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Magical binary system  作者: 最上葉月
8/27

七日目 寄り道と回り道


 広野を行く、私たちパーティ。

 まあパーティと言っても、私とチャルのふたりだけだったが。

 温泉があった村を出てから数日歩いて、私たちはやっとの思いで次の目的地でもある町の近くまで来ていた。

 いくらチャルの魔法で体力面をなんとかしているとはいっても、さすがに野宿が連日続くと嫌になってしまう。はやく町について宿に入りたい。


「はあ、歩きってやっぱり時間かかるよね、乗り物とかあればいいのに、ラクダ的な」

「そうだねぇ、なんでラクダ?」

「なんとなく」


 時間かかるのが嫌ならチャルの魔法でちゃちゃっと空間転移すればいいじゃん、と思ったが、そう言っても「それはダメ」と言われるだけだろう。チャルのこだわりはよくわからない。


「あ、町が見えてきたよ」


 やっと、次の目的地である町が見えてきていた。今日はけっきょく、特別面白いこともなく、一日中歩きっぱなしだったなあ。まあ、そういうのもチャルとふたりならいいものかも。


「やっぱり今回の町は結構大きいぽいね」

「へぇ、面白いものとかあるかなあ」


 地球は宇宙から見るとちっぽけなように見えても、やはり私たち人間のスケールから見れば十分すぎるほどに大きい。私たちが絵本のなかにも見たことないような面白いものだってあるかも知れない。


 そんな淡い期待を胸に、私たちは町のなかへと足を踏み入れた。


「わぁー」

 

 つい、そんな間の抜けた声が漏れてしまった。

 町に入ってまず驚いたのは、とにかく人が多いことだ。お祭りでもやっているのかと思った。

 聞いていたとおり、そこはとても大きな町で、たくさんの人が歩き回っていた。それだけでなく、町の中には所狭しとたくさんの建物が立ち並んでいた。さらに、町の真ん中のほうには時計台のようなものまで見えた。


「わー、すごいね、リリスちゃん」

「うん、すごい、こんな栄えてるところはじめて来た」

「いろいろ、お店とか回ろうよ」

「うん」


 ここから周りを見渡すだけで、いろいろな店が目に入る。どうせ今日はこの町で一泊するつもりで、急ぎでもないので、私たちは適当にお店を見て回ることにした。


「いろいろあるね」


 ゆるゆると歩きまわりながら、町の中を物色する。


「あ、ここ入ろうよ」


 チャルが一番最初に目をつけたのは武器防具屋だった。しょうじき私たちが買うようなものは何もなさそうだが……。旅と言ったらまずここしかないでしょ! みたいな感覚だろうか。


「みてみて、リリスちゃん、鋼の剣だって」


 店に入ってまず最初にチャルはそれに目をつけたらしい。


「ほしいの? チャルだと重くてもてなそう」


 チャルはこの歳の女の子にしても小柄なので、こんな重そうな剣はとても持てなそうだった。


「ほしくはないけど、でも、この剣で殴って魔物倒すなんてすごいよね」


 確かにそうだ。武器が売っているということは、人間同士で争うわけでもあるまいから、これで魔物と戦っている人間が少なからずいるということだろう。しょうじき、今まで見てきた魔物を思い返してみると、己の身体能力だけで太刀打ちできるとは想像もできない、世の中には凄い人もいるんだなあ。


「じゃあこれは?」


 次に、チャルは盾を指さして言った。盾というと聞こえはいいが、言うならばただの金属の分厚い板だ。こんなものチャルはもちろん私も持てない。


「重そう」

「そっかぁー、おしゃれだと思ったのに」


 チャルは少ししょんぼりした様子だった。しかし、チャルのおしゃれの基準はどこにあるんだろうか。


「それに、チャルが守ってくれるでしょ? だから要らないよ」


 私がそう言うと、チャルはあからさまににんまりとして「そっかぁ」と言った。嬉しそうだった。こんなにわかりやすい生き物も珍しい。

 そしてけっきょく、私たちは何も買わずに武器防具屋を出た。ただの冷やかしだった。


「じゃあ次ここ行こ」


 チャルが次に目をつけたのは洋服屋だった。まあさっきよりは私たちのような女の子ふたりで入っても大丈夫そうな感じの店ではあるかな。

 私は一応、しばらく旅をするということで、比較的動きやすく軽めの格好をしてきたが、チャルは何も考えてなさそうな普段通りの私服だったので、これはいいのかもしれない。


「いらっしゃい」


 私たちが店の中に入ると、お店の人ににこやかに挨拶をされた。お店の人に挨拶されると、すこし冷やかしをしにくくなる。

 そんな店員を横目に、お店の中を見渡す。いろいろな種類の服が隙間なく並んでいた、中には私の町では見たことがないようなものもいくつもある。


「わぁ、凄いね、チャル」

「うん!」


 私たちの故郷の町じゃ考えられない品揃えだ。これがいわゆる都会というやつなのかな。


「これ見て、リリスちゃん似合うんじゃない?」


 いつの間にか握っていた手を解いていたチャルは、売り物の服を私のシルエットに重ねてそう言った。


「うーん、私のもいいけど、買うならチャルのにしようよ、それいつもの私服でしょ?」

「えー、リリスちゃんの買いたいのに」

「それは、また今度ね」

「私のって、どんなの?」


 うーん、どんなのがいいんだろう。魔物と戦うことを考えると鎧的なのもありなのかな、と思ったが、チャルが鎧なんて着たまま歩けるとはとても思えない。それ以上に、チャルに触れられるような魔物がいるとはとても思えない、チャルの視野の広さは異常だし、防御はチャルのお家芸みたいなものだ。そして何より、チャルに触れるなんて私が許さない、チャルに触れようとする不届き者は私が魔法で粉微塵に消し飛ばしてやる。

 いやいや、待って、話がそれている。

 うーん……でもまあ、普通に考えれば、かわいいチャルにはかわいい服を着せるのがもっとも妥当というものだろう。


「うーん、かわいいの?」

「かわいい服だと、いつものとあんまり変わらない気がするけど、まあいいか。じゃあ、リリスちゃんちょっと選んでよ」


 チャルに着せるかわいい服を選ぶのってものすごく難しいんだよね、いつも迷う。というのも、チャルっていう存在があまりにかわいすぎて、いろいろ服を着せてもみても、全てが「似合う」の一言で終わってしまうのだ。似合う似合わないを判別するのは簡単だけど、似合うとすごく似合うを判別するのは意外と難しかったりする。

 そして、いつもそう、いろいろと迷っているうちに、けっきょく何もわからなくなってしまうのだ。



***


 けっきょく、数十分チャルに似合う服はないか探したが、何も見つからず、そのまま店を出た。わかったのは大きな町にある大きな服屋に売っているような服であろうと、チャルのかわいさを前にしたら、服のかわいさなんてしょせん無視できる誤差しか与えないということだ。似合う服が見つからなかったというよりは似合わない服が見つからなかったと言ったほうが正しいと思う。

 とはいえ、何も買わないのもあれなので、おそろいの小さなリボンの髪飾りをひと組だけ買った。チャルの金色の髪につけてあげるととても似合っていてかわいい。まあ、こんなもんでいいかな。お金は共同だから別に私が買ってあげたというわけでもないけど、チャルがとてもよろこんでいるからこれでいいかなと思う。

 私もチャルに髪飾りをつけてもらった、おそろいっていうのはやっぱりいいよね。


「じゃあ、こんどあっち」

 

 またしてもチャルが何か見つけたらしく、私の手を引く。

 しかし、本当にたくさんのお店やらなにやらがあってすごい。私が見たことないようなものを売っているお店もたくさんある。世界は広いんだなあ、これは旅に出て、自分の目で見て確かめないと、本当にはわからないことだと思う。



***


 町に到着してから数時間くらいたっただろうか。貧乏人の私たちはいろいろな店をデート気分で冷やかして、少し疲れたので、町の角にあったベンチに腰をかけて休んでいた。


「いろいろ見たねー」

「うん、チャルはまだみたいのある?」

「うーん」


 空はもう赤く染まっていた。私たちは子どもなので、できる限り暗くなるまでに宿に着いておきたい、夜はなにかと物騒だっていうし。

 しかしいっぽうで、この町をもっとふたりで見て回りたいという気持ちもある。


「じゃあ、最後にあのお店見ようよ」


 チャルが指を指して言った。


「なにあれ、宝石屋……?」


 チャルが指を指したほうを見ると、町の隅っこにひっそりと、なんとも怪しげな雰囲気をした建物がぽつんと佇んでいた。その建物には宝石屋と書かれた小さな古ぼけた看板が掲げられていた。

 最後に回るお店のチョイスがあれというのもなんとも。


「いらっしゃい」


 私たちがおずおずと店に入ると、店員らしきお婆さんに声をかけられた。かなり歳のとっている感じで、この店の怪しげな雰囲気と絶妙にマッチしていた。


「チャルって宝石なんて興味あったっけ?」

「少しね」


 店内には見たこともないような、綺麗に輝いた宝石やレアメタルなどが並んでいた、指輪やネックレスなどのアクセサリーの類も少しあったし、なぜか剣のようなものも置いてあった。宝剣だろうか?

 中は狭くて薄暗く、お香を焚いているような、変な匂いが漂っていた。

 私たちが店の中を物色している間、店員のお婆さんの目線をずっと感じた。もしかして、お金がないのがバレたのだろうか。そもそも宝石屋は子どもが入るようなところではないという尤もな意見もあるが。


「あなたたち、この町のものではないね? 旅の者かい?」


 宝石屋のお婆さんは椅子に座って頬杖をついたまま話しかけてきた。


「あ、はい、そうです」

「ふぅーん、まだ子どもなのに、大変だねえ」

「いえいえ……」

「……」


 返事をせず、私たちをじろじろと眺める。


「あなたたちはお友達かい?」

「あ、はい」

「いや……嘘だね。あんたたち、恋人同士だろう」

「え」


 え。びっくりした。チャルも反応したようで、ぴくっと肩が動いた。


「どうして、そう思うんですか?」

「見ればわかるんだよ、この歳になるとね」


 この歳になると見ればわかる、本当だろうか。このお婆さんがすごいだけの気もした。


「あんたたち、いくつだい?」

「13です」

「ふむ、13……結婚しててもおかしくはない歳だね」

「はぁ……」

「どうやら、まだ結婚はしてないみたいだが、考えているかい?」

「一応、そろそろしようかなって、思ってますけど……」


 一応というか、私たちにとってこの旅の一番の目的は、魔王をして世界を平和にすることなんかではなく、そのご褒美として私たちの結婚式を挙行することにあった。


「やっぱりね」


 やっぱり。何がやっぱりなのかはわからなかったが、お婆さんはそう言った。これも、見るだけでわかったのだろうか。

 そんな疑問が浮かぶも、それ以降、お婆さんは何も言わずに黙っていた。

 沈黙の気まずさから目のやり場に困り、つい店内を眺めてしまう。すると、ショーケースに飾ってあった指輪が目についた。


「えっと、あの、結婚するときって結婚指輪とか必要ですよね……?」

「ふふふ、それはもちろん」


 お婆さんはまたしても、それを予期していたかのような反応だった。


「うちでも指輪は扱ってるけどね、いいのあるかしら」


 確かに、このお店には指輪やアクセサリーの類もいくつか置いてある。しかし、どれも高価そうだ、少なくとも、私たちのような子どもが手を出せるものではないだろう。


「えっと、私たちあんまりお金持ってなくて」

「は、でしょうね。私だってあんたたちみたいな子どもがうちで買い物できるなんて思っちゃいないよ」

「ですよねー」


 私は、ちょっとほっとした。


「でも、あんたたち、ただの子どもじゃないだろう」

「え?」


 え、自分ではただの子どもだと思ってたけど、どういうことだろう……。いっしゅん混乱したが、すぐにその言葉の意図はわかった。


「あんたたち、魔法使いだろう?」


 ああ、そういうこと。しかし、なんでわかったんだろう。魔法使ったわけでもないし、格好ではわかるはずないのに。


「あ、はい。よくわかりましたね」

「見ればわかるんだよ」


 さっきから、このお婆さんはすごく鋭くて驚く。人生経験が豊富だと見るだけで魔法使いかどうかもわかるのか。


「そんなあんたたちにいいこと教えてあげよう、せっかくの結婚指輪だから、特別なものにしたいだろう?」

「いいこと?」


 いいこととはなんだろう。でも、結婚指輪を特別なものにしたいという気持ちはある。ずっとだんまりだったチャルも、これを聴いたときは「うんうん」といった調子で首を縦に降っていた。


「この町から北に少し行ったところに森がある、その森の奥には古代遺跡がある。そして、その遺跡の最深部には"オリハルコン"と呼ばれる超貴重な金属が眠っているとされている」

「へぇ……」

「まあ、その遺跡には普通の人は入ることは出来ないんだがね、あんたたちなら入れそうな気もするよ」


 普通の人は入れない……どういう意味で入れないのかはわからないが、そもそも勝手に入っていいのだろうか。


「もし、そこからオリハルコンを持ってこれたら、それを指輪にしてあげよう。もちろん、本来は材料費以外にもお金をとるけれど、なぜだかあんたたちのことは気に入ったから、他は無料にしてあげるよ」

「え、ほんとうですか?」


 わお、なんという太っ腹。


「チャル、どうする?」


 チャルの応えは分かっていたが、私はあえて聞いた。


「行く」

「えと、行くことになりました」

「ふふ、じゃあ、お気をつけて」


 そう言われて、私たちは店を出た。

 そんなわけで、私たちは次の寄り道先を決めたのだ。寄り道ばっかりしてるけど、こういうのが旅の楽しさでもあると思う。はやく魔王を倒せという意見も一理あるけど。

 しかし、思い返すと最初から最後まであの宝石屋のお婆さんにうまくのせられた気もする。あちら側になんのメリットがあるのかは知らないけど。



***


 宿についた私たちふたり、ダブルの部屋は比較的安くて助かる。ひとり用の部屋にふたりで入ってもいいですか? と聞いたけれどそれは断られてしまった。子どもといえど、さすがにそこまでのサービスはしてくれないか。

 残念ながら、その日はもう日が暮れていたので、例の遺跡に行くのは明日にした。それにしても、大丈夫だろうか、いろいろと。


「チャル、明日ほんとに行くの?」

「もちろん、だって指輪ただで作ってくれるんだよ? しかもオリハルコンだって! なんかすごそう!」

「なんかすごそうって……まあたしかにそれは魅力的だけど……あの宝石屋さん大丈夫なのかな、なんか怪しくなかった?」


 しょうじき、私から見たあのお婆さんは最初から最後までかなり怪しげな雰囲気だった。お店自体もかなり怪しげだったし。


「うーん、たしかに怪しげではあったけど、悪い人じゃないよ、たぶん」

「そうなんだ」


 そうか、まあ、チャルが言うならそうなんだろう。

 私はチャルを信じて、明日遺跡の探索をすることに決めた。

 しかし、チャルが言うなら間違いない、なんて考え方はどうなんだろうか。自分の意思はないのかと言われてしまいそうだが、実際いままでこれで判断を誤ったことがないから、まあいいのだろう。



***


「おはようございます。ゆうべはおたのしみでしたね」


と宿屋のおばさんに言われた。おたのしみとは昨日遅くまで起きてトランプをしてはしゃいでいた事への嫌味だろうか。

 けっきょく、昨日は今日の予定について少し話をしたあと、夕ご飯を食べ、その後は寝るまでずっと、ふたりでおしゃべりをしながらトランプなどをして遊んでいた。

 そして、今はチャルも起こして、私たちは昨日言われた遺跡に向かおうとしていた。ちなみに遺跡への地図と、いくつか役立つ情報が書いてあるらしいメモを例の宝石屋のお婆さんから受け取っていた。昨日初めて会ったのに、親切だなあ。だが、その親切さが、逆に怪しく感じてしまう。まあ、チャルが言うから大丈夫なんだろうけど。

 宿の外に出てみると、朝からこの町は賑わっていた。故郷の町もそこそこ栄えているほうと思っていたけれど、この町ほどではないな。こんな朝はやくなのに、道に人が溢れてるんだもん。みんな早起きしてて偉い。チャルも少しは見習ってほしいな。


 私たちはそんな賑やかな町に背を向けて、もらった地図を頼りに、次の目的地である遺跡を目指して出発した。




To be continued.




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