ファグ村、改革していく
翌日、ダンジョン改め新村長宅となったここから新しい日が始まる。
朝目が覚めたら隣にクゥリルがいる生活に慣れるにはしばらく時間かかりそうだなと思うが、これから始める改革の為にも頑張っていこう。
「じゃあわたしは狩りに行ってくるからね。ホントに一人でも大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。今までも一人の時は長かったんだし、クゥが少しいないぐらい何も問題ないよ」
「むぅ……、じゃあ任せたよ。何かあったらすぐにわたしのこと呼んでね!」
朝の食事を終えれば、クゥリルは狩りへと出かけることとなる。クゥリルはまだ名残惜しそうにしていたが、村長として狩人の役割は果たさなければならない。
今までは迎える側だったが今日からは逆に見送る側として手を振って仕事に出かけるクゥリルを見送った。
「さて、クゥは行ったことだし俺は俺の方で色々とやっていくか」
早速俺は村の改善化に取り組むことにする。やはり取り掛かるとしたら水からだろう。
ダンジョンコアを操作して、村の地下にダンジョンを張り巡らせていく。
通路を伸ばすだけでもそれなりにポイントを消費するが、5年分の貯蓄があるからポイントにはまだまだ余裕がある。
そして事前の走り込みで把握していた地点、村の貯水蔵近くの直下に井戸水となる水源エリアを作り出した。
水すら無尽蔵に生み出せるとかマジ万能と言いたいが作れるのはダンジョン内だけだ。地上に直接出せればよかったのだがそれはできない。地上と水源をつなげる穴は作れるが、そこからはこの新村長宅から設置場所まで手で運ばなければならない。
こういう時はいつもクゥリルが重たいものを持ってくれたので、自分で運ぶとなると少し億劫になる。……早くもクゥリルのことが恋しくなってしまった。
「いや、これじゃダメだ。クゥにも任されたことだし、普段鍛えた力をここで発揮しなければ……!」
独り言でなんとか気を奮い立たせ、地上部分に設置するためのポンプと石材などを出していく。外見を気にして石造り風を選んだが、この石材が意外と重い。非力な俺では何度も往復を重ねて運ぶこととなった。
途中から村の人――昨日一緒に走った子供のうち小さかった2人の子とその子守をしていた母親たち――にも手伝ってもらうことになって、ようやくのことで井戸らしい形ができた。
「ようやくできた……、皆さんありがとうございます」
「いえいえ、村長の番いなら無下に扱う事もできませんし、英雄の旦那さんは村の為に頑張ってるんですよね? ですから手伝うのはあたりまえです」
「そーそー、えいゆうのだんなはそんちょうのつぎにえらいの!」
「えいゆうのだんなさんは守るべきたいしょう!」
実は途中でアイテムバッグでも台車でも用意してれば手を借りなくてもよかったと気づいてたが、協力してくれた人たちに悪いので黙っておく。後で自分用のアイテムバッグだけは用意しておこう。
「それで英雄の旦那さん、これで本当に水がでるんですか?」
「ええ、後はこのポンプを上げ下げすれば……」
キュコキュコと音が鳴るだけで水は出ない。
……気を取り直してもう一度。
「上げ下げすれば……」
何度上げ下げしても、キュコキュコと虚しく音が鳴るだけだった。
一向に水が出る気配がなく、無残にも倒れてしまう。
「はぁはぁ……、なぜ出ないんだ……」
「だ、大丈夫ですか? 今お水お持ちしますね」
「おねがいします……」
水……といってもこの村ではあの貯水蔵の雪。喉はカラカラだしないよりましだ。
横になって空を見上げて待っていたら、
「あっ、コラ何やってるの!」
と大きな声がする。声のする方をチラってみると、いつの間にか子供たちがポンプの周りに集まって遊んでいた。
何が楽しいのかポンプをキュコキュコ上げ下げしたり、隙間に雪を積めたりして嬉々としてポンプをいじくりまわしている。
「もう止めなさい! 勝手に触ったらダメでしょ!」
親が注意したその時。
――じょぼ、じょぼぼぼぼぼ
水の出なかったポンプから突如として水が流れ出してきた。
その出来事に驚いたのか、注意していた母親は言葉を失ってアワアワとし、子供たちは急に出た水に大喜びで浴びてバシャバシャと跳ねている。
「英雄の旦那さん! 水が、水が出ましたよ!」
「本当だ……でも、なんで? …………あ、呼び水か」
いまさら何故水が出なかったのか理由がわかった。
つけたばっかりのポンプでは吸い上げれる状態はないため、何度ピストンさせても水が出てこない。吸い上げれる状態にするには呼び水……中に水を入れなけばならなかった。
そして今は子供たちが無邪気に雪を詰め込んだ結果、たまたま呼び水と同じことになって水が出たということか。
とりあえず水を、水をくれ……。
「それにしてもすごいですねぇ……、これさえあれば村の中でも水浴びができます」
「ぷはぁ、流石にこれで水浴びするには小さいでしょ、それなら風呂も用意するのでそっちにしましょう」
「風呂?」
あー、そういや風呂って文化ないんだったな。普段クゥリルと入っているから忘れていた。
子供ですら石材を軽々と運んでいたほど強い種族なのに危ないとはいったい……、逆に普段はどんな場所で水浴びをしてるのか気になってくる。
「旦那様ー! ただいまー!!」
もう狩りを終わったのか、クゥリルが大声をあげてこちらに近寄ってくる。さきほど空を見上げた時には日は傾き始めていたし、昼を過ぎているころだったか。
アイテムバックから戦果である今まで見たこともない大きなゾウ……いやマンモスのような獲物を取り出して、満足気に頭を差し出してくる。
しかし素直に撫でるとは限らないよ、このまま撫でたらこちらまで血で汚れてしまう。
「今日は大分汚してきたね、撫でるのはお風呂に入ってから……、いや水浴びをしてからにしよう」
「え、水浴び? お風呂じゃないの?」
「そう、水浴び。あ、この水じゃダメだよ。普段どんな水浴びしてるのか気になっちゃって、教えてもらいたいんだ」
このタイミングなら普段の水浴びがどんなのかわかるんじゃないかな思って聞いたが、途端に「えー……」と、嫌がるような声を漏らしている。
「旦那様が行きたいってなら仕方ない。……みんな、水浴びしに行こうか」
「わーい! そんちょうとみずあびー!」
「みずあびー!」
子供たちは水浴びできることが嬉しいようだ。しかし母親の2人は困り顔となってしまっている。
「あの、いいのでしょうか……この子達は家に置いてきた方がいいのではないでしょうか?」
「ん、構わない。いるほうがいつもどんな感じなのか旦那様にわかってもらえる」
「ありがとうございます。周りの警戒は私たちに任せてください」
「ほらお前たち、水浴びするんだから、言うことはちゃんと聞くのよ」
「「はーい!」」
何故だろう、ただの水浴びだっていうのに母親たちからは剣呑な雰囲気がしている。なんか早まった気もするが、俺、クゥリル、母親2人、その子供2人の計4人で水浴びに行くことになった。




