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二話

 今日も俺は、すっかり行きつけとなったキッチンほふほふに、いつもの時間に入店する。


「……いらっしゃい、どうぞお好きな出口へ」

「腹減って来てんのに、いきなり出口に誘導されても」


 営業時間終了ギリギリに入ることになっちまうのは、これ、ほんとに避けようのない事情がある。

 ほかに外食できるところはなくはないんだけど、地元の人の自営業の店でこの時間に営業してるとこ、ないんだよ。

 夕方の時間に向けての仕込みに入ってんだろうからなぁ。


「ったく……。で、何食うんだ?」

「お水お持ちしました。はい、こちら、メニューです」


 不機嫌なのはマスターだけ。

 店員のアヤちゃん、そしてマイちゃんはいつも優しく対応してくれる。


「あ、ありがと。えーと……あれ?」

「おい、アヤ。そいつにメニューなんか見せたって、注文はどうせいつもと同じもんだろうが。見せるだけ労力の無駄だ」

「はい。なので、無地の画用紙を見てもらってます」


 おい。

 道理で何も書いてないはずだよ!

 優しいのは言葉遣いだけだった!


「あ、あのさぁ、アヤちゃん……」

「マスター、明太子ときのこのスパゲティ普通盛りで一つ、こちらのお客さんにお願いしまーす」

「あいよー」

「ちょっとマイちゃん! 注文先回りすんなよ! 確かに好きだけどさぁ! 別の注文してたらどうするつもりだよ!」

「え? 普通に食べますよね?」

「え?」

「食べますよね?」


 そのにっこりした顔で、同じこと繰り返すの止めてくんない?

 無言の圧力と同じくらい怖いから。


「あ、あのさ、流石に二人分とか無理だか」

「食べますよね?」


 あ、あのさ……。


「食べますよね?」


 何でアヤちゃんまで加わってくるの?!


「「食べますよね?」」


 怖いっ!

 二人とも可愛いけど、怖いからっ!


「食べろ」

「マスター! 何あんたまで乗っかってくるんだよ!」


 まったくこの店はほんとにっ!

 と、ドアベルが鳴って客が入ってきた。


「いよう、マスター。今日はワイルドベアーを解体して持ってきたんだが」

「解体済み? 血抜きは」

「して来たぜ。持ち込み、いいんだよな?」

「あぁ、アヤちゃん、頼むわ」

「はーい。モルガーさん、お手伝いしますね」

「おう、頼むわアヤちゃん。お? サワイも来てたか」

「ど、どうも……」


 モルガーなる男は、上半身がほぼ裸で、頭は短いモヒカンカットの体のでかい親父だ。

 もちろんよその世界の……人間だね? うん。

 そいつは、自分の腕二本分くらいの太さにその腕の長さくらいの肉を持ち込んできた。

 ということは……。

 アヤちゃんが暖簾を仕舞ってた。

 もうそんな時間か。

 そしてよその世界から客が来る時間になったってことだ。


「おめぇも食ってみるか? ワイルドボアー。食い応えあるぜー?」

「い、いや、俺はいいっす……」

「何だよ、若ぇんならどんどん食わにゃ、丈夫な体になれんぞお?」


 いや、俺はこの世界の普通の人間のままでいたいし。

 他所の世界と深く関わって、元に戻れないなんてことになっても困るし。


「モルガーさんよ、そんなに期待されても困るんだがな」


 調理中にマスターがこっちに声をかけてきた。

 助け船出すような人情派じゃないはずなんだが。


「こっちゃあ、ただ、肉を焼きながら塩コショウふっかけてるだけだぜ? 料理と言えるかどうかは微妙だな」

「けどその調味料って奴も、ほかの店にはなかなかないんでな。せっかくの食材も台無しにしたくねぇしよ」

「この店でなきゃ出ない味ってんなら、まぁ悪い気はしねぇけどな。……よし、マイちゃん、適当に切って盛り付けて出したげて」

「はーい」


「マスターも食ってみな。きっとうめぇぞ!」

「あ、お気遣いなく。二切れ程食ったから」


 無許可で客が持ってきた食材食うなよ。

 つか、それでもいいのか?


「美味かったろ? 上質のところ持ってきたからな。他の部位は別の店に持ってったけどよ」


 ここに来る客は、みんな上機嫌で入ってくる。

 それだけここが気に入ったってことなんだろうが……。

 と、またもドアベルが鳴って、別の客が入ってきた。

 男女の二人。

 確か男の方は、ワイトとか言ってたかな。

 ドワーフとかっていう種族だったかる

 女の方は兎の獣人族だな。

 ミーナ、だったかな。

 この二人もしょっちゅうこの店で見かける。

 そして例に漏れずこの二人も、鎧か何かを身に着けてる。

 よその世界じゃ、そんな恰好の職業が人気らしい。


「マスター、この鳥調理できる? 血抜きはまだなんだけど……」

「そりゃ勘弁。処置まではここじゃ無理だ。持って帰ってくんねぇか?」


 ついさっき仕留めたばかりって感じの獲物だな。

 生々しいったらありゃしねぇ。


「えー? ダメかぁ……。あ、サワイ君じゃぁん。……これ、持って帰らない?」

「いえ、お断りします……」

「何よお、無愛想は嫌われるぞお?」

「あなたの彼氏に睨まれたくはないので……」


 多分恋人同士だと思う。

 男の方はずっと無言だな。

 ……って、そうじゃなく。

 料理のプロですら、仕留めたばかりの食材の処置ができないってのに、何で一般人の俺なら何とかできると思ってんだ?!


「お? ミーナじゃねぇか。てことは、そっちはワイトか?」

「……モルガーさん、ども」


 顔見知りっぽい。

 まぁ話によれば、よその世界でも店の構えは同じらしいから、同じ地域に住んだり働いてたりする人達が来ることが多いってことなんだろうけども。


「モルガー、これ、持って帰らない?」

「もらえるもんならもらうが……ここで食いたかったのか?」

「うん。ついさっき仕留めたばかりだから……」

「じゃあ俺が処理してやるか。マスター、外でならいいだろ?」


 毛をむしったり血抜きしたりするらしい。

 見てみたい気はするが、そっちの世界の人にとっての俺は、やはりよその世界の人間だから、この人達が言う外の様子は俺には見ることはできない。

 逆に、この人達が俺の世界に足を踏み入れることもできないんだよな。


「あんまり汚すなよ? それと血の臭いがとれなくても文句言うなよ?」

「おう。んじゃ急いで済ませちまうか」


 出たり入ったり、実に賑やかなことだ。

 その間にも、客が何人か入ってくる。


「サワイさん、お待ちどうさま。明太子ときのこのスパゲティですよ。追い飯すぐ出します?」


 客が多くなってきたら、そんな細かい注文を聞いてくれる余裕があるかどうか。


「そうだな。お願いしようかな」

「おう、ところでちょっと協力してほしいんだがな」


 いきなりマスターが横から口を出してきた。


「協力?」

「おぉ。新しいメニュー考えたんでな。試食してもらえると有り難い。あぁ、売値の半額……いや、四分の一くらい貰いたいところだが。二百円くらいか?」


 それくらいなら構わないな。


「うん、量も多くなきゃ貰おうかな」

「おう。はい、どうぞ。丼物だけどな」


 確かに見た目は丼物だ。

 ただ、器が小鉢なのが、何となく可愛らしく思える。


「さっきのもらった肉、量が結構あってな。限定品で出してみようかとな」

「ふーん。とりあえずいただきます。……あ……これ、美味しいな。肉は……照り焼きっぽいな」

「まぁな。詳しいことは企業秘密だ。おめぇが美味いっつーなら本格的に作ってみるか」

「いつメニューに出すの?」

「ん? 出さねぇよ?」


 メニューに出さない?

 なのに新しいメニュー考えたって言ってたよな。

 どういうこと?


「じゃあ何のために作ったの?」

「俺らの賄い食用にな」


 ……ちょっと待て。

 賄い食に売値つけて、その四分の一でも金払うっての?


「ちょっとマスター?」

「何だよ?」

「賄い食ってことは、マスターとアヤちゃんとマイちゃんだけが食うんだよな?」

「当たり前じゃねぇか」

「なのに値段をつけるって……」

「お前、客だろ?」

「客だな」

「なら問題ねぇじゃねぇか」

「問題、ないですね」

「ないわよね」


 いや、アヤちゃん、マイちゃん、あのさ……。

 異次元なのは、店とマスターだけじゃなかったか。


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