ダンジョン、作るのを諦める
ぺちぺち
――……
ぺちぺちぺちぺち
――…………
ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち
ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち
「さっきからなに!?」
「あ、起きた」
眠っていた俺の目の前には、昨日侵入してきた獣人の女の子がいた。
それも馬乗りの状態で、かまえと言わんばかりに何度も頬をぺちぺちとはたいている。
昨日のことのも突然だったが、今日も今日とで突然だなぁ。でもやっぱり可愛ら――ぺちぺち。
「……。もうわかったからどいてくれない?」
「ん~、わかった」
少し名残惜しそうによいしょっと降りてくれる。ようやく体を起こすことができたので、ベットの縁に座る形で対面する。
「えーっと、何しに来たのかな?」
「せんべい食いに来た!」
昨日のことを思い出しているのか、興奮した様子を尻尾で表し要求してくる。昨日の今日で来るのかと呆れつつ、ダンジョンコアを手元に寄せた。
一晩である程度ポイントは増えていること確認するが、これでは昨日ほどの量を出すことは無理だった。
昨日のこともちゃんと黙ってるかも気になるし、……う~ん、どうするか。
女の子はまだかまだかと、尻尾をゆらゆらと期待のまなざしてみてくる。
「……まず聞くけど、昨日のことは黙っててくれたのかな?」
「うん、誰にも言ってない! だからまた食いに来た!」
「あー、そういうことね。よかった……。煎餅だけどもう少し待ってくれいかな? 寝起きだし、食べるにしても朝ご飯が食べたいな。代わりになるけどそれで我慢してもらっていい?」
「いいよ~」
許可がもらえたので、パッと思い浮かんだ朝の献立をイメージしてダンジョンコアを操作する。
焼き魚に味噌汁、お漬物に卵焼き。ありきたりな定食を選ぶとダンジョンポイントが消費され、昨日から出しっぱなしとなっている食卓机の上を意識すれば、次々と食事が机の上へと並んでいく。
「なんか久々に朝ご飯らしい朝ご飯を見る気がする」
朝はというと、コンビニのおにぎりばっかだからか、出来立てほやほやの朝食にすこし感動してしまう。
「ねぇ、これ本当に食べていいの?」
「もちろん、どうせダンジョンから出したもんだし気にしなくていいよ」
一人分用意しても二人分用意しても一切手間はかからない。これだけの料理をすぐに用意できるダンジョンマスターマジ便利。
料理が並んでいる食卓前に座って箸を持つと女の子も真似をするようにそわそわと対面に座り、おぼつかない手元になりながらも見よう見まねで箸を持とうとしていた。
その様子を見つつ、手を合わせて「いただきます」と、食事をいただく。
イメージ通りの味だ。どういう原理かはわからないが、これなら食事には困らなさそうで安堵する。
チラっと女の子のほうを見てみると箸の扱い方に悪戦苦闘しているようで、思うとおりにおかずをつまめずにいる様子だった。
「箸はこうやって持って、こう使うんだ」
「えっと、……こう?」
「そうそう、そのまま指をうまく使ってつまんで取る」
「おお、できた!」
上手く箸を使えることに喜んでるようで、次々とおかずを取り、口に運んでいく。
そんなにいっぺんに食べるとのどを詰まらせると、注意しようと思ったがこの子の名前を聞いてないことに気づいた。
まぁ、俺の名前はなくなってしまったので、自己紹介はできないが。
「そんなに一気に食べるとのどを詰まらせるよ。……そういえば名前聞いてなかったね、俺はここのダンジョンマスター、名前はまだない。きみは?」
「むぐむぐ、わひゃひはふぅひふ!」
「とりあえず一旦飲み込もうか」
「――ゴクンっ。わたしはクゥリル。ファグ村のクゥリルだ!」
村ということはどこかに集落でもあるのか。子供がやってこれるなら近くに村ぐらいあるよな。
あー……これからの事考えるとバレずにやってくのは厳しそうだなぁ。
どうしようかなと悩んでいる間にもクゥリルは朝ご飯を平らげていく。このまま何度も通う様になれば、いずれはバレるだろう。何かいい方法がないかと考えてみるが、いい案は浮かんでこない。
仕方ないので考え悩むのは早々に止め食事を続けた。ついでにおかわりも要求された。
「ねぇクゥリルちゃん、これからもここの事ずっと秘密にしてもらえるかな?」
「なんで? 秘密秘密って、なんでそんなに秘密にしたいの?」
食事も終わってひと段落といったところで、ダンジョンのことを切り出してみる。しかし、秘密にし続けることに疑問を持ったのか首を傾げてみせる。
「あ~、それはアレだ。……そうだ、ここを秘密基地にしよう」
「秘密基地?」
「そう秘密基地! ここはクゥリルちゃんだけが知っている秘密の場所だ。秘密の場所でいろんな遊びをする、隠れて何かをすることはきっと楽しい。いや、絶対楽しい! なんといっても秘密基地はロマンだから。あ、もちろん秘密の場所だから誰にも言ってはダメだし、気づかれることもダメだよ!」
一気にまくし立てて言うと。クゥリルはきょとんとした表情で考え始める。
どうするか決めかねているようで、難しい顔になって俺に聞いてくる。
「それって狩りより楽しい?」
「狩り? え、狩りってキミみたいな小さい子でもするものなの?」
そういや初めて会った時は槍も持ってたし、それで狩りをしてた……?
この異世界って槍で狩りするような遅れた文明なの? しかも狩りを楽しむとかどこぞの戦闘民族だよ! もしかして結構ヤバイ世界!? やだ、外の世界コワイ……。
「ふふふ、わたしは並みの大人より強いから狩りをしてるの。ここにも狩りのついでで来たの!」
どや顔を決めこむが尻尾は褒めて欲しそうにしているし、どうみてもただ子供です、強そうに見えない。
そして、何かを探すようにキョロキョロとあたりを見回して始めた。
「あれ? ここに獲ってきたもん置いといたはずなんだけど……、知らない?」
どうやら自分の獲ってきた獲物を自慢したかったようだが、それが見当たらないようだ。
探し物について思い当たることがあったので、チラっとダンジョンコアを確認してみる。
先ほど消費したポイントが消費する前より多くなっていた。
ここって一応ダンジョンだったな、一部屋しかないけど。つまりダンジョンの養分として勝手に取り込んじゃったのか。
「ごめん、それ俺のせいだ。ここにそういうもの持ってきたら無くなってしまうみたいだ」
「むぅ、また狩ってこないと」
「でも、そのおかげでポイントが……。そう、秘密基地をより楽しくなるためのポイントが貯まったよ。ほら、煎餅だってこの通り出せるようになった」
やっぱこの煎餅は美味しいなぁ。俺に代わってにポイント貯めてくれないかなぁ。
そんな姑息なことを考えてる居るとも露程も疑ってないのか、はしゃぐように食いついくれる。
「ホント!? なにそれスゴい! じゃあいっぱい狩ってきたらいっぱい出せるようになるってこと!?」
「ああ、もちろんだ。ほかにも遊び道具とかも出せるようになるよ」
ダメ押しに慣れた手つきでパっと手ごろなサイズのボールを出し、軽く地面にバウンドさせて見せる。
するとクゥリルはキラキラと目を輝かせては、ハッとし様子で表情をくるくると変えていく。
「狩りをして、ここで遊ぶ……。持ち帰れない分は獲ってきちゃダメだけどここに持ってくればいくらでも狩っていい?」
なにやら考え事をしては、ブツブツと言葉を漏らしてはうんうんと頷く。
そして何かを決断したようで、ぴょこんと尻尾を立てた。
「わかった! ここを秘密基地ってのにする! それでそれで、わたしが狩ってきた獲物を持ってくるから、いっぱい遊んでいっぱいおいしいものちょうだい!」
「もちろんいいよ。獲物を持ってきてもらえるのは助かるから、どんどん持ってきてくれ。でも誰かに見つかるとここで遊べなくなるから、絶対にばれないようにしないとね」
「うん! 絶対にばれないようにする!」
やっぱりチョロイなぁ。悪い大人がいたらすぐ騙されそうでおじさん心配になっちゃう。
ポイっとボールを投げ渡してやると、クゥリルは待っていたと言わんばかりボールを受け取り、早速室内でボールを投げては跳ね返ってきたボールをキャッチする。
次第に地面や壁、天井といたるところに跳ねさせては弾いてを繰り返していくようになり、繰り返すごとにどんどんスピードが上がってきて、10回を超える時にはもうボールを目でとらえるのが難しくなっていた。
うわぁ……動きが完全に人外だ。狩りをしてるのも納得動きだよ。あれ、これもしかして挑んでたら俺やられてたんじゃね? チョロいと思ってごめんなさい。だからそのボール絶対こっちに飛ばさないでね!
早くも秘密基地を提案したことを後悔し始める。勢いだったとしても、これから先ずっと来ることになると考えれば自ずと身の危険を感じた。
罠やモンスターの設置は……、いや、やめておこう。それで彼女の気分を害したらなにをされるかわかったもんじゃない。
少しだけ残念だが、安全な日々の為には背に腹はかえられない。
……うん、ダンジョン作りは諦めよう。
まだ何一つ考えてなかったけど、そもそもこんな動きできる子供がいる時点で大人たちがやってきたらひとたまりもなく攻略されるわ。
どうせ一度死んでるんだし、ダンジョンそっちのけで楽しもう。
ダンジョンができてまだ2日だというのに、俺はダンジョンマスターとしてダンジョンを作ることを諦めた。