狼少女、その思い出
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今でもその日が始まったことはよく覚えている。
その時は悪いことだと知らなかったし、今だって悪いとも思っていない。たぶんあの日々がなかったら、わたしはつまらない大人になっていたと思う。
その頃のわたしはいつも大人に囲まれていた。まだ成人していなくても、大人顔負けの強さを持っていたからだ。
大人扱いされることは嫌でもなかったし、誇らしくも思っていた。だから子供として遊ぶことができなくなっても気にしていなかった。
いつものように、お父さんについて行って狩りを手伝う。
狩りは一人でできるようになって一人前だけど、わたしはまだ心配されていたから一緒に狩りをしている。
でもその日はいつもと違う方へ進み、獲物が現れても狩りもせずただお父さんについていった。
「明日からは、この狩場で一人で狩りをしてもらう」
「いいの?」
「ああ、お前も十分に狩りの危険さを身に覚えただろう。これなら一人で任せても問題ない」
「やったぁ。じゃあ好きなだけ獲ってきてもいいの!?」
「……持ち帰れる分だけにしなさい。あと、狩場は決められた範囲から絶対にでないこと。守れるね?」
「うん! 『村長の命令は絶対、反対するなら力を示せ』――“村の掟”は絶対だからね」
「そのとおりだ、父さんの……村長の言葉はしっかりと守るんだぞ」
一人での狩りを許可された。……一人前として認められた。
そのことがとても嬉しくて、与えられた狩場をしっかりと覚えるため、いつもより集中して見て回った。
夕暮れになって村に帰ってくると同年代のみんなが獲物着を着て遊んでいる姿が目に入る。
一足早く一人前の大人になったということに優越感を持って、みんなに自慢してしまった。
気にはしていなと思っていたが、みんなと遊べなくなったことに本当は寂しかったのだと、自分の感情に気づいて少し恥ずかしくなった。
でも、明日からは本当の狩りが始まる。
みんなとは遊ぶ機会は全然なかったけど、いずれはみんなと狩りに出かけることになる。だからその時までは我慢しよう。
これからはみんなのお手本になるため、スキを見せないよう大人にならないと、そんな決心を抱いて、あの日を迎えることになる。
初めての一人での狩りの日。誰よりも朝早く起きて、気合十分だ。
朝食を食べることもせず、書置きだけを残して狩りに出かけることにした。
狩りは自分の判断でいつでも好きな時にするものだから、早くても遅くても問題ない。いままでのようにお父さんに合わせて昼まで待たずに、朝から行ってもいい。
新鮮な朝の空気を味わいながら、自分の狩場へと向かう。
朝と昼では狩りの様子も違った。
賑やかな昼の喧噪はなく、森全体が眠っているように静かだった。それでもわたしは、狩りを楽しんだ。
途中おなかがすいたので仕方なく木の実を取って食べることにした。
……しょっぱい。やっぱご飯食べてくればよかった。
朝食を抜いてきたのは間違いだったと後悔した。でも、おなかがすいたからって何も獲れないまま帰るのは嫌だ。
どんどん奥へと進み、狩場に定められた奥地の山の麓までに着くころには、ようやく獲物を一匹とることができた。
なんとか一人でも獲ることができて、とっても嬉しくてたまらなくなった。それで気分がよくなってさらに辺りを探索していたらそれを見つけた。
昨日まではそこになかったのに、山となっている岩肌に洞穴ができていた。
大きく口を開けた洞穴はそれなりの長さが続いているようで奥の様子が見えない。昨日今日でできるようなものではないので不思議だった。
危険かもしれない、だけど今のわたしは一人前の狩人。
周りに警戒しながら、取った獲物はその場に隠して洞穴の中に入ることにした。
洞穴の中は暗いけど何も見えないほどではない。そのまま進んでいくと開けたところにつながっていて、そこだけは明るかった。
少し覗いて中の様子をみると、パッとしない男の人――わたしたちと違って『ミミ』も『シッポ』もない人がいた。
「さて、まず何から手をつけていけばいいかな?」
「何しているの?」
「何ってそりゃあ、どんなダンジョンを作るのがいいかなぁって考えてるところだ」
「ダンジョン?」
「そう、ダンジョ……え?」
何かつぶやいているようだったので、思わず声をかけてしまった。
ダンジョン……、お父さんが何か言っていた気がする。悪いやつがいるところだっけ?
「ねぇねぇ、ダンジョンってことは悪いやつ?」
一応聞いてみる。確か悪いやつがいて危険だから見つけた知らせないといけないとも言ってた気もする。でも、このおじさん全然危険そうに見えないなぁ。
あ、でもこれって大発見だよね、褒められるかな。
「悪いやつなら伝えてこないと!」
ホントはすぐに戻って伝えないといけないけど、全然敵意も感じられなかったから、ついその場で喜んで跳ねてしまった。
「ま、待つんだ。俺は悪いやつじゃないよ、良い人……いや、良いダンジョンマスターだよ」
「ホントにぃ~? お父さんはダンジョンには悪いやつがいるから見つけたら言うんだよって言ってたよ!」
「そうだね、悪いやつがいるダンジョンもあるかもね。でも俺のダンジョンは良いダンジョンだから言わなくてもいいんだよ」
おじさんが何か焦っている。今まで見た大人たちとは違う雰囲気で見ているとどこか気が抜けてしまう気がする。
だから、少しは話を聞いてあげてもいいかなと思った。
「ん~どうしようかなぁ~」
「そうだ、お菓子を上げよう。とても美味しいよ」
「お菓子?」
聞きなれない言葉だったけど、どうやら食べ物のようだ。
いきなり目の前にそれが出てきたときは驚いて構えてしまったが、おじさんの雰囲気は変わらずやわらかい。
「なんか出た!」
「ふふふ、これがお菓子……ショートケーキだ」
一応警戒はするが、おなかがすいてしまっていたこともあり、好奇心で差し出されたものを食べてしまった。
口に入れると食べ物とは思えないほど柔らかく、口の中に残る甘さが充満してくる。
……思ってたより美味しくなかった。
「ウー.……、そんな美味しくない」
「待って、次出すのは美味しいからもう一度チャンスを!」
だまされたと思って、おじさんのことを睨んでいたらさらに焦った様子で今度は色々なものを出してきた。
その感じが可笑しくって、いきなり口元も拭われたけど出されるものを期待してしまう。
そして出された “おちゃ”と“せんべい”はとっても気に入った。
安心する自然な味。先ほどとはくらべものない美味しいものを一緒に食べてとても楽しかった。
今まで感じたことのないこの雰囲気がとても居心地がよかった。
これが何なのかわからなかったけど、家族とも村の人たちとも違う、頼りなさそうなのにどこか甘えてしまう雰囲気を持ったおじさん。
帰る間際にもいろいろと言っていたが、どうやら秘密にしてほしいらしい。
こんなにおいしいものをだせるならみんなに自慢したい。でも言ってしまったら“せんべい”が食べられないって、またここに来れば“せんべい”を食べさせてくれるみたいだからいうことを聞くことにした。
なにより、わたしはここが好きだと思ったから。
家に帰ると、初めての一人の狩りを無事に成功したことにお父さんもお母さんも褒めてくれた。
それに、わたしはなんでもないことのようにふるまう。
大人たるものこんなことで喜びを見せない。みんなの手本になるため、期待を寄せる大人たちに応えるためにも大人なわたしを見せる。
何か変わったことがなかったかと聞かれたけど、また、“せんべい”が食べたくてその日あったことは黙っておいた。
これからは、毎日が楽しみだ。
一人前の狩人としてやっていけること、面白そうな場所を見つけたこと、最高に幸せだ。
それからもいろいろあった。
面白そうな場所は、わたしだけの秘密基地となって、大人ではないわたしを出せる場所となった。
おじさんを助けたり助けられたりと、ときどき変なものをだしたりするけど、おじさんのことも気に入った。
見たこともない大物がやってきたときには焦ったけど、おじさんが手を貸してくれたから勝つこともできた。
わたしだけの実力では到底勝てっこない相手だったのに、こんなにも弱くてもろい存在なのに、それでもわたしを助けてくれたことが嬉しくてたまらなかった。
冬の間も遊べることが楽しくて、辛い雪かきも自然と進んで働いた。おじさんへの贈り物を考えているときも悩みに悩んだ。
この気持ちが何なのかわからなかったけど、こんな心地よい日々がずっと続けばいいなと思っていた。
そして、1年を迎えた時。それを受け取って、この気持ちが何なのかわかった。
――牙の首飾り。
自分で取ってきた獲物で作る首飾りは、番になってほしいという意味が込められる。
愛の告白の時によく使われるものだ。
おじさんを見るに、多分その気はないのだということはわかる。
でも、わたしはそれを受け取って、気づいてしまった。
大人なわたしと、子供のわたしが共存できるのは、この人のおかげだ。
その日を境に、わたしはおじさんに恋をした。
次で一旦完結します。




