狼少女、その想い
わたしはファグ村のクゥリル。
村長の娘であり、次期村長ともいわれている期待の星だ。
そんなわたしも今日で成人を迎えて、立派な大人の仲間入りをする。……はずだった。
でもわたしはそれを受け入れることができなかった。
年初め儀――一年の始まりである春に、村長であるお父さんの宣言で始まる。
「皆のモノォ! 春が来たゾォォォォ!!」
「「「ウオオオォォォォォ!!」」」
父が壇上で雄叫びを上げると呼応してみんなも一斉に叫び出す。
毎年のことだがやっぱりうるさい。
わたし? わたしはもちろんやっていない。4年前から煩くてかなわない父に反抗してからやっていない。
わたしはそれを冷めた目で見つめるだけだ。
「ゴホン……、また皆と無事に今年を迎えられて嬉しく思う。今年も一年よろしく頼む」
煩い挨拶が終わると宴会が始まる。冬の間に食べきれなかった食糧をみんなで持ち寄って、新たな狩りを始める前に食べきるのだ。
まぁ最近は冬の間でも狩りをしてるので、ここ数年はすごい豪勢になっている。
原因は知らないが多分これもおじさんのおかげだと思う。ふふ、さすがおじさんだ。
みんなで食べては飲んで、飲んでは食べて、村のみんながこの一年を思い返しては宴会を楽しむ。
そして、宴会の盛り上がりが最高潮に達するとき、ようやく成人の寿ぎがやってくる。
「さぁ皆のモノォ! 盛り上がってきたナァ!! 今年は私の娘であるクゥが、クゥリルが成人を迎える! 皆も知っていると思うがこの数年、異変が起き続けて不安に思うところもあるだろう……しかし、私の娘が成人を迎えたからにはもう不安に思うことはナァイ!! クゥがこの状況を打破するとオレは信じているゾォ!!」
酒を飲んで酔っ払ているので、いつもより3割増しで煩い。
お父さんはいつもこの時期の交易に大量に酒を交換しては全部飲み干している。
まぁここにはない珍しいものだからわかる気はするが、飲むなら飲むでもう少し静かにしてほしい。
「さぁクゥ! こっちに来るんだ!」
「うん」
お父さんが呼んでいるので、うなずき隣に並ぶ。
いつもはみんなに誇れるわたしになろうと、隙を見せないようにふるまっているけど、やっぱり成人になれることは嬉しいので、少しほおが緩む。
「クゥ、今日からお前は本当の意味で一人前の狩人だ。昔から狩りにつき合わせて一緒になって狩りをいたお前が、ウゥ……。5年前の時も一人で狩りをさせるのはとても悩んだがよくここまで立派になった……ウォオオォオン」
「お父さん、みんながみてるよ」
「ああ、すまない。……だがしかし、明日からはこれまでのような遊びではない、しっかりと新しい狩場での決まりを守って務めるんだぞ!」
「……え? 狩りの場所変わるの?」
「何を言っている、当たり前じゃないか。あんな小物しか出ないところクゥには物足りないだろう? あれはなりたての狩人が狩りを知るための場所だ」
今思い返してみるとあの時、おじさんとの秘密基地にやってきた大物を除くと狩りをしていて危ない目にことにあったなどなかった。
時々みんなが狩ってくるような大物も見たことないし、小物が多くいた場所だったが、まさかそういった所だったなんて知らなかった。
「クゥには最高の狩場を用意している。父さんからの成人祝いだ、楽しみにしてくれ!」
「ずるいぞー!」「オレにもいい狩場用意してくれー!」「クゥリルちゃーん、おれと番になってくれー!」
「ええい、黙れ黙れこれも村長の特権だ! それとクゥに色目使ったやつ誰ダァ!!」
周りが騒がしい、がやがやと何か言い合っているが、それよりもわたしはおじさんのことが気がかりだ。
誰か別の人の狩場になってしまったら、おじさんのことが見つかってしまうかもしれない。……どうしよう。
「まったくこいつらは……。ああ、それと言い忘れていたが、今起きている異変はダンジョンによるものと睨んでいる。必ずダンジョンがどこかにあるはずだ、見つけてぶっ潰す! ゆえに狩りであったことはどんな些細なこともオレに報告する。これは村長命令だ、皆のモノォわかったカァ!!」
「「「ウオオオォォォォォ!!」」」
「クゥも頼むぞ、今までのような子供の遊びと違うからな。心配ないと思うが何か見つけたらきちんと報告するんだぞ」
頭が真っ白になった。
周りから「ほんと立派になったねぇ」とか「頑張るんだよ」とか大人たちに祝いの言葉を貰ったけど、それからどんな風に宴会が終わったのかよく、覚えていない。
ただ、村長命令は絶対で“村の掟”だということ。
わたしは大人として狩人として、おじさんのことを言わなければならないということ。
その事実が、成人になることを受け止めることができなくなってしまった。
次の日の朝、わたしは誰よりも早く起き、誰もがまだ寝静まっている中、一人いつもの狩場へと走った。
わたしとおじさんとの秘密基地に着くとおじさんはまだ眠っていて、気持ちよさそうにベッドで横になっている。
このどうしようもない思いを今すぐ打ち明けたい。そう思うけど、いざとなると勇気がでず、寝ているおじさんを起こす気にはなれなかった。
ただ起きるのを、じっと寝顔を眺めて待っている。
「……ぅうん。クゥ? どうしたの?」
おじさんが目を覚まし、わたしの雰囲気を感じ取ったのか、やさしく声をかけてくれる。
いつもならここで抱き着いて揶揄ったりするんだけどそんな気も起きない。でもおじさんの声を聴いて少し話す勇気は出た。
「昨日……わたし、成人したの……」
「? おめでとう、じゃあこれでホントの大人の仲間入りしたんだね! ……なんか嬉しそうじゃないけど、大丈夫?」
本当は嬉しい、でも嬉しくないことのほうが大きい。だから、
「わたし、まだ子供のままでいい……」
「急にどうしたのさ、いつも大人だってこと自慢してたの」
「だって、大人になったら、おじさんのこと言わなきゃ、いけなくなっちゃう、よぉ」
少しだけ本音を漏らしたら、涙も一緒に出てきてしまいそうになって必死なって押しとどめる。
おじさんはまだ、何もわかってない様子で驚いている。
「えっと……どういうこと、かな」
「“村の掟”……、……今までは子供の遊びだからって、気にする必要なかったんだけど……、成人したからどんな些細なことも絶対報告するんだって……」
「……大丈夫、俺は気にしてないよ。“村の掟”なら仕方ないよ」
「でも、わたしまだ一緒にいたいよぉ。掟に従いたくないよぉ」
少し間があって答えてくれる。わたしを許してくれるのだと。
でも“村の掟”に従うよりも、ずっとずっとおじさんと一緒にいたい。まだまだいっぱい遊びたい、一緒に美味しいものも食べたい。
いけないことだとわかっているけど、そんな思いがあふれ出てくる。
「ねぇ、最後にお願いしてもいいかな?」
その時、おじさんが言った。最後の願い……と。
「……お願い?」
「うん、……しっぽを撫でさせてほしいんだ。……あっ、へんな意味じゃないよ。いつもは耳までだったけど、その延長でしっぽもってことで、……えーっともふもふしてていつも触りたいなぁって思ってたんだけど、ああなんていえばいいかな」
あまりにも唐突で、でもおじさんらしくて呆気に取られてしまった。
わたしとおじさんとの秘密基地を見る。わたしを甘やかして、無防備になれるここが好き。
いつも撫でてくれる細っこい腕を見る。丁寧に丁寧にやさしく撫でてくれる手が好き。
おじさんをみる。
「うん、いいよ。好きなだけ撫でて」
しっぽはわたし達にとっては、番にしか触らせない大事な、大事なところ。
だけど、おじさんになら、いい。
この思いは、あの時から気づいていたけど、今はもっと強くなっている。
おじさんにしっぽを撫でられると、すごく、すごく強くなれる気がして、私の中の勇気は一つの“村の掟”に従うことを決めた。




