ファグ村、村のことを知る
「おさんぽ、おさんぽ!」
「そんちょうといっしょにおさんぽ!」
「いつもと違うけど、これも楽しい!」
「みんなー、ちゃんと村長たちと並んで走りなさーい」
「すみません村長。今他に相手してくれる大人たちが潰れていて……」
今は日課である体力づくりとして、走り込みをしている。
村の内周をぐるりと走りながら、クゥリルに村のことを教えてもらっているはずだったのだが、いつのまにか村の子供たちも一緒になって走っていた。
ただ俺の速さに合わせて走っているせいで、小さい子がたびたび追い越しては、気が付いて戻ってくるを繰り返している。
「問題ない。わたしも旦那様に村のことを教えてるところだ」
「だんなー?」
「はいはい、そうでだよ。クゥの番いの旦那だよー」
下は5歳から上は15歳までの5人の子供たちが楽しそうに村長ことクゥリルにくっついたり離れたりしてじゃれついている。小さい子たちに大人気のようで何よりだ。
「えいゆうのだんな! みんながいってたえいゆうのだんなだー!」
「英雄の旦那って言うんだからとっても強いんだね!?」
「えいゆうのだんなにとつげーき!」
「とつげーき!」
「あっ、コラよしなさい! 英雄の旦那さんに失礼でしょ」
だけど英雄の旦那って呼び名は流石に恥ずかしい、名前がないので他に呼ばせようもないけ……どッ!?
子供とは思えないスピードで突撃してきた。
間一髪のところでクゥリルが軌道をずらしてくれて衝突することはなかったが、このままぶつかっていたら多分吹っ飛んでた。
一緒に走っていてわかったが、やはりファグ村の住民というかこの種族そのものが強いということはわかった。たぶんこの中でも一番弱いのは俺だ、この5歳児にも負けるんじゃないかと思う。
「――ヒッ!? すみません、村長……と英雄の旦那さん! この子には言い聞かせておきますので許して下さい!」
クゥリルから発せられる無言の殺気、すごい怒ってる。
心配してくれるのは嬉しいが、流石に殺気をぶつけるのはやりすぎだと思う。たしかにぶつかったらケガをしてたと思うけど、子どもたちが今にも泣き出しそうに身を竦めちゃっている。
「クゥ、子供のしたことだから怒らないであげて?」
「……むぅ、仕方ない。旦那様に免じて許す」
「あ、ありがとうございます! ほら、おまえはちゃんと謝って!」
「ご、ごめんなしゃい!」
「よく謝れました。えらいえらい」
びくびく震えながらもしっかりと謝罪を言えてるので、頭を撫でて褒めてあげる。流石にクゥリルも5歳児相手には嫉妬しないでいるようだが、じとーって見てくる視線が痛い。もう撫で終えるからそんな目で見ないでくれ。
「旦那様は繊細だから気を付けてね。そうじゃないと次はない……わかった?」
「「「は、はい! わかりました、村長!!」」」
一声かけるだけで、ビシっと尻尾まで直立させて一斉に直立不動となる。上下関係がしっかりしているようだ。
その後もぐだぐだと走っていたが、ファグ村は宴会をしていた広場を中心に囲むように家屋が立ち並んだ円の形をした村だった。
住民は多くないのだが、そのわりにしては家屋が多く、3割ほどが空き家となっている。一応手入れはされているようで、どうやらその空き家は成人になると与えられて一人で暮らし始めることになるらしい。
また、村の周りには周囲を囲うように5メートルを超える大木でできた柵がある。
柵自体は隙間があって簡単にすり抜けられるように見え、柵の必要があるのかと疑問に思ったが、どうやらすり抜けられないほど大きいものが下りてきた時の対策のようだ。
これまでクゥリルが狩ってきた獲物でも大きくて3メートルぐらいだったが更に大きいのが出るのか。
なお、小さい動物には柵の周りに仕掛けられた罠があり、それによって入ってくるのを阻んでいる。
子供たちが“おさんぽ”と言っていたのは、この仕掛けられている罠の位置を覚える為、柵の外周を走る行事のようで、今回は柵の内側を走っているので正確には“おさんぽ”ではないのだが、こんな事も楽しいらしい。ファグ村では “おさんぽ”と“狩りごっこ”だけが子供たちの娯楽だという。
昔のことを思いだし、クゥリルの時もただのボールだけでもはしゃいでたのはそのせいかと懐かしむ。これは子供たちの為にも何かしらの遊べる環境も考えておこう。
それから現状のポイントでできること、村に必要なこと、何から手を付けるべきかどうやって村人たちに伝えるか、そんな考えを巡らせていく。
その日は一日中考え込んでいった。
その日の夜、考えがまとまったので眠りにつく前にクゥリルに話しかけた。
「クゥ、明日からのことを話しておきたいんだけど、ちょっといい?」
「ん、何でも言って。わたしができることならなんでもするよ」
「なんでも……、ッハ!? いやお願いは色々するけどそこまで大それたことじゃないよ」
ついつい妄想に浸ってしまいそうになるが理性でねじ伏せた。隣り合って寝るなんていう状況だからこんなことを考えるんだ、もっと冷静にならなければ……。それに手を出すのは早すぎる、しっかりと大人になるまでは絶対に手を出さんことを密かに決意する。
「まず、この村に井戸を作ろうと思うんだけど勝手に作ってもいいかな?」
「井戸って昼説明してくれたヤツだよね、それなら問題ないよ。この村は村長であるこのわたしの所有物だから好きにやっても問題ない!」
てっきり村人ごとに所有地があると思ってたが違った。
そういえばこのダンジョン……ここ村長宅の中に入り口作った時も床ぶち抜いたというのに何も言われなかったな。
「そ、そうなんだ……。でもよかった、じゃあ明日早速作ってみるよ、どうするかは大体決めてあるんだ」
「む……。わかった、明日は狩りに行かず手伝うね」
狩りができないってなるとシュンっと落ち込みを見せた。
「いや狩りに行っていいよ。これぐらい一人でもできるし、何の問題ない。だから安心して狩りに行って」
「ほんと?」
「ああ、ホントホント。クゥには別のことをお願いしたいんだ」
「わかった、わたしに任せて!」
まだ何も言ってないのにやる気一杯だ。狩りができることも頼られることも嬉しいようで、今暴れている尻尾を撫でて鎮めてあげる。
「今のポイントじゃできることも限られるから、これからは村全体で協力してもらってポイント集めしたいと思ってる。そうすれば村人たちに毎日料理をふるまえるようになるし、いろんな設備を作っていく事もできるよ」
「それじゃダメ。わたしと旦那様の時間が減る」
「あー……それじゃあここには作らない。料理じゃなくて食材を提供するし、外に作るようにする。ここには受け渡しとか荷運びぐらいしか使わない、それでどう?」
「……それぐらいならいい。ここはわたしと旦那様の愛の巣だから滅多なことでは人は入れないように!」
「……ハイ、ワカリマシタ」
念を押されてしまった。愛の巣云々はおいといて今の住処に人が集まるようなもの作るのはよしとせず、できるだけ二人だけの空間にしたいようだ。
まぁ何がよくて何がダメなのかはこれから先、おいおい話し合っていけばいいだろう。
「それじゃお願いしていいかな」
「うん、みんなに協力してもらえるよう頼んでみるね」
「ありがとう。じゃあそろそろ寝ようか」
「むぅ、……わたしはいつでもいいんだからね」
クゥリルが不満げに声を漏らしているが、無視してダンジョン内の明るさを落とす。




