも、一人で水場に行かないこと』――“村の掟”! どんなに強い狩人も一人で水浴びしてたらやられちゃうんだよ!」

「“村の掟”? えーっと何かなそれ」

「“村の掟”は破っちゃいけない決まりなの、破ったら恐ろしいことが待ってるの」


“村の掟”が何なのかわからないが、今までの無邪気な子供のような表情から一変して、真剣なまなざしでこちらを見つめてくる。

「安全なこの秘密基地の中でもダメなの?」と訊ねてみても首を振って拒否の姿勢を見せ、断固として引き下がらない様子だった。

よくはわからないが、クゥリルにとってはとても大事なことだってのはわかった。


「はぁ……、わかったよ。俺は外に出れないから。一緒に入れるような風呂を用意してみるよ」

「本当? 一人で水場に行かない?」

「ホントホント、わかったから部屋に戻ろう」

「わかった。ありがとう!」


――べちゃあ


わかってもらえたことが嬉しいのか、勢いよくクゥリルに抱き着かれてしまって、俺まで血まみれになる。


「……何かいうことは?」

「ごめんなさーい」


まったく悪気がない素振りで言い、走り逃げていく。

追いかけてみるが全然追いつかない。クゥリルからしたら軽く駆けてる程度なのだが、俺からしてみれば全速力でも引き離されてしまう。

何度か「おそ~い、はやくはやく~」と煽られるも、すぐに息を切らしてしまいあまりにも体力がないことを心配されてしまった。

そもそも引っ張られた時も全力を出していたと伝えると、何か可哀相なものを見るような目になっていた。どうやら脆弱な存在だと気づいてくれようだ。


部屋に戻ると取ってきた獲物が全てポイントに変換されていたようで血の跡も含め跡形もなくなくなっていた。もちろんかなりの量が手に入ったので、折角だからと浴槽ではなく温泉を用意してようと考える。


その結果、興奮のあまりはしゃぎ回るクゥリルに手を焼く事となり、石鹸やシャンプーを使ってもらうのに、またも疲労困憊となるのであった。

一応言っておくと、もちろん着衣状態での入浴だ。なんなら槍も一緒に持ってきているので、如何に水場に対して警戒してることがわかる。

文化も違えば、強度も違う。世界が異なるだけでこうも変わるものだと、しみじみと感じた日となった。




「はぁ……疲れた」

「お風呂っていいね! あれ、温泉だったっけ?」

「どっちでもいいよ。できれば今度からは大人しく入ってね……俺はもうおじさんだからついて行けないの」

「ん~……頑張る!」


一体何を頑張るんだろうか、返事だけは元気いっぱいで良いが絶対に守る気がないように感じられる。


「あー、もういいや。話は変わるが今日狩ってきた分だとまだまだポイントが余ってるけど、どうする? いま出してるお菓子じゃあ流石にとんでもない量になっちゃうよ」

「まだ出せるの? じゃあ何か遊び道具出して! どんないいのがでてくるかなぁ」


何やら期待させてしまったようで、ワクワクしている。


遊び道具と言ったらトランプや将棋といったものが思い浮かぶが、クゥリルならインドアよりもアウトドア系のほうが良いと思い直す。

しかし、特にいいものは思い浮かばなかった。そもそも俺の身体能力ではクゥリルに付き合うことができないので一人用のものを提供するしかないからだ。二人以上で遊ぶものはすぐに思い浮かぶが、一人でとなると途端に出てこない。


まさか無趣味がこんなところで弊害となってしまうとは……、釣りは一人で水場に行けないらしいから駄目だし、他にはフリスビー? いや流石に犬扱いはイケない気がする。


「どんなのって言われてもな……、クゥリルちゃんは普段はどんなことして遊んでいるの?」


悩んでいても仕方ないので、普段のことを参考にしようと聞いてみた。


「ん~、わたしは大人だから狩りをしてるよ」

「じゃあ大人になる前は?」

「それまではみんなで狩りごっこをしてた! でもみんな弱くて、すぐ大人と狩りをすることになって、それからやってない。わたしはみんなと違って早く大人になったの」


少し申し訳なくなる気分となった。おそらくクゥリルは村でも優れた人物なのだろう。

狩りごっこという遊びで狩りの練習をして、子供のうちから狩りに慣れ親しんでいくはずが、ずば抜けた能力のせいで、友達と言えるものができる前に実戦に投入され、一人寂しく狩りをすることになったのだろう、という妄想が一瞬で駆け巡る。


「今まで一人で大変だったね」

「?」

「そうだ、何だったら遊び道具じゃなくて狩りの道具とかどう? 良いものはすぐには出せないと思うけど、ポイントをためればいずれは出せると思うよ」

「おお、狩りの道具、それ欲しい」


たぶん前世の世界の狩猟道具など、この異世界では通用しなさそうな気がした。ここは異世界だ。郷に入っては郷に従えという言葉もあるのだから、異世界の道具を探すのが良いだろう。

よくよく考えてみたら、今まで出してきたものが前世のモノしかだしておらず、不自由もなかったので思い至らなかった。


異世界なのだから異世界特有の道具を出せるという当たり前の事実に気づき、楽しくなってきた。


「さて、どんなのがいいかなぁ」


異世界と言えば冒険者。冒険者と言えばモンスターと戦うための道具。

自分が倒されるべきダンジョンマスターであることとかは置いといて、とりあえずそのイメージで、どんなものがあるのかダンジョンコアを介してみていく。


どんどんと出てくる情報。あまりにも情報が多すぎて頭がパンクしそうになる。


ストップ、ストップ。えーっととりあえず槍、あと装飾品と小物限定で検索!

ダンジョンコアは誰かと違い、聞きわけがいいのですぐに情報の雪崩が収まり、次に欲しい情報だけが流れてきた。


つい思わず検索と念じたが、もう検索でいいな。

そのまま検索機能を使って、いくつかのアイテムをピックアップしていった。


「槍、槍、槍……。あ、これとかよさそうかも。――魔槍ロンギニール……絶対必中、狙ったものだけを攻撃ができる神さえも貫く槍だってさ」

「なんかカッコわるい……、これがあるから槍はいらない!」


使い慣れてる方がいいと、自前の槍を掲げて見せてくる。

どこぞの神話武器が混じったような名前だし、カッコ悪い名前ってのは同感だ。狙われさえしなければ安全だと思って選んだが、消費ポイントもよくよく見てみると桁違いに高く、数年レベルで貯めなければ出せそうにもない。


武器は諦めて、次はアクセサリー系を見てみる。

身体能力を上昇させるものとかあるが、これ以上上げてどうする……何か間違いがあったら怖いので、それらは除外して身を守る系を限定に探す。


「お、これなんてどうだろうか。――天上から舞い降りた(何かとてもすごい)舞姫の陽冠(ティアラ)……着けるだけで傷が癒え、さらには闇を払う? 精神安定の効果があるアクセサリーっぽいよ」

「むー、そんなものつけてたら狩りの邪魔になる……、真面目に考えてくれてる?」


至って真面目なのだが、どうやらお気に召さなかったようだ。急に暴れるようなことになっても大丈夫だと思ったのに……。

他になにかいいもの、異世界と言えば何が……あ、アレがあったな。


「そういえばオススメがあったよ。アイテムバッグっていうんだけど、これだったら数日ポイント貯めたら出せそうだよ」

「アイテムバッグ? なにそれ、すごいの?」

「そりゃあすごいよ、異世界と言えばお約束のアイテムだからね」

「ん~、じゃあそれにする。もっと狩ってくればいいんだよね」


意外とあっさりと決まった。


「そうだね、今日の感じだと数日もすればたまるかな。あーアイテムバッグかぁいよいよ異世界らしくて楽しくなってきた」

「ふんふん、よくわからないけど、そんなにいいものなのか!」


それからのんびりとお菓子を食べて過ごす。クゥリルが帰るときには目的できたことにやる気が出たのか、来る前より元気になっていた気もする。何か嫌な予感しかしない。


翌日、嫌な予感はすぐに的中することになる。

クゥリルはその身をまた返り血で、わざととしか思えないぐらい目一杯汚して「汚れちゃったからお風呂!」と言ってやってくるようになった。


……どうやらお風呂を気に入ったようだ。


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