ファグ村、水浴びからの温泉
村を出てから約30分ほど。クゥリルを先頭に、俺、子供たち、母親2人の順で森の奥へと進んでいた。
「そろそろ川に着く、旦那様は危ないから少し下がってみててね」
「わ、分かった」
いつもみたいな柔らかい表情ではなく、張り詰めた真面目な表情。……水浴びってそんなに危険なの!?
そしてさらに少し進み開けた場所へとたどり着くと、そこには対岸が遠くに見えるほど広い大きな川が緩やかに流れてあった。
「大きな川だなぁ、確かにこれだけ大きければ危険かも」
「違う、そうじゃない。……ここはダメみたいだから上流に行く」
「え、何がダメなの?」
理由を聞くと近くに飛んでいた虫を捕まえて、そのまま川の方へと投げてしまう。
すると、虫が落ちた地点にバシャバシャと何かがうごめくような水しぶきを上げて、虫を一瞬のうちに水中の中へ引きずり込んでしまった。
「え……、なにあれ?」
「川の捕食者。アレに捕まったら最後、二度と川から這い上がれない」
「クゥでも倒せないの?」
「川の中じゃ無理……。数匹ぐらいならなんとかなるけど群れられるからどうにもならない」
それは危険だ。山の主でさえ倒したクゥリルでも勝てないなんてヤバ過ぎる。
更に聞くとあの川の捕食者は群れで川の中を移動していて、魚は襲わずに魚を狙って川に入った生き物や水を飲もうとしてきたところを狙って一気に引きずり込むようだ。
そういえば宴会の時にやけに魚料理が人気だったような気がする。こんなのが川にいたら魚なんて獲ることができないな。
「それでどうやって水浴びするの? 見た感じ、どこにその川の捕食者がいるのか分からないし、どうすればいいのかな」
「ん、この虫。この虫が居場所を教えてくれる」
指刺したのは先ほど投げたものと同じ虫。丸いフォルムで川辺をふわふわと浮くように飛んでいる。
「尾が赤くなってる時はアレがいる、いないときは青色だからわかりやすい。だけどアレも移動してくるから気を付けないといつ足を取られるかわからない」
「なるほど、だから風呂でもはじめのうち警戒してたんだ」
「そう、いつ潜んでくるかわからない。けどお風呂は安全だとわかった、安全には入れることはすごいこと……なにより気持ちいいのが最高」
後ろで「村長がそこまで言うなんて……!」「それほどまでお風呂って凄いものなの!?」とか聞こえてくる。風呂に対するイメージがどんどん高くなってる気がする。
その後も川の捕食者がいないところを目指して上流へと進み、ようやく虫が青色になっていることを確認して水浴びすることとなった。ちなみに俺は遠慮しておいた。
いざという時足を引っ張る自信があるので、素直に陸で見守っておこう。
水浴びの子供たちは元気いっぱいで、言い聞かせて水浴びさせながら警戒し続けるのは大変そうだな。
何度も何度も母親から注意されて一時的に静かになるがすぐにはしゃぎ回ってる。
クゥリルが一言注意すれば静かになりそうなものだが「みんなが通ってきた道だし、わたしも同じだったから」と注意はしないと言っていた。
そしてクゥリルが手早く水浴びを終わらせると母親の一人と見張りを交代し、さらにその母親が水浴びを終わらせ次の母親へ役割を交代していく。全員が水浴びし終わった時にはサッパリしていたがその顔には疲れが浮かんでいた。
「お疲れ様、水浴びが大変なことはよく理解したよ」
「わかってくれたならいい。じゃあ次は風呂に入りに行こう」
「風呂も入りに行くんだ」
「もちろん。尻尾のシャンプーしていいよ」
「よし、行こう! すぐ行こう!」
そんな感じでお風呂に入る流れとなったのだが、村へと戻ると他の狩りに出かけていた人たちもいたので、結局村人総勢で風呂に入ることなった。
もちろんその中にはクゥリルの父親もいるのでシャンプーはおあずけとなってしまった。……無念。
場所を前の住居からあったところに移し、元々あった温泉を改築することで村人たちに堪能してもらった。
その結果は大好評で、女湯のほうなどかなり盛り上がっていて「クゥちゃんの毛並みがよかったのはそういうわけだったのねぇ」などと冷やかされている声が聞こえてくる。
おそらく石鹸やシャンプーを使って肌つやや毛並みがよくなったことを言われているのだろう。
男湯でもお湯に浸かれる気持ちよさと、周りを警戒しなくてもいいという安心感から「ウォオー、これなら毎日来るゾォ!」と叫ぶ人もいたし、クゥリルの言う通り今の住居に作らなくてよかったと思う。
そして風呂から上がったら、ちょうど村人たちが揃っているのでお願いしていた事をやってもらう。その為の布石に俺は風呂上がりの飲み物を次々と提供していく。
「みんな、聞いてもらいたいことがあるから集まって」
クゥリルが声を上げて村人たちを招集する。俺が目配りで全員に渡し終わったことを伝えると、無言でで頷き返してくれる。
「今こうやってお風呂に入ったり、冷たいものが飲めるのも全て旦那様のおかげだってわかってるよね」
「もちろんだー、僕はもう英雄の旦那が村の一員だって認めてますよー!」
「そうですよ、これからも村長と英雄の旦那さんについていきまーす」
ワイワイガヤガヤと概ね村人たちには高評価だ。やはり宴会時の料理と今回のお風呂がよかったのだろう。まぁ約一名は不貞腐れるようにしている。
「みんなは旦那様が何でも出せると思ってるかもしれないけど、それは無限に出せるわけじゃないの。……旦那様が集めたポイントを使って、みんなの為に出してる。だからこれからはみんなにそのポイント集めに協力してほしい」
「何でも言ってください、村長!」
「もちろん協力します!」
「……みんなが狩ってきた獲物、それを旦那様に渡してポイントに変換してほしい」
さっきまで協力的な声が上がっていたが、急に静かになり出した。
「むぅ、反対されるのはわかっている。でもまた宴会で出てきたもの、また食べたいよね? ポイント貯めるのに協力してくれれば、代わりにそれらを提供する」
「おいおい、しっかりとした決まりはないが自分で獲った獲物は自分で食べる。それが狩人っていうもんだロォ!?」
「お父さんは黙って、って言いたいけどみんなもそう思う? わたしは旦那様が出してくれた料理が好き、だからみんなと同じものを味わえるのは嬉しい。……みんなも嬉しくない?」
ざわざわと村人たちが互いに顔を見合している。
「これからのことをよく考えてほしいの。今のままであるか、それとも新しいことを受け入れるのか……。わたしは村長命令を出さない、みんなが嬉しくないのは嫌だから無理強いはしない、だから自分で決めて欲しい」
「ふんっ、オレは認めねぇ。他のヤツもそうだろう?」
お義父さんの一声に、大人たちは頷くように反対の意思を見せた。それを見たクゥリルはかすかに尻尾をタレ下げている。
しかし、その反対的な空気を破るかのような一人の若者が手を上げ、
「あの、僕は獲物を渡してもいいと思います。……その、またあの時の料理、食べたいですし」
賛成の意思を見せてくれた。
それに続くように「そうねぇ、私もまた食べたいわぁ」と、意外にも女性も賛同してくれて、そこから多くの若い世代と女性陣が賛成してくれた。
一人また一人と賛同してくれるごとにクゥリルの尻尾も喜びを大きくしている。
最終的に一部の大人たちが反対派となり、ほとんどは賛成派となってくれた。
とりあえず今は、獲物を自分で食べるのかポイント変換するのかは獲ってきた人が決めるということになり、この日は解散することとなった。
後からクゥリルが教えてくれたが、今狩りに出ている狩人という点で見ると反対派のほうが多いようで実質的には負けているらしい。
とりあえず賛成派の意見が多いという結論を喜ぶことにしよう。
まぁ反対派に対しては何もしなくとも後は時間が何とかなると思ってる。




