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四話

 キッチンほふほふには、毎週一日おきに通ってる。

 しかもこちらで時間終了ギリギリに。

 俺も時間を気にせずに飯食えるように、営業時間早々に入店したいんだよ。

 でも客相手に仕事してるから、解放される時間がそんな時間帯になるんだよ。

 これでも、マスターには申し訳ないと思ってんだぜ?


「ちわー」

「はい、お帰り下さい。すべて品切れです」


 いや、別口の客がこれから殺到するってのは分かるけどさ。

 一食くらいいいじゃねぇかよ。

 だめなら、せめて商店街組合の会合の時にでも提言してくれよ。

 昼から夜までずっと営業してくれって。


「いや、いつも通り昼飯食わせてよ」

「……いつも通りのこと言ってるだろ? 品切れですとかお帰り下さいとか」


 前置きもいつも通りの会話してくれってお願いしてるわけじゃねぇよぉ。

 腹減ってんだ。

 頼むから普通に食わせてくれよっ。


「いつもの頼むよ……。ここしか俺の命綱はねぇんだ!」

「ったくしょうがねぇな……。明太子ときのこのスパゲティに追い飯でいいんだな?」


 ありがとう、マスター。

 やっぱり頼りになるのはマスターしかいないよっ。


「マイちゃん、アヤちゃん、注文入ったよー」


「はーい。マイちゃん、フライパン取ってー。あたし麺茹でとくから」

「うん、アヤちゃん、よろしくー」


 いやちょっと待て!

 作るのはマスターだろ?!


「……マスター、具合悪いのか?」

「いや? いたって健康。お前だけの特別サービス」

「二人とも、料理作ったことはあるのか?」

「そりゃもちろん」


 まじか?!

 そりゃ初耳だ。


「へ、へぇ、そうなんだ……」

「二人とも一人暮らしで、毎日自炊。あ、ここでは賄い食食うけどな」


 おいちょっと待て。


「マスター? 俺は、あの二人は店で客の注文を受けた料理作ったことあるのか? と聞いたんだが?」

「ないよ? あるわけねぇじゃん。俺の店だぞ?」

「待て待て待て。何でマスターが作らないんだ」

「言っただろ? お前だけの特別サービス」

「お願いだから、いつものように作ってくれよ……」

「ちっ、しょうがねえなぁ」


 何で舌打ち?!

 それ、マスターの仕事だよね?

 おかしなとこ指摘したら舌打ちされるって、どんだけおかしいんだよ!

 どんだけ異次元な反応だよ!


「あ、マスター」

「ん? どうした? アヤちゃん」

「そろそろ暖簾下げる時間なので」

「お、もうか」

「なので、茹でてる麺と混ぜちゃっていいですよね?」


 ちょっとアヤちゃんっ!

 何口走ってんの!

 食えなくなるどころか、寸胴使えなくなっちゃうでしょ!


「うん、そうだね。食うのあいつだしね」


 待てー!

 お願いだから、普通の食わせてよ!


「客に変な会話聞かせないでくれる? 俺、すんごく不安なんだけど!」

「そんな不安なサワイさんには、飲むとすぐ安心できる、どの料理よりもおいしいお水、お持ちしましたー」


 マイちゃん……。

 持ってきてくれるのは有り難いけど……。

 お水へのコメントが、飲んだらすぐ帰れって言ってるように聞こえるんですけど……。


「お腹いっぱいになったら、昼食代がタダになりますよっ」


 その前にお腹壊さねぇか?

 飲みすぎだろそれ!

 つか、日に日にマイちゃんもアヤちゃんもきつくなってねぇか?!

 って……暖簾を仕舞ったとたん、今日もいろんな格好の客達が入ってくる。

 食材持ち込みが代金代わりって言ってたな。


「おーぅ、ここに来るの久しぶりだ……。はは、マスターも二人も相変わらず元気そうだ」

「あ、グラントさんだ、お久しぶりですっ」

「え? おぉー。お元気そうで何よりですー」

「お、グラントさん、久しぶりですね。大怪我でもしてしばらく寝込んでたんじゃないんですか?」

「ガハハ。マスター、面白れぇこと言うなぁ! ちょいとばかり出張してきたんだよ。その帰りの途中さ。で、手土産……でもいいんだが、ワイバーンの肉。もちろん血抜きしてるぜ。こいつで何か作ってくれるか?」

「ちょいと時間かかりますがいいですかね?」

「時間はたっぷりあるんだ。構わねぇよ。……お? ひょっとしてサワイか? お前も……相変わらず貧弱だな」


 なんだかんだ言って、俺もマスターたちばかりじゃなく、異世界の人からも馴染まれちゃってる気がする。

 グラントって人は、大柄なワニの亜人。

 腰を曲げないと、カウンターの向こうの厨房にいるマスターを見れないくらい。

 この店の椅子は、どの席もかなり大きめだ。

 もちろんこの人も、冒険者、らしい。

 椅子もテーブルも、そんな体格の人達が多く来るから全てその人達のサイズに合わせてる。

 だからこっちの世界の常連客からは、大きすぎないか? とよく言われた。

 けど、満席になっても隣の客とすし詰め状態にならずに済むから、いつでもゆったりした気分でいられる。

 言い忘れてたが、この店が異世界の人達も来ることを知ってる常連客は、俺だけ。


「言うほどじゃないですよ……。体格は平均位ですよ」

「もっと食って、運動しねぇとでかくなれねぇぞ? ガハハハ」


 どこかで聞いたようなことをまた言われる。

 つか、言うことはみんな同じってのも、何か体格の基準とかあるのかね。


「グラントさんみたいには大きくなれませんよ。種族の特性ってとこじゃないですかね」

「そりゃあるかもなあ。んじゃマスター、頼むよー」

「はいよー」


 いくらでも待つ。

 それだけマスターの料理が気に入ってるってことだよな。

 機嫌良さそうだし。

 まぁこの店で不機嫌そうにしてる客は見たことがない。


「はいよ、お待ち。ところでおめぇ、ちょっと試食してもらいてぇんだが」

「試食? また賄い食だろ」

「おう。今度はタダでいいぜ」


 そりゃ有り難い。


「これなんだがな」


 さらにおにぎりが二個。

 見た目、塩おにぎりか?

 海苔を巻いてないおにぎりを見ると、ついそう思っちまう。


「具だくさんなんだよ。食ってみ?」


 試食ってんだから、感想はほしいんだよな。

 先にこれ、食ってみるか。


「そう? んじゃ……いただきます」


 一口、二口と食べてみる。

 塩が程よく効いてる。

 ここの店の塩は、食塩じゃない。

 容器の出口をガリガリとした手ごたえを感じながら捻り、削りながらかけるタイプ。

 岩塩なのかな。

 余計な調味料が混ざってない、塩そのもの。

 俺は追い飯を食う時には必ずそれをかける。

 純粋な塩味が、全体の味を引き締めてくれる感じがして、それが何とも言えない味わいになるんだよな。

 このおにぎりにも使ってるみたいだ。


「うん……美味いよ。けど……」

「けど?」

「具……ないよ?」

「入れたよ?」

「……全部白いご飯だね。外側、何となくべたべたしてる感じするけど……」

「何が入ってるか分からない?」

「何も入ってないよ? 入れたと思い込んだんじゃないの? 何入れたの?」

「コシヒカリ」


 ……はい?


「コシヒカリ? えーと……俺の記憶によれば、それはお米の種類だと思うんだけど」

「悲しいことに、俺の記憶と一致してる。悲しいな」


 悲しがる場面じゃないでしょ!

 どゆこと?


「何でそこで悲しがる。つか……外側も……つか、全部その米でしょうが」

「違うよ? 外側はあきたこまち」

「はい?」

「だから、あきたこまち」


 あきたこまちも……お米の種類だよな。


「えーと、つまり……」

「あきたこまちのおにぎりの具を、コシヒカリにしてみた。どうだ?」

「ただの塩おにぎりじゃねぇか! 具だくさんって聞いて期待したのにっ」


 塩おにぎりとして食うなら、それなりに美味いよ?

 けどそれって、試食してもらうほどのことか?


「でも外側、みょうにべたべたしてたよ。匂いは新鮮なお米の香りだったし、悪くない味だったけど、大丈夫?」

「外側をノリで包んでみた」

「海苔? これのどこに海苔がある?」


 皿の上に残った一個を見る。

 食べたおにぎりと同じ形、大きさ、色。

 海苔なんてどこにもない。


「ご飯を潰して練って」


 ちょっと待って。

 それって……。


「それ……文具屋さんで売ってるチューブ式のノリ……」

「うん、それみたいな感じの糊状態」


 手間暇かけて、作って、さらに俺に試食させるって……。


「あんまり評価は高くなさそうだね?」

「……うん、試食するまでもないよ。賄い食とするなら、それは好きにすればいいんじゃないかな……」

「じゃ、没で」


 ぅおいっ!

 味わったのは、おにぎりの味じゃなくて……マスターの嫌味じゃねぇか、これっ!

 つくづくマスターの言うことも行動も、異次元すぎる。


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