ファグ村、冬の風情
しんしんと降り積もる雪に見渡す限りの雪景色に唖然とした。
軽く見積もって80センチ以上は積もっている。
ちなみに雪の降り始めからが冬の始まりということなので今日からが冬だ。
村の来てから初めての冬だが、まさか初雪からここまで積もるとは思っていなかった。
「聞いてたけどだいぶ降ったね、こりゃあ雪かきも大変だ」
「? これでも降ってない方だよ。年々降る量が減ってるかなぁ、でも今年がこれなら来年はもっと楽になりそう! 旦那様、さっさと終わらせちゃお」
クゥリルは獣の着ぐるみを纏い片手に持ったスコップをブンブン振り回してる。
なお、俺もおそろいの着ぐるみを着ているが、これが結構重いし暑い。よくこれを着たまま運動できるなと思ってしまう。
前世の豪雪地帯でもここまで降るのは珍しいっていうのに、それでも積もってない方とか、今までがどれほどヤバかったのか想像できない。
上を見上げると見事に屋根の上まで積もっているし、これ以上降ったら倒壊しそうで怖い。
「ねぇ、引き籠ってていい? さすがにこの量は俺にはきついと思うんだ」
「何言ってるの、雪かきは村のみんながやる行事だよ。これが終わらないと狩りにも行けないんだからね」
「しかし俺の知ってる雪かきとだいぶかけ離れているのだが……」
近所で同じような獣の毛皮を纏った人が、雪を掬ったと思えばそのまま天高く放り投げている。
雪を放り投げているのはその人だけでなく、いくつもの雪塊が一方向へと投げられていて、おそらく村の外まで飛ばして行っているのだろう。
「大丈夫、まとめておいてくれるだけでいい。あとはわたしが投げ飛ばすから」
「やっぱり投げ飛ばすのか、まぁ集めるだけなら……」
「ふふん、頼りにしてるよ! じゃあここの所の雪集めておいてね」
一体俺の何を頼りにしているんだ、むしろ足を引っ張る気しかしない。
とりあえずママさんダンプを取り出して雪かきを始めるが、80センチ級の雪じゃ一掬いが重い。何回かに分けないと一か所に寄せるのもつらい。
その間にもクゥリルは村長宅近くからの雪を掬っては村の外まで放り飛ばしていく。その姿はさながら人間除雪機だ。
それから少しして、分担された家の近くの一角をようやくまとめ終わった頃にクゥリルが抱き着いてきた。
「おわっ、驚いた……、もう終わったの?」
「終わった! これも旦那様のおかげ」
「えー……俺何もやってないじゃん、これだってクゥがやってた分の10分の1にも満たないよ」
「旦那様がそこにいる、それだけで十分!」
頭をぐりぐり押し付けてくるが、毛皮が邪魔だし暑いしで嬉しいはずなのにつらい。
「相変わらずラブラブっすね。見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうっす」
「む、その声は後輩! ダンジョンから出てくるとか珍しいな、いったい何の用だ」
「何の用って僕も雪かきに参加してたんっすよ」
「なんだ、知ってたのか」
「常連さんに聞いてたっすからね、そのお手伝いっす」
お手伝いって言っても特に道具を持ってるようにみえない。ただ後輩君が来てから急に辺りが暖かくなってきた。
「手ぶらで手伝いって言っても説得力がないぞ……ってか何か暑いな、クゥそろそろ離れてくれない?」
「むぅ、あとう少し……」
「ああ、暑いのかコレのせいっすね。僕はこれで雪かきしてるっすよ」
後輩君が後ろを指さすと、そこにはとことこと歩いている小さな緋色のトカゲがいた。
「サラマンダーのヒーター君っす! この子を連れて雪を溶かして回ってるんす」
「なるほど……って雪溶かしちゃ後が大変だろ、地面が凍ってつるつるになるだろ」
「問題ないっすよ、ヒーター君は賢いっすから水分もまとめて蒸発させるっす」
「そういう問題でいいのか? まぁ俺らみたいな非力な者には普通にやるんじゃ効率悪いかぁ……」
さっき作った雪山を見て遠い目になる。
なぜ俺は前世の記憶からわざわざママさんダンプを選んでしまったんだ、異世界アイテムでよかったじゃないか。なんならアイテムバッグに詰めればそれで終わったんじゃ……?
「あそこにいい感じの雪山があるっすね。ちょうどいいっす、ヒーター君早速やって見せるっす!」
「あ、ダメ!」
――ボゥ、ゴオォォォォ!
クゥリルが叫ぶがすでに時は遅い。俺をガッチリホールドしてるのが災いしてすぐに行動に移せなかったのもあるが、緋色のトカゲことヒーター君が一瞬のうちに火を纏って、口から噴き出した炎が見事に雪山だけを包んだ。
炎の渦となって雪山を燃やしても他に延焼することもなく、あとには水滴一つ残っていないむき出しの地面だけとなっていた。
「ああ、あああああ…………、旦那様がせっかく集めてくれたのに……」
「え、なんで落ち込むっすか? 僕なんかやっちゃいましたっすか?」
「……うん、やってることは問題ないがこれはお前が悪い。あと言い方がなんかムカつく」
「ええ!? なんすかそれ――ヒィ!?」
クゥリルから発せられる殺気によって後輩君がおびえてしゃがみ込むし、ヒーター君は纏ってた火が消えて仰向けで死んだふりまでしてる。
「ご、ごめんなさいっす! なんでもするから許してほしいっす!」
「……じゃあこれから毎日、村中の雪かきしてもらおうか」
「え、毎日村中をっすか!?」
そんな助けを求めるような目で見られても無理だよ後輩君。
俺は後輩君にも劣る無力なただのダンジョンマスターだ、甘んじて罰を受けるがよい。
「なんでもって言ったよね? それとも自分の言ったことに責任持てないの……?」
「ヒィィ! わかったっす、やるっす! やらせていただくっす! だからその殺気はやめて欲しいっす!!」
「ん、なら許す。明日から頼んだよコーハイ」
ニッコリと笑って、死んだふりをしているヒーター君を後輩君の頭に乗せた。
哀れ後輩君、クゥリルの策にはまってしまったようだな。
「旦那様、これで朝からゆっくり二人でいられるね!」
「……そうだねー」
「うぅ、あんまりっすー!!」
翌日には宣言通り後輩君の手で村中の雪かきが行われることとなった。
流石に一人じゃ可哀そうだと思って後輩君のところに訪れたら、ヒーター君が量産されていた。
「どうっすか、これなら勝手に全部やってくれるっすよ」とか言ってたのでもう放置することにした。
その後村のいたる所にヒーター君たちが配備されることとなり、毎日降り積もってもあっという間に雪が溶かされ処理されてるのが当たり前の光景となっていった。
小さいけれどあれも一応モンスター、それをすんなり受け入れる村人もどうかと思う。
「旦那様、あのぐらいの生き物なら時々村にも入ってくるよ」
「え、そうなの? ……まぁそれなら徘徊していても気にしないのか」
「そうそう、あんまり危ないものは駆除されちゃうけどみんなはもう知ってるし何ら問題はない」
「それにしても去年まではその雪を生活水にしてたのに水道が設置されたらすぐ使えるようになるし順応性高すぎない?」
「むしろ今までが不便過ぎたんだよ。旦那様が来てから村がいい方に変わってきた、それでいい」
「ふむ、便利になれば何でもいいてことか。……それじゃあそろそろこの着ぐるみ脱いでいい?」
「むぅ、おそろいなのに……」
「……でもこのままだと満足に撫でてあげれないよ?」
「うっ……それはイヤ! 今すぐ脱いでいいよ!」




