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Magical binary system  作者: 最上葉月
7/27

六日目 ただのピクニックですね


 なんとなく、次の目的地に向かって歩く私たちふたり。塔の魔物を討伐した私たちは、温泉に浸かり身体を癒やし、一泊したあと、村長さんにもらった地図を頼りに次の目的地に向かって歩いていた。

 しかし、もうお昼を回っているにもかかわらず、私たちはまだ村があった森を出れずにいた。

 この森はかなり深いようで、辺りを見渡してみても、巨大な木々たちが、太陽の光がほとんど入ってこないくらいに密集して立ち並んでいるのが見えるだけだった。


「なかなか、森から出られないね」

「うん、でも方向はあってるから大丈夫だよ」


 私は若干方向音痴気味なところがあるが、チャルがそういうなら大丈夫だろう。

 それに、私は太陽の光に当たるのがあまり好きではないので、森の中の方が少し嬉しかったりもする。空気も美味しいし、落ち着く。

 ところで、私の隣にいるチャルは、なぜだかやたらとにこにこしていた。この旅が始まってからというもの、チャルはだいたいいつもにこにこしている気がする。何がそんなに楽しいんだろうと、疑問に思うくらいに、にこにこしっぱなしだった。

 しょうじきあまりにもかわいいから、今すぐ抱きしめて頭を撫でたい。


「チャル、なんかいいことあったの?」


 私は思った疑問を直接聞いてみた。


「え?」

「なんかずっとにこにこしてるから」

「え、私そんなずっとにこにこしてる?」


 自覚がなかったとは驚いた。


「うん、してるよ」

「まじかぁ……まあでも、私はリリスちゃんといっしょにいるときはいつも楽しいよ」


 はにかんだような笑顔を見せて、チャルは言った。

 そんなことを目を合わせて直接言われると、私はなんというか”うっ”っとなる。


「リリスちゃんも楽しいでしょ」


 チャルは、私はリリスちゃんのことなんでもわかっていますと言わんばかりに、ほとんど決めつけるように言った。

 もちろん私がチャルといっしょにいて楽しくないわけはないのだが……。というかまさか、チャルって人の心読んだりできたりしないよね、透視もできるとか言ってたしありえなくはない気がする。

 まあ、心を読まれても対して困ることはないが、少しだけ恥ずかしいかもわからない。


「うん」


と、私が肯定的な、嘘偽りのない返事をすると、チャルは満足したようで、また前を向いて歩き始めた。


「ところでさ」


 数歩歩いて、すぐにチャルが言った。


「なに?」

「リリスちゃん気づいてる?」

「え、な、なに?」


 私は何のことを言っているのかすら、全然わからなかった。


「なんか、周り囲まれてるみたいよ」

「え?」


 そう言われて私が周りを見ると、何かが物陰にサッと隠れたような気がした。


「なにがいるの?」

「まあ魔物? かなりの数いるみたい」


 わお、全然気づかなかった。

 というかチャル、よく魔物に囲まれてるのに気づいていながら、あんなのんきな会話をしていたものだ。

 

「全然気づかなかった」

「まあ、リリスちゃん鈍感だもんね」


 え? 鈍感と言われるのは遺憾だけど……まあ、いまはいいや。


「目的はなんだろう、敵意があるのかないのかよくわからないなぁ」

「倒したほうがいいのかな?」


 敵意がない魔物というものがいるのかどうか私は知らないが、もし敵意がないなら別にほっといても良い気がする。もしかしたら、人間が珍しくて観察してるだけかも知れないし。

 辺りを見回してみると、たしかに私の周りを囲む木々の裏からちょこちょこと魔物たちの影が見え隠れしているのがわかる。確かにかなりの数がいることは間違いないぽい。


「チャル、どうすればいい?」

「うーん、じゃあちょっと私がなんとかする」


 そう言うと、チャルは立ち止まって周りをぐるりと見回した。


「100匹くらいかな」


 そう言うと、チャルは両手を上に広げて言った。


「ナイトメア」


 チャルがそう呟いてから数秒後、魔物が木の上からどさどさと落ちてきた。


「え、チャル何したの?」

「眠らせたんだよ。一応、ストーカーのバツとして悪夢をおまけしてね」


 はぁ、チャルはそんなこともできるんだなあと感心する。

 チャルの魔法のレパートリーはものすごく広い。私もよく知らないから、ほんとに何でもできるのでは? と疑ってしまうほど。

 魔物を対処して、何事もなかったかのように私たちは再び歩き出した。まだまだ、森の出口が見えることはない。


「チャルってさ、魔法でどこまでできるの?」


 私は単純に気になって聞いてみた。


「うーん、どこまでと言われても。生き物を眠らせることくらいならできるけど」

「でも、火起こしたりはできないよね」

「うん、リリスちゃんができる魔法は私はできないの。逆もね」

「そういえばそうだよね、何でだろ」


 そう、何故だかわからないが、私とチャルの両方ができるような魔法というものはないらしい。私は人を眠らせたりできないし、空間を操ったりできない。チャルは火を起こしたりできないし、水を凍らすこともできないのだ。


「うーん、なんか、全部の魔法が私たちふたりに分割されてるみたいね」

「え? どゆこと?」


 私が聞くと、チャルは少し考えてから口を開いた。


「つまり、私たちの魔法の原点は賢者様にあるんだけど、その賢者様が使ってた全ての魔法が私たちふたりに分割された? みたいな」

「なるほど?」

「だから、この世界には、私たち以外に魔法を使える人間がいないでしょ? 多分だけど。ひとつひとつの魔法はユニークで、誰かひとりしか使えないみたいね」

「へぇ……じゃあ賢者様は私たちふたりの魔法が全部使えたの?」


 私はふと思った疑問を投げかけた。


「そういうことになるね。だから、賢者様の時代には世界で賢者様だけしか魔法を使える人がいなかったんじゃないかな」

「へぇー、そうなんだぁ、ちょっと羨ましいかも」


 私も、チャルの魔法とかちょっと使ってみたいなあ、と少し思った。


「まあでも、だいたいいっしょにいるから、どちらかが使えるならまあ困ることはないでしょ」


 たしかに、言われてみるとそうだ。

 たとえば、私がワープできなくても、チャルと手繋いでればいっしょにワープできるのだ。


「それに、ふたりでひとつのほうが、私は嬉しいかな」


 チャルはさらっとそんなことを言った。照れるけど、私もそう思った。ふたりでひとつってなんかいいよね? まさに私とチャルだなあと思う。


「私もそう思う……あ、でもやっぱり、チャルだけ透視できるのはズルじゃない?」

「私は、リリスちゃんが見たいって言ったら、いつでも私のなんでも見せてあげるけど?」

「それはそれで……」


 恥ずかしいやらなんやら。


「あれ……? でもそういえば、昨日会ったプラリーネとかいう魔物、魔法使ってなかった?」


 私はふと思い出した。昨日登った塔に住んでいたプラリーネとかいう魔物は、たしかに魔法を使ったはずだ。


「それねぇ……これはあくまで私の推測だけど、たぶん、奴が使っていた魔法は賢者様起源の魔法ではないんだと思う。たしか、賢者様が書いた本にも載ってなかったと思うし、私もリリスちゃんもあいつの放ったような魔法は使えないみたいだしね」

「なるほど、起源が違う……」

「ただの予想だけどね。もしかしたら、魔物側にも、魔法の起源的なものがあるのかもしれないね、知らないけど」


 へぇー、そうなんだぁ、と私はわかったフリをした。

 魔法って生まれたときからなぜだか使えたから特に意識したことなかったけど、なんかいろいろあるんだなぁ……。

 私は魔法とかいうよくわからないものより、数学とか科学とかのほうが好きで、そっちばっかり勉強してたりするんだけど、こんどチャルといっしょに魔導書でも読んでみようかな。ひとりじゃ読めないから、教えてもらって。


「あとどのくらいで森抜けれるの?」


 私が聞くとチャルは地図を開いて自分たちの場所を確認する。


「いまちょうど真ん中あたりぽい」


 しょうじき普通の人じゃ、こんな極めて一様等方に近く360度見回しても同じようなものしか見えてこない森の中で地図を開いたところで、自分がどこにいるのかもどこを向いているのかもわかるはずないのだが、チャルはわかるらしい。まるで人間コンパスだ。


「えぇー、まだ真ん中?」


 私の口からつい不満が漏れる。


「疲れた? 休憩する?」

「する」



***


「んしょ……」


 私たちは、近くにあったいい感じの岩に腰をかけた。しばらく歩いて疲れたので休憩だ。


「はい、リリスちゃん、ヒーリング」


 語尾にハートマークを幻視するほどチャルの声は甘い。

 その魔法で、私の身体に蓄積した疲労はお湯に溶かした砂糖菓子のように消え去った。


「ありがとう、チャル」

「どういたしまして」


 そう言ったチャルは、手を繋いだまま私との距離を詰めて、何故か私の方にもたれかかった。


「チャルどうしたの? おつかれ?」

「んー、リリスちゃんのこと癒してあげようと思って」

「え? いまチャルが回復させてくれたから大丈夫だよ?」


 ヒーリングを受けた私の身体は、ほとんど万全の状態となっていた。いまからフルマラソンもいけるくらい、いややっぱりそれは無理。


「身体的な疲労はいいけど、こうずっと歩いてると精神的にもくるものもあるでしょ、だから私がこうして癒してあげるってこと!」


 チャルは、言わせないでよ、というオーラをかなり込めて言った。まあ実際は、私を癒すためにくっつくというのは理由の半分で、もう半分は単に自分がくっつきたいだけなんだろうなあと思う。

 まあ本心がどうであれ、ありがたいことこの上ないことに変わりはないので、しばらくこのままでいさせてもらっちゃおうかな。

 

「落ち着く……」

「ふふ」


 チャルといっしょだとほんとうに落ち着く。

 いや、チャルとは物心がつく前からずっといっしょにいるので、いっしょにいると安心するというよりは、むしろいっしょにいないと不安になる、の方が近いのかもしれないな。


「やっぱり、森は空気が美味しいね」

「うん」


 森の空気が美味しく感じるのは何故だろう、空気なんて味しないし、ただの気のせいなのかな? まあでも、事実かどうかなんて今は大して重要じゃない。そういう気分になっているという事実が大切なのだ。


「あ、そうだ、お菓子でも食べようよ」


 チャルはそういうと、空中に指先で円を描いた、すると、その描かれた円の形の穴が空間にぽかりとあいた。


「クッキーあった」


 その穴に手を突っ込んで、チャルは缶に入ったクッキーを取り出してきた。いうまでもなく、穴の先はチャルの家である。


「食べよ」

「うん。ありがとう、チャル」


 チャルはクッキーを一枚つまんでかじった、表情からその美味しさが伺える。


「じゃあ、私も」

「あ、ちょっと待って」


 私がクッキーを食べようと手を伸ばすと、その私の手にストップをかけるように、チャルが制止した。そして「はい、あーん」と、にこにこしながら、食べかけのクッキーを私の口元に寄せる。


「えっと?」

「リリスちゃん食べないの?」

「食べるけど、自分で……」

「だめです」


 チャルはこう見えて頑固で、こうなったら私が折れるまで動かない。堪忍した私は、目の前にあるクッキーをぱくっとかじった。


「どお? おいし?」

「うん、美味しい」


 私が言うとチャルは嬉しそうに笑った。そして、用意していたであろうわざとらしい台詞を吐く。


「あぁー美味しそうなクッキー、私も食べたいなー」

「はいはい」


 私はクッキーを持って、チャルの口に持っていく。


「あ、あーん」


 チャルは私の手に持ったクッキーをぱくっと食べた。


「んー、美味しいー」


 ほっぺを押さえて幸せそうにクッキーを咀嚼するチャルを見ていると思う、やっぱり食事は、こういう仕合わせそうに食べる人といっしょにするに限るよね。何故だか、見ているだけで自然にこっちまで仕合わせな気持ちになってしまうのだ。



***


 けっきょく私たちは、クッキーだけでは飽き足らず、ミルクティーや他のお菓子まで持ちだして、のんきに森の中で、午後のティータイムを満喫したのだった。


「あー、美味しかった」


 チャルは満足そうに言った。


「なんかこのままお昼寝したい気分」

「気持ちはわかるけど、今寝たら野宿の回数が増えちゃうよ」


 はやいとこ次の町に到着して、ふかふかのベッドで寝たいのです。


「次の町はどんなところなの?」

「んー、なんか今度のはけっこう栄えてるみたいだね」


 栄えてるのか、私は端っこの国の生まれで他の町や国などにはほとんど行ったことがないので、少し楽しみだ。

 そうは思ったが、別に立ち上がるわけでもなく、ふたりともまだティータイムの余韻に浸ったまま座っていた。冬の日の朝、布団から出られないのと似ている。


「そういえばさ、さっきからなんか音聞こえない?」


 「え、そう?」と私。しょうじき、言われるまでぜんぜん気づかなかった。言われてから耳をそらしてみても私の耳にはぜんぜん音は聞こえなかった。


「私ぜんぜん聞こえない」

「リリスちゃん耳悪いもんね、なんか、呼吸音みたいな」


 チャルが良すぎるだけだって、と私は思ったが、言わないでおいた。


「ちょっと見に行こ」


 チャルはそういうと、私の手を握ったままスッと立ち上がった。私もよろよろとその重い腰を上げる。


「こっち」


 チャルに手を引かれて歩いていくと、だんだんと私にも音が聞こえてきた。それは確かに生き物の呼吸音のような音だった。近づくにつれてその音はどんどんと大きくなり、気づけばおよそ人間ではありえないような大きさになっていた。


「あ、あれじゃない?」


 チャルが先に気づいて声を上げた。


「おお」


 その呼吸音の正体はこれだった。そこには、遠くから見たら巨大な岩と間違えそうなくらいに大きい、爬虫類のようなものが眠っていた。


「これ、ドラゴン?」

「たぶん、私初めて見た」


 濃い緑色の鱗に覆われた肌からは、翼のようなものが生えていた。さらに、頭の上には、それだけで私たちの身長よりも大きい角がにほん生えていた。

 それはまさに、本で見るようなドラゴンそのものだった。


「おおー、すごい、大きい」

「なにしてるんだろう、こんなところで、倒したほうがいいのかな」


 私の中ではドラゴンといえば人間の敵というイメージだった。しかしこんなところで寝てるだけだし、いきなり攻撃するのもどうだろう。


「チャル、どうする?」

「うーん、まあ寝てるだけだし、ほっといていいんじゃないかな」


 それもそうか、のんきに寝ているだけなのに、いきなり攻撃されたらドラゴンもたまったものじゃないだろう。

 それにしても、こんな巨大な生き物がこの世界にはいるのか。こいつの目玉だけでも私の頭よりも大きそうだ。翼も生えてるし飛べるのかな、こんなものが空飛んでたら誰でも気づきそうだけど、私はいままでにドラゴンというものが飛んでいるのは一度も見たことがないから、そんなしょっちゅうは飛んでないのかな。背中に乗って飛んだりしたら楽しそうだと私は思った、空を飛ぶって人間の夢のひとつだもんね。いつか、そんなことができるようになるのだろうか、できるようになったらいいな。

 でも、私が前に読んだ本に、世界で一番大きい生き物は海に住んでいる魚だって書いてあった気がする。海にはこいつよりも大きい魚が住んでいるのかな、ちょっと、いやかなり、見てみたい。


「じゃあ、行く?」


とチャル。まあこいつを眺めていても目を覚ます様子もないし、日が暮れる前に次の町へ向かおう。


「うん」


 私たちはそのでかい生き物を背にして先へと進んだ。珍しい生き物が見られるのもこういう旅ならではのことだろう。

 私はまた、ほんの少しだけこの世界に詳しくなった。



***


 そのまましばらく森の中を歩いてゆくと、やっと森の出口らしきものが見えてきた。その先にはだだっ広い草原が、地平線の彼方まで広がっていた。


「やっと森を出れたね、がんばろ」

「うん」


 私たちは次の目的地を目指して、ふたりでその草原を歩き出した。次の目的地はまだまだ先のようだ。




To be continued.





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