ファグ村、一枚も二枚も上手
「な、なんで……!?」
「旦那様見てくれた? わたしの方が強いよ?」
あっけなく勝ったクゥリルがこっちに走り寄って来る。負けてしまった勇者はその事実を信じられていないのか戸惑っている。
「うん、そうだね。でもなんでそんなあっさり勝てたの? さっきは苦戦してたよね?」
「ん~、教えてあげてもいいけど、旦那様の口からわたしのことが好きだってことが聞きたいなぁ」
なんか唐突だな……。勇者に対して嫉妬を抱いてるのは理解できるが、そこまで気にすることかな? …………よくよく考えてみれば素直に思いを伝えてたことない気がする。
あー、あれか。村では番いを誰かに手を出されるって心配はないけど、外から来た人には関係ないからそれで不安になったのかも知れない。
うん、これを機にちゃんと告げよう。
そっとクゥリルの頭に手を置き、やさしく撫でる。
「クゥ……好きだよ。何よりも俺の事想ってくれたクゥのことが大好きだ。そのミミもシッポも凄い好みだ。だから安心して、俺がクゥ以外を好きになることは絶対にないから」
「旦那様……!」
「クゥ!!」
ああ、やっぱりこのケモミミ、シッポ最高だ。
撫で心地がホント素晴らしい、もう他のことはどうでもよくなってくる。
「おいゴラァ!! ナナシ野郎ォ、オレの目の前でよくそんなことができるナァオイ!?」
「あのー、そろそろよろしいでしょうか? あちらで勇者様もお待ちです」
「あわわ、人前でそんなことするなんて……ッ!」
何か周りが騒がしいがクゥリルの手前そんなものは関係ない。
強者こそ正義、この村ではクゥリルが絶対。だから俺はクゥが満足するまで撫で続けるだけ、何にも間違ったことはしていないな!
それから、クゥリルに何故簡単に勇者に勝てたのかを話してもらった。
初めに出会った時点、不意打ちだったにも関わらず反応されて防がれた時にはおおよその実力を見抜いていたらしい。なお、クゥリル的には寸止めするつもりの手加減した一撃だったから受け止められるのは当然と強がっていた。
しかし、実際にダンジョン内で勝負したら予想以上の実力に戸惑って後手に回って観察していた。それでクゥリルの失速に続くように勇者も失速した時に違和感を確信したが、手を抜いているようにも見えず不思議に思ったみたいだ。決して実力で負けていたわけではないと念を押していたので、そういうことにしておこう。
そして、一つの予想からあの勝負の最中気づかれないように俺の渡したアイテム――能力上昇以外にも虫よけや保温効果など、適当にクゥリルの為になればいいなと思って出したものをいくつか渡していたのだが、使う使わない関係なく今までのものをずっと持ちっぱなしなっていたもの――を衝突に合わせて少しずつ投げ飛ばすことにした。
何故そんなことをしたのかと言うと、どうやら勇者は俺と言うかダンジョンマスター絡みのものに反応して強くなるようで、予想が当たってアイテムを投げ飛ばすたびに弱くなってたみたいだ。
あの激しい戦いの中でそれだけのことを考えることができてたのか……。ん? それだけでなく、武器破壊も狙ってやったって? 全く同じ場所を弾き続け、負荷をかけて壊したと……。それはすごい、もっと撫でてあげよう。
「知らなかった……、確かにダンジョン挑んでる時はいつも以上に調子がいいと思っていたけど、そう言うわけだったのか……!」
勇者本人も知らなかったのかい。
「くっ、しかし負けは負け……煮るなり焼くなり好きにして!」
潔く負けを認めて地面に座り込むが、どこか認めてない部分もあるようでしぶしぶといった感じだ。
「あー、勇者アンリだっけ? じゃあさ、ここでのことは全部見逃してくれないかな?」
「それは、できない! この使命だけはどうあっても覆せないっ! …………けど、今日のところは見逃してあげる」
まぁ、そうなるよね。結局のところ流れで戦っただけで、別に約束してたわけじゃないからね。
「旦那様、大丈夫。何度来てもわたしが勝つから問題ない」
「そうはいかないぞ、次こそボクが勝つ!」
「旦那様がいる限りわたしに敵はない」
いや、俺関係ないよね、むしろ足手まといだよね?
「だったら勝つまで何度だって挑むだけ! 勇者の名に懸けてボクは諦めないからね」
「いいよ、何度だって相手してあげる」
お互いににらみ合うと、
「……ぷっ、あはははは!」
「ふふ、ふふふふふ」
笑い出した。
そして、座り込んでいる勇者に手を差し伸べて立たせるクゥリル。
「わたしのことはクゥって呼んでいいよ、ユーシャ」
「じゃあボクもアンリでいいよ。よろしくね、クゥ」
んーアレかな、同年代だからこそ生まれる友情ってやつなのかな
ちょっと俺が場違いな気もするが中々にいい雰囲気だ。
「あ、でも旦那様は渡さないから、そこだけは気を付けてねアンリ」
「なっ、なにそれボクはそんなこと考えてもいないから!」
何を想像したのか顔を赤くして否定するアンリ。それを揶揄う様にクゥリルが俺に抱き着いて見せつける。
「ふぅん、そうなんだぁ~。わたしはただ負けないってこと宣言しただけなんだよねぇ」
「~~ッ! もうっ、ボクが勝ったら覚悟してよ! クゥの大事な人だからって絶対に容赦なんかしないんだからね!!」
「ふふふ、今のアンリじゃ無理無理~、たとえダンジョンでも力に振り回されてるようじゃわたしに勝つのなんて百年早い~」
「あー、言ったな! じゃあもう一度勝負だ!」
……仲がいいってことでいいよね?
「あー、暴れた暴れた」
「スッキリした?」
「うん、スッキリしたよ、ありがとうクゥ」
あれから再びダンジョンに移って勝負してた。
もちろん軍配はクゥリルに上がったが、今度は勇者と戦ってみたいと村の猛者たちが挙って挑戦することになってずっと戦い暮れることになっていた。
ダンジョン内でブーストかかってる状態であれば、クゥリル以外には負けを見せない勇者。
今までの鬱憤を晴らすような戦いっぷりにこれまでダンジョンでいかにストレスが溜まっていたのかが窺える。
「ねぇ、聞きたいことあるんだけどいいかな?」
「ん? クゥの旦那さん、どうしたの?」
「キミは勇者らしいけどさ、目的とか女神とかのこと教えてもらえないかな? こっちは突然この世界に連れてこられて、この世界のこと何も知らないんだ」
腕を組んで悩み込む勇者。やはり言い辛いことなのだろうか。
「正直ボクもよく知らない」
「え」
「ある日突然勇者になったんだけど、その時に女神マキナ様から神託を受けたんだ。……この世界に蔓延る邪悪なるモノ……女神に仇なす敵を滅せよって」
そっちの神もだいぶいい加減だな。説明があっただけ、まだこっちの邪神のほうがマシなのか?
「それからボクは勇者として国に認められ、訓練に明け暮れた日を過ごし、今こうやって世界の敵である邪悪なるモノを倒して回ってるんだ」
「そっちもなかなかに大変だね。ちなみにどうやってその邪悪なモノを判断してるの?」
「こう、ボクの中に倒すべき相手がいるって感じが伝わって来て……なんて言えばいいんだろう、直感? ……ここにも何かある!って感じたから来たんだよ」
「なるほど」
「そういえば、まだ何かある気がするんだよね。何か隠してることない?」
おっと、これは後輩君のことがバレるのも時間の問題かな。まぁそれは追々説明すればいいか、普通に話が通じる分、何とかなるだろう。
「そんなことより女神って何なの? 神は一人だけとか言ってた気がするけど本当に一柱だけ? 他に神がいる可能性とかしないの?」
「え、そんなこと言われても……、ボクが知ってるのは女神マキナ様だけだよ」
「それについては、私が説明いたしましょう」
「「ジルベールさん」」
「あなたの言う通り、他のところでは別の神を祀っているところもあります」
困ってた勇者に助け舟を出すように、横からジルベールさんが教えてくれた。
「あ、やっぱりそうなんだ」
「ですが、それらは自然信仰であったり、悪魔信仰であったりと信仰としての神であって、この世界を作った“神”とは別物です」
「……どう違うの?」
「わかりやすく説明いたしますと、私たち商人には商売の神というものがあります。ただそれは実在するものではなく商人の間で信じられている非実在の神です。それとは違い、女神マキナ様はこの世界に存在しておりますし、実際に世界の危機には何度か現れているという文献も残っています」
「あーなるほど、本物の神と想像上の神ってことか」
「はい、ですので神と言えば女神様以外ありえません。もし、女神以外で神を名乗るものがあなたを連れてきたとしたら、それは“神”ではない全く違う存在となりますね」
うーむ、そうか……。せめて邪神じゃない可能性が少しでもあれば言い訳出ると思ったがダメか。
「どのような存在に連れてこられたのか分かりませんが、私的にはそのダンジョンマスターの力はとても気になります。……どうです? 私たちと一緒に商売でもしてみませんか?」
結局そこかい! この人は稼げれば何でもいいのかな?
「む、旦那様は渡さない」
「ハハハ、冗談ですよ。ですのでどうぞこれからも私たちと取引お願い致します」
クゥリルの嫉妬はもう無差別だね。警戒してガッチリ俺にしがみ付き、放そうとしない。
「あ、番いの祝いには指輪でもいかがでしょうか? 今、国では夫婦でペアの指輪を送り合うのが流行っておりますよ」
「そう、だったら取引してあげる。……で、どんなのがあるの?」
「ありがとうございます。では用意致しますので少々お待ちください」
だが、チョロい……! 見事に商人の策略に引っかかってる。




