愛の力
「では改めて自己紹介をしましょうか。私は女神マキナ、この世界を創造した片割。知っていると思いますが彼……貴方をこの世界に連れてきた者と対となる存在です」
ここに来た時の態度と違って穏やかに語る。女神は未だに姿は見せないが、その代わりと言うべきかこの何もない真っ白い空間が不思議と安心感のある空間に思えた。
ちゃんと自己紹介する分、アレと比べるとこの女神はマシなのかもしれない。だが、まだ油断できない状況というのは変わっていないはずだ。
さっきは思わず感情が爆発してしまったが、相手はこの世界を創った女神。相手の気分次第でこっちの処遇が変わるかもしれない。
「そう警戒しなくても大丈夫ですよ、私はもう敵対する意味がありませんから。それと、ここでは感情が現れやすくなってるので貴方の落ち度ではありませんよ。そう恥ずかしがらずに素の貴方を見せてください」
「それなら、そっちも姿を見せたらどうだ? アレの時もそうだったが、声だけ聞こえるだけだとどこに向けて話せばいいのかわからん」
「ああ、それはごめんなさい。でも好きで姿を隠してるわけではないのよ。私たちは貴方の言う所の人の形というものを持っていない、この状態こそが私たちの本来の姿です」
人の形を持たない……つまり魂だとか精神だけがそのまま生命体となったという事か。世界を創れる存在という割には、よくSFで見る様なテンプレ的な高次元な存在だな。
「貴方が元いた世界的に言えばそうなりますね。私たちがアクセスした世界ですから、何かと縁があったのしょうね。その分色々と参考になる情報も得ましたので、私としてはよかったです」
「それって……」
「ああ気にしないでください、こちらの話ですので」
そう言われると気になるが……いや、やめておこう。何か碌でもない事な気しかしないから、聞かなかったことにする。
「碌でもないって、貴方が大好きなこの子もこの情報があったから産まれたのですよ!もし、こんな可愛らしい生き物がいたらどんな生き方をするのか、幻想的な生物がどのように進化していくのか、考えただけでも面白いと思いませんか!? それなのに彼ときたら、いつも事務的な感じで……貴方ならこの気持ちわかりますよね!」
やっぱり碌でもないことだった。世界の大きさの割に多種多様な人種がいると思ったけど、こんな理由だなんて、この世界の人に同情してしまうな。
まぁ、それでクゥリルが生まれたのなら俺としては何も言えないな。むしろ良くやったと褒めてもいいかも。
「そうでしょう、そうでしょう。この子は本当に可笑しい方向に進んでいるようで、私としてもとても嬉しいのです」
「可笑しいって……。確かにクゥは他の人より大分違うけど、それは女神が嫌っているダンジョンマスターの力によるものじゃないのか?」
「いえ、それは違いますね。貴方というイレギュラーがあるとはいえ、これはひとえに愛の力というものでしょう」
また愛の力か。この女神は恥ずかしげもなく、よくそんなこと言えるな。俺だったら小恥ずかしくて、口に出せないな。
「素直になるのが一番ですよ」
「あー、はいはい。それでその力って、ただ強いってだけじゃないのか?」
「そうですね……この子の力を一言で言い表すとしたら、“運命を切り開く力”というべきでしょうか。貴方は不思議に思ったことはありませんか? まるで先を見通した様に動くこの子のことを」
思い返してみれば、そんな気はする。よく先回りしていたり、何かが起こる直前には反応していたりと、野生の勘が鋭いぐらいにしか思っていなかったが、そういうわけではなかったということか。
「ええ。この子自身自覚はありませんが、この子は自らの望む未来の為にどう動けばいいのか、何をすればいいのか、その答えを導き出すことができるのです。分かりやすく例えるなら、テストの問題文を見なくても満点解答を答えることができる、という事ですね」
よくわからないが、常に正解の道を歩めるというのなら凄いことだ。
「……あれ? それなら何で今こんなことになってるんだ? 答えが分かっているなら、別に俺を助けなくてもよかったんじゃないのか」
「そうですね。本来なら聖女の魔法を見逃すのが正解でした。ですが、この子は望む未来にならないと理解していながら、それを捻じ曲げてでも貴方を助けたかったのでしょうね。本当に愛されていますよ」
…………ああ、クソ。愛の力って言っている意味が分かった。
そんな力が備わっていたらもっと良い選択肢があるのに、それでもずっと俺に付き従ってきたのは、クゥリルの望む未来が――。
「理解してもらえてよかったです。貴方の行動は間違いばかりですが、ちゃんとこの子を愛しているのは伝わっていますよ」
「はぁ……本当嫌になる。クゥの為に色々思ってやってきたつもりだったが、結局は俺自身為でしかなかったのか……」
「それがこの子の望んだものですから、そう落ち込まなくてもいいのでは?」
「それとこれは別だ」
「そういうものですか。やはりあの世界から連れてこられた人間だけあって、貴方も自惚れた人間の一人という事ですね。逆に安心しました」
覚悟を決めていたはずだったけど、全然覚悟決まってなかったなぁ……。
「女神様。一つだけお願いしたいことがあるんだが、いいか?」
「何でしょうか? 事と次第によっては、聞いてあげてもよろしいですよ」
「それなんだけど……」
………………。
…………。
……。
この真っ白い世界に来てからどれぐらい時間が立ったのだろうか。
女神への御願い事は、その内容に驚かれたものの無事に願いを聞いてもらえることになった。
「本当にそれでいいのですか? 今ならまだ別の道もあると思うのですが……」
女神の方は気が引けているようだが、俺自身が決めたことだから変えるつもりは無い。
それに俺には“クゥ”が付いているから、失敗することもありえないからな。
「……そうですか。それでは、そろそろお別れと致しましょうか」
「ああ、何かとありがとう。ジークが嫌っていた女神って言う割には、まともな女神様でよかったよ」
「私は至ってまともです! 覇者も、賢者も、最も相応しい者が選ばれただけで私が選んだわけではないのですよ。少しタイミングが悪かっただけで、あれは本当に仕方がなかったことで……」
ブツブツと女神が言いながら、光の粒子が俺とクゥを包み込んでいく。
ここに来た時と同じように、光に呑まれて、意識すらも呑まれて、全てが消えてなくなる。
喪失感を紛らわせるように、眠っているクゥを抱き寄せて、更に強く想う。
「全く……自分勝手なのか、他人思いなのか、貴方はよくわかりませんね。願わくはハッピーエンドになることを祈ってます」
そうして、この女神の世界から、元の、帰るべき世界へと戻っていった。




