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海に潜む罠

この街に滞在して早五日目。

船を調達するのに少し時間はかかったものの、色々と港町を堪能しては世間話もとい聞き込み調査を追加しつつも、ようやく無事に目的の海上までやってきた。


「旦那様、気を付けてね」

「クゥったら心配性だなぁ、いざって時はボクもいるから大丈夫だよ」

「……そのアンリが一番不安だけどね」

「ええ!? 何で!?」


ここまで乗ってきた船はクゥの希望より、結構な大きさのものを用意してもらっていた。そのせいで時間がかかったのだけれど、それでもまだ辺りを見渡して警戒するところをみるにまだまだ心配が尽きないようだ。


とはいえ船の上からでは何も分かるはずもなく、辺り一面は海だけしかない。ここまで来てなんだが、わざわざ海上にまで来る必要も無かったんじゃないかと思い始めてしまう。


「旦那様、そっちは危ないからもっとこっち来て」

「えーっと、こっちでいい?」


多分クゥには何かが見えているのだろう。言われるままにクゥの隣まで近づくと、満足したように「ここなら大丈夫」と、満足気に頷いた。


「ねぇ、クゥ。何が危ない……のわぁ?!」


瞬間――ザッバァーンと、大きく船が横に揺れて高波に襲われるアンリ。

先ほどまで立っていた場所は見事に水浸しになっており、クゥの指示通りに動かなければアンリと同様に俺もびしょびしょになっていたことは間違いない。


「…………こうなるならボクにも教えてよ……」

「それより来たみたいだよ」

「え?」


クゥの言う通りそこには一匹の海獣がいた。高波に乗ってやってきたその海獣は、ゴリラと見間違えるほどの筋肉質なラッコのような生き物で、こちらを見るなりドラミングを始めて威嚇している。


「まさか本当に海獣が……」

「驚いてるところ悪いけど、本当に聖者の力って通用するのか? 話しが通じそうに見えないんだけど……」

「何も問題ありません。ここは私に任せて、貴方は黙って見ていればいいのです」


一歩、聖女が前に出ればドラミングをしていた海獣は手を止めた。そして、ジロリと見た目とはミスマッチなつぶらな瞳を輝かせる。


「女神マキナ様の代行者である聖者、リィン・カルナシオンが問う。――海に住まう者よ、何故船を襲うのですか? 何故人を襲い、人の暮らしを脅かすのですか? 」

『……ォオ、オオ。聖者――! 聖者――!!』

「人が過ちを犯したというのなら、私が代わりに贖罪しましょう。貴方の住処を穢してしまったのなら、私が祓いましょう。――さぁ、私に真の言の葉を教えて下さい」


一言一言に重みのある、まさに神の代弁と言うべき言葉。

今まではとてもそう見えなかったが、こうして見ると聖女たらしめるカリスマがそこにあった。


『邪悪ナル者……! ニクイ、ニクイ、憎イ!! 邪悪ナル者!! 我等ノ海ヲ穢シタ!! ソコニモ邪悪ナル者ガイル!!』


例によって海獣の声は俺には普通に聞こえるようだ。

けれども聞こえてくる怨嗟が籠った咆哮は身の毛もよだつもので、おぞましい殺気が――放たれる前に、既にクゥが俺の前へと出て、庇ってくれていた。


「……どういうことです? 邪悪なる者が原因ならば、何故人の船を襲うのですか?」

『チガウ!! 我ハ奴ヲ、奴等ノ狙イを阻止シタマデ!!』

「つまり船を襲っている真犯人は邪悪なる者で、貴方達海獣はそれから人を守っていたという事、ですか……」


海獣から聞かされた真実に思い耽る聖女。

しばらく沈黙は続き、しびれを切らしたアンリが聖女の肩を揺らす。


「リィン、海獣はなんて言ったの? 邪悪なる者が真犯人ってどういうこと?」

「……アンリ。それなのですが……」

『アア、アアア! 来ル、来ルゾ!! 邪悪ナル者ダ!!!』


海獣の咆哮を皮切りに船底に穴でも空いたかと思うほどの衝撃が走る。

確実に何かがぶつかってきた衝撃に、船室で待機していた船乗りたちが何事かと慌てて外に飛び出しきた。


「な、何だ一体!? まさか海の怒りが……?!」

「うわあぁぁ! か、海獣までいるぞ!?」

「ヒィィ、あの怒りよう本当に海の怒りだったんだ!!」


一瞬でその場に動揺が広まってしまう。

この状況でも落ち着いているのか、聖女は一度大きく息を吸い、高らかに声を上げた。


「大丈夫です! 皆様、落ち着いて下さい! 船には魔法を掛けておりますので、そう易々とは沈みません。何が起こるがわかりませんので、皆様は船室で隠れて待っていてください」


そうすると、不思議なことに船乗りたちの動揺が収まっていき、更に続けて投げた指示を素直に受け取り、落ち着きはすぐに取り戻した。


「アンリ、邪悪なる者の気配はしますか?」

「…………いや、全然感じない。旦那さんのは分かるけど、それ以外には何も……」

「……やはり、そうですか」


何かを悟ったように聖女はまた思慮に耽るが、そう言っている間にも船は何度も揺れを繰り返す。何が何だがわかっていないアンリはこの状況に、ただただ困惑している。


『オノレ、オノレ、オノレ、邪悪ナル者メ!!』


そして、海獣までも動き出し――。


『ッ!?』


一瞬こっちに向かってくるかと思ったが、反対側……海の方へと飛び出していった。

どうなることかとヒヤヒヤしたが、クゥの圧倒的な威圧の前に、復讐心よりも本能が勝ったのだろう。やはりクゥの近くが一番安全なのは間違いない。


「旦那様、大丈夫だった?」

「ああ、うん。クゥのおかげで大丈夫だったよ」

「あの獣、旦那様に殺気向けていた割にたいしたことなかったね。それに、下にいる方なら勝てると思ってるようだけど、力の差も分かってない」

「わかるの?」

「うん。少し待ってね、すぐ分かるよ」


しばらく待つこと数分。


海獣が飛び込んだ海の中から今度は半魚人らしい生物が飛び出してきた。

先ほどの海獣はというと、無残なことに首だけの姿に、半魚人の残虐性を表すだけの要素に変わり果ててしまっていた。


そのまま半魚人は勝利の雄叫びのつもりなのか、その首をこちらに見せつけてくるが相手が悪かったとしか言いようがなく。


「――キシャ……?」


自分の死に気付くこともなく、クゥの槍の一突きであっさり絶命していた。


「嘘、何でモンスターが?!」

「モンスターがここまで近くに来て、アンリが気付けなくなったということはやはり隠蔽魔法……」

「隠蔽魔法って……あっ! もしかしてアイツ(識者)が絡んでいるってこと!?」

「ええ、私も気付くのが遅れましたが、その可能性が高いです。アンリ、少し力を借りますわ!」


ぶつぶつと聖女は呪文を呟くと、アンリの手を取って空いた片手を掲げる。


「魔を祓いて、真実を解き放つ――!」


聖女の手から光が放たれ、光が空中の天高くまで飛び立つと途中で何かにぶつかり――パリンとガラスの割れた音が鳴り響いた。


「……っ!?」


そして、ほぼ同時に街の方に大きな爆発音が轟く。

街の方を見れば煙が立ち上がっていて、一目で何かが起きたことだけは分かったがそれ以上はここからでは遠すぎて良く見えない。


「一体何が……? ……アンリ?」


街の様子もそうだが、それ以上にアンリの様子が一変して、顔面蒼白となりだす。


「どうしたの、アンリ?」

「街に、街に……っ! 街に邪悪なるモノの気配が! それも一つや二つじゃない……数えきれないほど、沢山ッ!!」


アンリが言葉に詰まりながら、必死に訴える。


――初めから狙っていたのは港町そのもので、船を襲っていたのは単なる囮。どうやら俺たちはまんまと敵の罠にかかってしまったという事だ。


事の重大さに気付いた聖女もまた言葉を失い、茫然と火の手の上がる街をただ眺めるだけだった。

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