その思いは
「とりあえず貴方の話は理解しました。この騒ぎを計画した不届き者は今どこに? 邪悪なる者達を集めていたのも、この計画の一端なのですか?」
「いや、そんなこと言われてもオレも何も知らねぇ…………ほ、本当だ! 本当になにも知ねぇんだよ!!」
必死になって男は訴えるが、聖女は半信半疑といった感じで睨む。
「嘘ついたって仕方ねぇだろ! なぁ、そっちのリア充もなんか言ってくれよ!」
態度を見ればわかるがこの男は嘘をついていないが分かる。少し迫力はあるけれど見た目だけで言ったら清楚系お嬢様相手にコレなのだから、よほど焦燥しているのだろう。
「まぁ、嘘はついてないだろうな。十中八九利用されているだけっぽいし、これ以上は聞いても無駄だと思うぞ、聖女サマ」
「……ハハ、どうせオレらは、都合よく集められただけの木っ端にすぎねぇんだ。やっぱ美味しい話には裏があったんだ……」
「どうやらそのようですね。後はアンリが戻って来るのを待ちましょう」
これ以上は無駄だと悟った聖女は明らかに冷めた態度で待つ。監視しているだけなのだが、どうして俺まで含めて冷ややかな目で見るんだ。
「あーあ……結局この世界に来てもオレはこんな調子かよ……。人を襲う度胸もない、かと言って外に出る勇気もない。上手い話に乗せられてこの始末だ」
「そういや、その話を持ち掛けたのは誰なんだ? 掲示板にでもあったのか」
「いや、オレに声を掛けてくれたのは不思議な男だった。フードをいつも被ったヤツ。突然ダンジョンに乗り込んできたと思ったら、急にダンジョンマスター同士で手を組もうって言われて…………って、何でお前掲示板のこと知ってるんだ?」
フードで不思議な男って言ったら識者のことか。
おそらくこれを計画したのも識者と、識者が盟友と呼んでいた存在。ダンジョンマスターを集めていた手口からして、今までもこうやって裏から動いていたはずと予想がつく。
「フードの男?」
「識者のことじゃないか。ホラ、例の元賢者の」
「……もし本当に賢者が裏切ったと言うなら、街一つ覆うほどの隠蔽魔法ぐらい容易くできるでしょう。ですが、人類を裏切るなんて未だに信じられません」
当然識者のことは聖女にも伝わっている。しかし、同じ女神の使者が裏切られた事実と言うのは信じがたいもので、最終的には聖女の権限でこのことははっきりするまで口止めされることになった。
因みに聖女に付いていた聖騎士団はこの事実が真実かどうかを調べるため、特命を与えられて調査に行っている。聖女の護衛には勇者がいれば十分だということらしいが、この場にその聖騎士団がいれば、街の状況もここまで酷いものにならなかったと思う。
「それで、そのフードの男と連絡は?」
「それ以降は何の音沙汰もなしさ。ダンジョンマスターだとバレるのを防ぐ為だろうが、襲撃した今でも何もねぇ。まぁ、意外と潜んでいる仲間が誰かってのは、オレたちにしか通じねぇ話とかあるから、すぐに分かったんだけどな」
「あー……確かに、なんとなくわかりそうだ」
「なぁなぁ、もしかしてあんたもお仲間か? 同郷のよしみってことで助けてくれないか?」
つい同意してしまったが、そのせいで余計に聖女の監視が強くなってしまった。残念ながら俺にはお前のことを助けてやることも理由もないから諦めてくれ。
「えーっと、聖女様ぁ。オレ、こんなに色々と話したんだから命だけは助けてくれる……ますか?」
「ええ、貴方のお話は十分に参考になりました。ですが、それはそれ、話は別です」
「そんな! 正直に全部言ったんだ! オレだけでも見逃してくれたっていいだろ!?」
「いいえ、ダメです。邪悪なる者は存在するだけで世界に害を為します。……せめてもの情けに、苦しみが無いように送って差し上げましょう」
絶望に打ちひしがれるというのはこういう事なのだろう。男はその場で蹲って黙ってしまう。
「――ッ! 旦那様下がって!」
それは唐突に起こった。
無理矢理引っ張られる形でその場から離れると、さっきまでいた所には巨大なナニかが降ってきた。
それは、ぬめりのある軟体生物の足。
ずるりと辺り巻き込むように再び海の中へ戻り、ついでとばかりに捕らえたダンジョンマスターをも一緒に引きずり込んでいく。
だが男の顔は恐怖や絶望に満ちたものではなく、助けが来たとばかりに喜んだものだった。
「ハハハ、ようやく助けが来た! おい、絞めすぎだ! もうちょっと優しくできねぇのかよ!!」
「くっ、逃しませ……きゃあ!?」
聖女が前に出張って魔法を唱えようとするが、その前にクゥがまたも俺と同じように後ろに引っ張り戻す。
「何するんですか!?」
「アレ見えないの?」
「っ! まだ他にもモンスターが……」
クゥが指さす先、そこには同じモンスターの足が追加で三本伸びていて、こちらの動きを窺うようにゆらゆらと顔を覗かせていた。
既に男は海中の中へと消え去ってしまったが、残っているモンスターの足は敵意が無いのかそれとも動きに反応して動くのかは分からないが、不気味とぬめる光沢が惑わすように輝いている。
「クゥなら何とかできるんじゃないのか?」
「むぅ……旦那様だけなら守り切れるるけど、二人となると難しい。海の中にもまだ隠れてるのがいるから危ない」
「私が足手まといというのなら気にしないでください。自分の身は自分で守ります!」
「ダメ。一応、アンリから頼まれてるから、面倒でも約束は守らなきゃダメ」
聖女は食い下がろうとするが、真剣な表情のクゥを前にそれ以上何も言えなくなってしまう。
「……来たみたい」
しばらく膠着状態の後、唐突にクゥが上を見上げながら言った。
すると、「ハアアァァァ!!!」と気合の入った雄叫びと共にアンリがそこに現れ、鋭い斬撃がモンスターの足を切り刻んでいった。
「アンリ!」
アンリの登場に聖女は歓喜の声を上げるのも束の間、攻撃の隙を狙っていた水棲型のモンスターが海の中から魚雷のように高速でいくつも飛び出す。
「アアアアア!!」
――が、それら全てはアンリの手によって薙ぎ触れられた。
まるで暴れるように、近づいてくる敵を力任せにねじ伏せる。そんな乱雑な攻撃は今まで見てきたことのあるアンリ戦い方とは違うものだった。
「アンリ……? どうしたの?」
その異様さは聖女も感じ取ったようで、戸惑いながら問い掛ける。だが、アンリはそれに気付く様子はなく、肩で息をしながらキョロキョロと周りを見渡す。
「……敵、敵は…………そこカァ!!」
「!?」
アンリと目が合った。
だけど、その目はどこか正気を失くしているようで、剣を片手にこちらへと一直線で駆け――
「……あれ? クゥに、旦那さん? 戻って来てたんだ」
――直前で立ち止まった。
「……アンリ、今のどういう事?」
「ご、ごめん! ちょっと疲れすぎてた、のかも……」
「次やったら、容赦しないからね」
アンリは本当に反省しているようで、勢い良く頭を下げて謝り倒す。突然のアンリの行動もそうだが、それに反応しきれなかったことにクゥは膨れっ面になって、頭を下げ続けるアンリをつんつんと突っついて責めている。
「……まさか、力の暴走?」
「え?」
「アンリ、これ以上無理はいけないわ。敵は逃してしまいましたが一度休みましょう」
「……ダメだよリィン。ここで逃したら今度は別の街が襲われてしまうかもしれないんだ。だから、今ここで止めないと」
「アンリ……」
「リィンの力があれば、その逃げたヤツがどこに行ったのか分かるよね? ボクなら大丈夫だからお願い」
「ええ、わかったわ……。でも、本当に無茶だけはしないでね」
アンリの変わらぬ意思に、聖女は悲しげな表情で祈りを捧げた。聖女の祈りが通じたのか、うっすらと天から光が注ぎ、やわらかな光に覆われる。
「――海の底……。邪悪なる者、この地に災い呼び寄せた者に…………」
神聖な雰囲気を纏いながら発せられた聖女の言葉に、身に覆っていた日光も同時に海の方へと伸び、道を指し示す。
「敵は海底……。ありがとう、リィン! 後はボクに任せて!」
「あ! 待ってアンリ! 予言はまだ……!」
アンリは聖女を止める声を無視し、それだけ言うと一人先走って海の中へと潜っていった。
後に残されたのは聖女は一層と悲しそうな表情へとなり、意を決したようにこちらを向き直す。
「……お願いします! アンリを、アンリを助けに行って下さい!! 私にこんな事言う資格はないかもしれませんが、どうか、どうか……っ!!」
あの聖女が頭を下げてきた。今まで何かと邪険にしてきたはずなのに、あれほど嫌っていた邪悪なる者相手に。




