ダンジョン、終わりを迎える
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あの日、しっぽを撫でさせてもらった日から10日は過ぎた。
ここまでクゥリルが姿を見せないのは初めてだ。
どれだけ長くても5日。それ以上空けてこなかった日はなかったというのにもう10日も過ぎている。
あの時待ってくれと念を押されて言われたが、流石にもう待ちきれなくなってきた。
よし、行こう! と思って、ダンジョンを出ようと考えるが、そもそも村の場所がどこかも知らないことに気づいて途方に暮れる。
ここ数日は入り口近くまで行っては、どうするか悩んでうろうろ悩む日が続いていた。
「あーもう、どうすればいいんだ!」
どれだけ叫んでも、ただ虚しさだけが残る。
結局のところ、諦めるしかないのか……。
前世から妥協して流されるだけの諦めっぱなしの人生。今世でもダジョンマスターになってからすぐ諦めたし、諦めてもいいと思っていた。
「でも、これだけは諦めたくないな」
せめてクゥリルには報いなければ諦めきれない。
だからその日、初めてダンジョンから飛び出した。
「おじさん、迎えに来たよ! あれ? ここ外だけど出て大丈夫だったの?」
…………おぅ……。せっかく決意したのになんか出端を挫かれた気分だ。いや、そんなことより久しぶりにクゥリルに会えたんだ、そのことを喜ぼう。
「村長、その方が村長の言っていた方ですか?」
クゥリルを迎えようとしたら、すぐ後ろに知らない人がいた。
それも一人や二人ではない、十数人は後ろからズラッと並んでついてきていたようだ。
その人たち全員に獣耳と尻尾があり、おそらくクゥリルと同じ種族の方達だということはわかる。
「え、誰? というかクゥが村長? どういうこと?」
「ふふふ、わたしが新しくファグ村の村長になったクゥリルだ! すごいでしょ!」
ぞろぞろと後続が集まってきて、次々と俺たちを囲い込んでいく。クゥリルが俺に抱き着いていることに驚いている人が大半。中には般若のような形相で睨めつけてくる人もいる。やだ、怖い……。
それより、どうしてこうなった!? だれか教えて! クゥもそんな抱き着いてこないで、怖い人が見てるの!
ひとしきりクゥリルを撫でたら満足したようでようやく状況を説明してもらえることになった。
すでにまわりがザワザワと騒ぎ立っているのに、そんな様子を気にすることもなくいつもの様子で答えてくれる。
「“村の掟”――『村長の命令は絶対、反対するなら力を示せ』。掟に従い村長を打倒して村長になったの!」
……思った以上に自然の摂理に忠実な村だなぁ。
「ちょっとその後も挑んでくる馬鹿が多かったから、全員黙らせるのに時間かかっちゃった。けど、ようやく終わったから迎えに来たの」
そりゃそうだよね。大人になりたての女の子に村長の座を奪われちゃ反感買うよね。でも、全員倒せるってどれだけ強いの!? 心配してた俺の気持ち返して……。
「村長になったのはわかったけど、迎えに来たって? ダンジョン潰しに来たとかじゃなくて?」
「むぅ、それはありえない!」
「そうかー、それはよかったー。でもわからないことが多いなー」
「大丈夫、わたしが全部教えてあげる」
いつもの感じで話しているが周りの視線が痛い。
こちらは普通に話しているだけなのだが、それに耐えかねたのか屈強な男が一人、前に出てくる。
「黙って見ておれば、お前がクゥを誑かしたのか!」
「お父さん、煩い」
どうやら先ほどから怖い顔をしている人はクゥリルの父親のようだ。今にも襲い掛かってきそうでやっぱり怖い。
「クゥ! こいつはダンジョンの主だ、いずれ脅威となる……“村の掟”に反する者だ! 今すぐこいつはぶっ潰さなければならない!」
「“村の掟”――『縄張りを荒らすもの、家族を脅かすもの、命を賭してでも守り戦うこと』」
「そうだ、村長になったからと言って“村の掟”を破ることは許されないぞ。村長だからこそ率先して掟を守るものだ!」
勝ち誇ったように、ニヤリと歯を見せるクゥリル父。だけど、クゥリルは待ってましたと言わんばかりにどんどん笑顔になっていく。
「うん、そうだね。でも家族ならその脅威じゃないよね」
「ん? ああ、そうだな。そもそも家族に脅威も何もないだろう」
「おじさんはわたしの番い。なにも問題ない」
「「「ハァ!?」」」
クゥリルとその父親に集まっていた視線が一気にこっちに向いてくる。
一様に動揺しているのが見てわかるが、泣き崩れている人もいれば生暖かい目で見ている人もいる。クゥリルの父親に至っては血管がブチ切れそうなぐらい怒りを露わにしていた。
「え、なに? 番いって何なの!?」
「貴様ァ!! ぶっこ――ッんだここは!? クソッ、体が動かネェ!! いったい何をしタァ!!?」
「煩い。わたしの番いに手を出したら許さないから」
一瞬襲ってくると思って身構えてしまったたが、その前にクゥリルが自分の父親をその手に持つアイテムバッグに収めてしまった。
「ん、これで邪魔がいなくなった。……おじさん、いいよね?」
「いいって、番いが何なのかも知らないんだけ――ッ痛!」
近づいてきたと思ったら唐突に、首筋を思いっきり噛まれてしまった。俺何か噛まれるようなことした?
「これは番いの印。これでもう誰も文句言えない。……正式な番いとなったから、呼び方も変えた方がいい? でも名前、ないんだよね」
「えー、よくわからないけど、確かに名前は……ないね」
どうやら有無を言わさず番いとなってしまったようだ。うすうす勘づいてきたけど多分そういうことだよね。
ここに集まっている人たちには首元近くに何かを隈取ったようなタトゥーのようなものをしている男性がそれなりにいる。
そのタトゥーを付けているのは比較的歳を取ってる人たちで、おそらく歯形であり、番いの証なのだろう。ちなみに泣き崩れてた人たちにはついていない。
「仕方ないからこれからは旦那様って呼ぶね。旦那様!」
「やっぱりそうだった! そんな気はしてたけど、やっぱりそうなんだ!」
「わたしじゃ、嫌?」
「いやいやいや、嬉しいよ! でもこんな俺で本当にいいの?」
「うん、あの時にこれを貰った時から決めてたの」
胸元から取り出すのは、歪なキバの首飾り。4年前に俺が手作りで用意した贈り物だ。
「これは番いたい女性に贈る男性からの番いの証。わたし貰った時とっても嬉しかった。ようやくこれで、これでずっと、ずーっと一緒だよ旦那様!」
…………まさかこれが結婚指輪代わりだったとは……。
何や彼や前世では成しえなかった、夫婦の契りをまさか異世界ですることとは思はなかったけど、ダンジョンを諦めてよかったと思う。
ダンジョンとしての特にこれといったものをやってこなかったが、今日でこのダンジョンは終わりを迎えて、クゥリルの夫として新しくファグ村の住人の一員となるのか。
「うん、これからよろしね、クゥ」
今はただ、無邪気に喜ぶクゥリルを撫でて、これから続いていく日々をのんびり考えよう。
ただ感動的でいい場面なんだけど、アイテムバッグの中から聞こえてくる罵声がどんどん大きくなってっている。
微妙に涙声になってるし、そろそろ出してあげたらいいんじゃないかな。嬉しそうな顔で見つめてきてるけど、お父さん……もとい、お義父さんのことも気にしてあげて!
◆◆◆
それから村に案内され、ダンジョンの入り口を村の中へと移転することになった。これからダンジョンは秘密基地改め、新村長宅へとなる。
クゥリルは「わたしたちの愛の巣!」と言っているが無視しておこう。
村に来た当初は疑心な目で見られていたが、新村長の番いを祝った宴――俺の歓迎会はおまけ扱いだった――が行われたことでそれは変わった。
年初めの儀という1年を祝した宴会の後だったので、祝うほどのモノは用意できないとされていたがそこはダンジョンマスター。
ダンジョンコアの機能を食事面で全振りの俺は宴会に必要な料理を次々と出していく。
村人から感嘆の言葉を掛けられ、何故か誇らしげになるクゥリル。
そのことがあって俺は村の住人に認められることができた気がする、一名を除いて。
「クソッ、なんてこった! クゥが、オレの娘がこんなナナシ野郎にとられるなんて……許せねぇ!」
「お父さん、また入る?」
アイテムバッグをチラつかせて脅すクゥリルは大分見慣れてしまった。
「グッ……、だがしかし番いとなったからってまだ言いたいことがあるぞ。ここ数年の異変のことだってあるんだ!」
「異変?」
「ハッ! とぼけやがって、数年前から冬がおかしくなっているのはテメェのせいなんだろうが!」
「あー……それね、確かに原因っちゃあ原因だけど、それは山の主?氷の精霊様ってのをクゥが倒しちゃったからなんです」
暴露したら、お義父さんは啖呵切った時の顔のまま止まってしまってるし、宴会で騒がしかったのに急にみんな黙りこくってしまった。
「? そんなの記憶にないよ」
「いやいや、やったでしょ。ほらあの時秘密基地にやってきたヤツ!」
「え、あれがそうだったの!?」
クゥリルが静寂を破ったのをキッカケに、一気に喧噪を取り戻す。
村の人たちが次々にささやきあって、「おい、まじかよ」「山の主を倒した……!?」「まさか、本当に?」「村の悲願である山の主を倒すなんて」「すげぇ……」「英雄……英雄だ!」と、だんだんと声も大きくなり英雄コールにまで発展した。
「それは本当かクゥ!?」
「本当。わたしと旦那様が協力して倒した」
俺がやったことといえばちょっとした足止めぐらいだけど、クゥリルが誇張するように言うのでお義父さんはこれ以上なにも言えずに悔しそうな顔で黙っている。
周りは周りで「英雄の旦那!」と、俺まで英雄コールの対象に含まれてしまった。
勝手に村の守護者的なものだと思ってたけど、そんなことはないようだ。とりあえず倒したことは問題ないみたいでよかった。
お義父さんには元気づけるために酒を手あたり次第出してみたら黙って酒を飲み始め、尻尾も心なしか喜んでる気がした。……親子そろってチョロい。
なんやかんや無事に村にも受け入られたようで安心だ。でも名前がないからって「英雄の旦那」と呼ばれるのだけは恥ずかしく思う。
◆◆◆
「英雄の旦那さん! どうやってクゥリルさん……新村長を射止めたんですか!?」
クゥリルが女性陣に連れていかれたと思ったら、俺の方には若い男たちこぞって言い寄ってくる。
これまで見ていたけどクゥリルは村人達と俺とで対応を大きく変えている。
俺の前では子供のような雰囲気を見せるが、他の人達には大人のような冷淡さを見せる態度で接していた。
「いや、射止めたとか無いから。いつもあんな感じだし、むしろ大人ぶってる方が驚いてるよ」
「そんなことないですよ、新村長があんな顔を見せるなんていままでなかったんですから、何かあるはずです!」
今詰め寄って来ているのはあの時泣き崩れていた若い男だ。
チラっとクゥリルの方を見ると、クゥリルもクゥリルで詰め寄られて捕まっているようだった。
「何か、ねぇ……。あ、強いて言うならよく頭を撫でていた?」
「撫で、ですか……。あの新村長を撫でるなんて命知らずにもほどがありますよ。もっと参考になること教えてください!」
「えー……、むしろ大分撫でられたがり屋だと思うんだけど」
ぶーぶー、と若い男たちから非難の声が飛んでくる。そして一人の若い子が手を挙げて「じゃあ僕を撫でてみてください。それではっきりします!」と、撫でられることを要求してきた。
「あー、はいはい。それじゃあ撫でるねー」
「――ッ!? こ、これは!?」
頭を差し出してくるので、仕方なしに撫でることにする。
すると、若い男がどんどんふやけた様な顔をしていき、尻尾もぶんぶんと振っていく。
あれぇ? 男の子相手なのに何かいけないことをしてる気がしてくる、どうしてぇ?
撫で終えると「次は俺!」「いやボクが先だ!」と、どういうわけかそのまま撫で撫で会が開催されてしまった。
一人また一人と撫で続けていくと、いつの間にか解放されたのだろうか、クゥリルが後ろに立っていた。
「旦那様、なにやってるの……?」
軽い怒気をはらませている。
どうやら同性相手でも頭を撫でるのはダメだったようだ。
「むぅ、旦那様はわたし専用! 次やったら怒るからね」
「あ、はいごめんなさい」
その後、満足するまで撫でさせられて、若い男たちから羨ましそうな目で見られ続けるのだった。
ここまでが序章となります。
次回から新しい章です。




