六話
「今日もギリギリで間に合った。マスター、いつものー」
「逆に食材はいろいろあるぞ。で、何にする?」
いや、だからいつもの、きのこと明太子のスパゲッティをですな。
「たくさんあるぞ? 何にする?」
いや、だから何で同じことを二度も。
「たくさん」
「いや、分かった。分かりましたから。何度も繰り返さなくていいです」
「お前は俺に、何度も繰り返さなくてもいいと言ったが、そういうお前は何度同じメニューを繰り返せば気が済むんだ?」
いや、こっちは食いたいから。
そのメニューが一番おいしい、って俺がそう思うからだろうが!
「いいじゃないか、何注文しても」
「言ったな? 何注文してもいいって言ったな?」
何だよ。
俺、変な事言ったか?
「……言ったよ? それが何か?」
「何を注文してもいいのに、いつものしか注文できないってのはどういうことだ? それとも何か? それしか注文できない呪いでもかかってんのか?」
なんだその無理やりな言いがかりは。
つか、今日はやたら突っかかってくるな。
「別にいいじゃないか。この町で一番おいしいと思ってるそのスパゲッティを注文することのどこが悪いんだ?」
「え? 何だって?」
「え? ……いやだから、この町で一番おいしいと」
「すまん。よく聞こえなかった。もう一回」
「……この町で一番おいしいと思うスパゲッティだから何度も注文しても飽きないしおいしいと」
……なんか、急に機嫌よくなって作り始めたなマスター。
煽てに弱いのか?
煽てじゃなくて本音なんだがな。
「はい、お水。今日ね、実は、ほとんどお客さん来なかったのよ」
「え? 嘘でしょ?」
マイちゃんに水の礼を言うが、意外な事を聞いて驚いた。
俺が注文する品は一品のみだし、俺が入店する時間帯は営業時間が終わる頃だから、ほかの客が注文するメニューもあまり見たことがない。
けど、何度か見たことがある客の顔は数えきれないほどだし、客が退店した後のテーブルの上にはいろんな皿が空になってる。
つまり、味の評判は万遍なく評判がいいってことだし、何度も来たくなる店ってことだろ?
だけどそれを邪魔するものがある。
今日の気温ならさもありなん、だ。
冬の季節に降る雨はとても冷たい。
そして冷え込む。
好んで外に出たいと思う人はいないだろ。
ここは日本屈指の豪雪地帯でもあるし、これから春までは、客でにぎわう日って少ないんじゃないか?
ま、暑かろうが寒かろうが、俺が注文するメニューは一択だ。
「分っちゃいたけどよ。相変わらずだな」
「だってスパゲッティに追い飯なんて珍しいし、それ自体美味しいし」
はいはい、とマスターは生返事をしながら、まぁ当たり前なんだが、俺がいつも注文する料理を作り始めた。
「でも、こっちの客は年を通じて結構入るのよねー」
「お、ご苦労様」
ととと、と店の外に出て暖簾を外し、さささっと店内に運び込むアヤちゃん。
向こうの世界じゃ、こんな寒い日なんてないんだろうなぁ。
「おーう、マスター。今日も来たぜーっと」
最初の異世界からの客は四人組。
先頭の二人は普通に入ってきたが、あとの二人は……。
「人馬族? セントールだかケンタウロスだかって種族だな」
その後に入ってきた三人目は、木製の太い棒の先を肩に担いだ男。
その姿を見てそんなことを考える。
だがそんな思いが一気に消え失せた。
その棒に結わえられた獲物がでかい。
モノは魚。
その頭部だけ見ても、一メートル五十センチくらいはありそうに見える。
「で……でけぇ……」
「お、サワイじゃねぇか。久しぶりだな」
持ち込まれた獲物を見て、思わず声まで出た。
それに気付いて一人目の男から声をかけられた。
その男も人間なんだが、もちろん俺の世界の人間じゃない。
「あ、えっと……」
「リヤンだよ。ま、ここにはしばらく来なかったから忘れられても仕方ねぇか」
「あ、サワイじゃない。お久」
二人目は人間の女性。
リヤンもこの女性も金属製の防具を見に纏っている。
「おい、ライバー。歩くの早いっ。落とす、落とすーっ」
その三人目の後ろから声が聞こえる。
「随分でかい魚……だよな?」
「あぁ。近くの海じゃ、こんなのはしょっちゅう獲れる。けど調理の腕がなぁ。ここのマスターは別格だから、こっちで料理してもらおうかなってな。サワイも食ってみるか?」
「ちょっとリヤン、それ、マスターから禁止されてるから」
「え? あ、あぁ、そっか。マスターの世界の食いもんは、俺達は食われねぇし、そっちもなんだよな」
互いの世界の食べ物にハマっちまって、それから抜け出せなくなったら悲劇しか起きない。
食いたくても食えないようになっちまったら、誰にも宥めることができなくなるから、だって。
興味を持つこともあるが、仕方ないことだよな。
「しょうがねぇなぁ。ほれ、入って来れるか?」
「おう。落としたり……ぶつけたりすんなよー」
「でけえから周りに注意しねぇとな。お、サワイじゃねぇか。久しぶりだな」
「あ、うん」
そしてようやくその魚が運び込まれた。
真っ先に連想したのはシーラカンス。
図鑑とかの写真でよく見たあの姿。
そして四人目の冒険者が入ってきた。
「あ、俺達、四人目の仲間入れたんだ。シュージってんだ」
いや、俺、そこまでそっちの世界の事情を詳しく知る気、ないけど……。
「何とか持ち込めたな」
と言いながら入ってきた四人目を見て、飲みかけた水を噴き出した。
「は、半魚人?」
「そそ。半魚人」
半魚人が、仲間と一緒に魚を運び込んでいる。
なんだこれ。
共食いか?!
いや、弱肉強食の世界は海の中にもあるから、おかしいところはないだろうが。
「サワイさん、お待ちどうさま。追い飯も持ってきたから」
「あ、うん……有り難う……いただきます」
ツッコんだら失礼か?
何かを言わずにいられない。
けどタイミングよく、マイちゃんがスパゲッティを持ってきてくれた。
意識を食うことに向けられるから、先立ってしまう感情を抑えることができる。
食べ飽きることがないだろう目の前の料理を、一口分口の中に入れる。
「うん、いつものように美味い」
しかしその冒険者達が、それを妨害してきた。
いや、食うことを邪魔する気はなかったんだろうが。
「にしてもマスター、風呂場作ってくれるとうれしいんだけどなぁ」
「作るわけないだろ。何で?」
「こいつに風呂に入ってもらったら、だし汁できねぇかなって」
口の中に入れたものを噴き出してしまった。
魚からダシが出るのは、そりゃよくある話だろう。
鯛の骨にお湯を注ぐだけでもスープみたいになるくらいなんだから。
けど、半魚人が風呂に入ったら、湯船の湯が全部スープになるって、どんな発想だよ!
「ふざけんなよ。俺を風呂に入れてだし汁にするって、仲間を食材にする気かよ」
ゲホッ!
口の中のものが喉に入ってむせた。
「大体、それを味わうのは、俺だけの特権なんだからな!」
とうとう声をあげて笑ってしまった。
初対面の人の言葉に腹を抱えて笑うってのは場合によっちゃ失礼かもしれんが、流石にこの三連発に耐えられる奴はいねぇだろ。
「お。ここでも受けたか。俺の渾身のネタは無敵だな、うん」
狙ってたのかよコノヤロウ!
……この昼飯を食い終わるのに時間がかかったが、この店に通い始めて一番長い昼飯の時間になった。