勝負あり
聖女の最大の魔法――『女神の裁き』
魔法によって生み出された光は天まで立ち上る柱と成して女神マキナの元へと繋がる。そして一度この光に呑まれてしまえば、罪の塊である邪悪なるモノは女神の裁きの下に滅されるという。
代々聖女が受け継がれてきた歴史の中でこの魔法の存在は知られていたが、一度も発動されることはなかった。
それは聖女の立場故か、はたまた素質の問題か、いずれにせよ今ここにその歴史的偉業ともいえる魔法が発動されたということだ。
例えそれが無関係な者まで巻き込んでしまったというイレギュラーがあろうと、この魔法の前には些細なことでしかなく、周りで取り囲んでいた騎士たちは皆、魅入るように眺めている。
だが、そんな中で一人だけ浮かない表情で顔を伏せている者がいた。
「そろそろ機嫌を直してくれないかしら、アンリ」
「…………ぷい」
アンリだけは不貞腐れてそっぽを向く。ただそっぽを向くだけで、もう文句は言わなかった。
リィンが聖女として正しいことを行っただけのことで、勇者である自分が絶対に言ってはいけないことだから。
だけどクゥとの約束については話が別だ。
アンリにとって初めてできた友達。
初めの出会いこそ最悪のものだったけど、勇者としての自分ではなくただのアンリとして対等に見てくれた唯一の存在。
勇者としての衝動なのか、時折訪れる邪悪なるモノが近くにいると暴れたくなる気持ちもクゥは嫌な顔一つせず受け止めてくれた。勇者としての使命を理解した上でクゥは約束という形で一緒にいれる道を示してくれた。
本来なら相容れないはずの邪悪なるモノである旦那さんのこともクゥのおかげで好ましく思えるようになっていた。状況さえ許せばずっとこのままであって欲しいと願うほどに。
今となってはかけがいのない唯一の親友。アンリにとってそれだけクゥの存在が大きくあった。
しかし、その友達との約束を守ることができなかった。
アンリ自身が約束を破ったわけではないが、結果的には決着がつく前に手を出してしまった。そして、そのせいで決着そのものもうやむやになってしまった。
だからアンリはこの結末に納得いってなかった。
「アンリ……。その、あの獣人の子ならまだ生きているかもしれないわ。あの子は邪悪なるモノに利用されていただけだから、もしかしたらマキナ様の慈悲で……」
「それはあり得ない! クゥは自分の意思で旦那さんと一緒にいたんだ!!」
期待を持たせるようなことを言うリィンにアンリは感情的に否定する。それを認めるという事は親友の今までを否定することであり、親友の誇りを汚す真似だから。
「ごめん。怒鳴って……」
「いいえ、私こそ悪かったわ。軽率な発言だったわね」
「……あの時確かにボクが斬ったんだ。例えクゥだってあの一撃は耐えられないよ。それにもし女神様に助けてもらったとしても、クゥは旦那さんと一緒に死ぬことを選ぶよ」
この手には未だにその時の感覚が残っている。
全身全霊の一撃……それは確実に命を奪うもので、剣を振るった本人だから確証があった。わずかに急所からズレていたとはいえ、そんなもの関係ないぐらいに斬ってしまった。
どうしてあの時止まることができなかったのだろうか――アンリは何度も何度も自信を責める様に問う。
答えは分かりきっている。クゥなら打ち負かしてくれるだろう、想像の上を超えてくれるだろう、と甘えていたから止まることができなかった。
そんな理由で無防備な背中を斬ってしまった自身の不甲斐なさに俯く。
「見ろ! 光の柱が消えるぞ!」
騎士の一人が声を上げた。
その言葉の通り光の柱は薄く、細くなっていく。
「クゥ……」
もう戻ることはない過去を想い、アンリは光の柱へと向き合う。
そして、そこにあったのは――
■■■
再び光が明ける。
今度はしっかりとした色彩豊かな世界で、ようやく元の世界に戻って来たことに実感が湧く。
両手で抱きしめたクゥもしっかりと生きてここにいる。斬られた痕どころか、真っ赤に染まっていた毛並みも元通りの綺麗な白色に戻っていることから、あの女神は色々とサービスしてくれたのだろう。
だが安心する暇もない。
現在進行形で取り囲まれている状況かつクゥがまだ眠っているので、俺だけでこの場を乗り切る必要がある。
こちらのお願い通り女神が話を通してくれれば問題はないのだけど、その前にやられてしまったらすべてが水の泡だ。
「な、な、なっ!? 何故貴方がここに!!?」
一際大きい声で、こちらの登場に驚き声を上げたのは聖女。
ビックリしてなのか背中の羽も大きく広げてしまって、かなりの衝撃を与えてしまったことが分かる。
「貴方は女神によって裁かれたはずじゃ…………まさか、私の魔法が失敗した?! いえ、あり得ない。私が失敗するなんて、そんなわけ……」
「あー……一先ず落ち着いて欲しい。俺は敵じゃない。その証拠に女神の元から無事に帰ってきたん……」
「黙りなさい! マキナ様が邪悪なるモノを見逃すはずがないわ! 何か卑怯な手を使ったに決まっているわ…………そうよ、絶対にそうに違いない……。アンリ、勇者の力を見せつけるのです!!」
聖女は今にも飛び掛かってきそうな勢いでまくし立ててくるが、隣にいるアンリは唖然とした表情だったかと思えば、泣きそうな顔になったり、嬉しそうな顔になったりと、忙しそうに表情を変えていた。
そんな様子のアンリを聖女が揺さぶって呼んでいるが、心ここにあらずといった感じで聖女の声が届いていない。
「もういいわ。アンリがダメでも、まだこちらには聖騎士隊がいるのだから。さぁ、誇り高き聖騎士隊よ、今度こそヤツの息の根を止めるのです!」
聖女の困惑もそうだが騎士達もかなり戸惑っており、聖女の一言で騎士達はハッとして、武器を構えだす。そこにはあれだけ整っていた騎士隊の面影はなく、訳が分からないがとりあえず武器抜いただけのようにも見えた。
しかし、こちらもこちらでクゥを抱きしめているから、アイテムバックから打開するようなアイテムを取り出すことができない。何とかして、説得に応じてもらわないと困る。
「ストップ、ストップ! 俺は女神から許されたから敵じゃないって!」
「言い訳無用! 何手間取っているの、早くあの目障りな存在をやってしまいなさい!!」
「あーくそ、早く神託ってのを告げろよ、クソ女神!!」
「なっ!? よりにもよって聖女である私の前で、マキナ様を侮辱する様なこと……を…………え?」
つい勢い余って暴言を吐いてしまったが、その願いは通ったようだ。
憤慨する聖女が突如として止まって、「はい……はい……。え? ウソですよね? ええ??」と虚空を見上げながら、独り言を漏らしだす。当然、騎士達にも聖女の変わりようが伝わり、本当にやっていいのか迷いが生じて立ち止まってしまう。
「クゥ! 旦那さん! 無事だったんだね!! よがった、グス、本当によがっだ!!」
聖女が他所のことで手一杯になっている間に、感情がようやく固定できたアンリが駆け出してきた。……固定する表情が嬉し泣きなのは、勇者としていいのか?
そして、そのまま俺ごと巻き込むようにクゥに抱き着くようにダイブしてきて、
「うるさい」
「ぎゃん!」
はたき落されてしまった。
地面に落ちたアンリは顔だけを上げて、その人物を見上げる。
「えええ……、何するのクゥ…………」
「旦那様はわたしだけのもの。アンリには渡さない」
いつの間にか目の覚めたクゥが槍を片手にアンリの前に立つ。
因みにもう一方の手では俺のことをしっかりと掴んでいて、もう離さないと言わんばかりにぎゅっとしてくるクゥがとてつもなく愛おしい。
「……? 旦那様、何か変わった?」
「いや、俺は何も変わってないよ」
不思議そうに傾ぐが、クゥの頭を撫でてあげるとすぐにどうでも良いと表情を蕩けだす。
「ああ、もう。またそうやって二人だけの世界に入って! ボクがどれだけ心配したと思ってるの!」
「そう言われても、こうなったも全部そっちの所為だろ」
「それはそうなんだけどさ……って、クゥは何してるの?」
クゥは何故か地面に這いつくばっているアンリに向けて槍を突き付けている。
スキンシップを邪魔されたことに怒っているのか、それとも別のことについて怒っているのか分からないが、困惑する様子のアンリを見てニヤっと笑った。
「はい、わたしの勝ち」
「え?」
「勝負はまだついてなかったよね。今回もわたしの勝ちだから、旦那様に手を出しちゃダメだよ」
その発言にアンリはポカーンと固まってしまう。
そして次の瞬間には、
「は、はは、あはははは! やっぱクゥには敵わないや。うんそうだね、ボクの完敗だよ。ホント凄いよ、本当に!」
大笑い。自分が負けたと言うのになにが嬉しいのか、ごろんと転がって仰向けになってクゥに笑顔を返した。
「でもどうして無事だったの? ボクの全力の一撃を食らってたはずだよね?」、
「ふふん、それがわたしと旦那様の愛の成せる技!」
ドヤっているが、かなり危なかった状態だからね。あそこで女神が助けてくれなかったら死んでたよ。いや、絶対に死なせないけど。まぁ、愛の力って言うのはある意味間違ってはいないか。
「そっかぁ、じゃあ女神様も二人の愛の前に手を出せなかったんだろうなぁ」
「女神様? なんでそこで女神が出てくるの?」
「た、多分ソウカモナー。アハハー」
眠っていたクゥからしたらそんな反応になるけど、本当にその通りだから反応に困る。とりあえず笑って誤魔化しとけ。




