三日目 最初の目的地
莫大な自然のエネルギーの象徴とも言える、太陽。太陽はいつも地球の周りを回転しているように見える、でもほんとうは私たちが太陽の周りを回っているらしい。
そんな太陽はいま、私たちの頭上、ほぼ真上にあった。いまはちょうど正午くらいかな。
そして太陽から目線を下ろすと、最初の目的地である村の入り口が目の前に見えた。ここまで来るのに数日歩き、やっとこの村に到着したのだ。最初の目的地ということもあり、かなりの達成感がある。まだまだ、旅は始まったばかりだけれど。
目の前の村はといえば、静かで鬱蒼とした森の中にひっそりと佇んでいた。その森の静けさと、真上にある太陽からの木漏れ日が相まって、とても神秘的な雰囲気を演出している。見た感じ、全く大きな村ではないけど、なんとなく好きになれそうな気がした。
「ようこそ、旅の人」
私たちが村の中に入ると、村の入口にいたおじいさんに話しかけられた。
「あ、どうもこんにちは」
とりあえず私は軽く会釈と挨拶をした。
「何の用事かはわからないが、旅の人はまずは村長に会うのがのが良かろう、案内するからついておいで」
「あ、どうもありがとうございます」
まず村長に会うべし、というのがなんとも、この村の規模の小ささを感じさせた。私たちの故郷の町に旅人が来ても、まず王様に会うのがいいだろうなんて言われることはないだろうし。
それにしても、親切なおじいさんがいるなあ……と少しだけ感動しながら、私はその人のあとをついて歩く。チャルは人見知りなので、さっきから一言も言葉を発していないが、ちゃんと私の手を握って私の隣か少し後ろくらいをついてきている。
案内の間、と言ってもそんなに大きな村ではなかったのでほんの少しの間だったが、おじいさんが少しこの村のことを説明してくれた。どうやら、この村は温泉が有名らしい。そう言われてみると、村の近くに来てから仄かな硫黄の匂いがしていた。温泉なんて入ったことないからちょっと気になる。でも、そんな時間はないのかな。
村長さんのうちにはすぐについた。案内をしてくれたおじいさんがドアをノックし、呼びかける。
しかし、返事はなかった。
「いないんですかね?」
「うーん、そんなことはないはずだが……」
そういうとおじいさんはドアを開け、勝手に家の中に入りこんだ。おじいさんが「ついておいで」と言うので、私たちも流れでそのまま後について行く。勝手に入っていいのかなとも思ったが、流れに身を任せた。
中に入るといくつか部屋があったが、おじいさんはそのなかのひとつの部屋の扉を開けた。
「ん、やはりここにおったか」
おじいさんの後に続いて私たちも部屋の中に入ったが、その部屋の中を見て私はなんとも言えない違和感を覚えた。
その部屋の真ん中には白く綺麗なベッドが置いてあり、そこには、おそらく私たちよりもひとまわりかふたまわり小さいと思われる、綺麗な顔をした女の子が横になって眠っていた。何に違和感を感じたのかは自分でもわからなかった。単に女の子がベッドで寝ているだけだ、さしておかしいこともないだろうに……。
あ、念の為に補足しておくと、もちろんここで、綺麗な顔をした、とはチャルと比べなければという意味である。
その女の子の隣には、ベッドに突っ伏している人がいた。おそらく、この人がこの村の村長なんだろう。
「村長さんや」
私たちを案内してくれたおじいさんが村長さんの肩を揺すり、呼びかける。
「ん……」
「旅の人が参られましたぞ」
「!」
おじいさんがそういうと、村長さんは私たちの方を向いて、目が合った。とりあえず、私は軽く会釈を返した。
「お、おっと……これは失礼、ここじゃあれだから、ついてきなされ」
村長さんはそう言うと膝に手を当てて立ち上がり、部屋を出て私たちを先導する。部屋にいた女の子が少し気がかりだったが、私たちは言われたとおりに村長さんについていった。
ついて行った先の部屋には、おそらく村長さんがふだん使っているだろうと思われる机があり、村長さんはそこに腰をかけた。ちなみに私たちを案内してくれたおじいさんは私たちを村長さんに受け渡してすぐに帰っていった。
「おほん。改めまして旅の方、私になんのようかな?」
「特別用があるってわけじゃないんですけど、少しお話を聞きたくて」
「そうか、なんでも聞きなさい」
「そうだなあ……」
聞きたいこと自体は色々とあるけれど、まず何から聞くべきだろう。
私がまず何を訪ねようか考えていると、右手の袖がひっぱられるのを感じた。チャルが何か言いたそうな顔をしていた。
「チャル、何か聞きたいことあるの?」
私はチャルに耳打ちで聞いた。すると、チャルはこくりと少しうなずいて、口を開いた。
「あの、さっきの部屋の女の子、村長さんの孫ですか……?」
「ああ、そうじゃが……それが何か?」
村長さんは、極めて平静に言った。
「えっと、聞きづらいんですが……あの女の子、生きてますか?」
「!」
チャルがそう聞いた瞬間、村長さんの顔に明らかな驚きが見えた。
それより、生きていますかってどうゆうことだろう、私には寝ているようにしか見えなかったけど……。
「……」
数秒間の沈黙の後、村長さんはやっと口を開いた。
「ああ、生きている、一応はな……」
「一応……?」
「ミラは、植物状態なんだ。そうなってから、もう数年が経つな」
「!」
ミラ、さっきの女の子の名前だろう。それより、植物状態とは……?
「何でまた……?」
つい聞いてしまった、こういうことは聞かないほうがよかったのかもと少し思ったけれど、もう遅い。
「この村の近くに塔があるだろう」
と、村長さんが言う。
そう、いままで少しも言及していなかったが、この村の近くには、雲に隠れててっぺんが見えないほどに高い塔が、天を突くようにそびえ立っていた。この村の近くに来た時からずっと見えていたが、あれは何なんだろう。
「あの塔は……プラリーネの塔というんだが、強力な魔物の巣になっているんだ。特に、その塔の一番上には、プラリーネという、一見人間の老婆のように見える、とても強力な魔物が住んでいる」
村長さんは事実だけをたんたんと述べるように、説明を続けた。
「その老婆のような魔物が、目的は全くわからないが、数年前、この村を襲った。そしてその時、私の孫は呪いをかけられ、それから一度も目を覚ましていない」
「なんと……」
やはり私たちが住んでいた町以外は、いきなり魔物に襲われることがあるのか。しかしそれ以上に、呪いなんて魔術的なものを使う魔物がいるということに、驚いた。
「えと、それで、その呪いを解く方法は皆目見当もつかないということですか……?」
「いや……」
村長さんは言った。
「これは、前にどこかの占い師に教えて貰ったことだが、呪いを解呪する方法は分かっている……。その、呪いをかけた老婆のような魔物がもつとされている、聖水。それを飲ませれば呪いは解けるらしい」
「……」
「しかし、その聖水を手に入れるには、魔物の巣であるあの塔に登らなければならない。ただ、見てわかるように、私はただの老いぼれだし、この村には、あの塔に登ろうなんて考える勇敢な若者などいない……いや、いたとしても……」
村長さんは少し俯いて言った。
「……はあ、チャル、いい?」
「うん、しょうがないな」
チャルはにこっと私に微笑んで、繋いでいた私の手を少し強く握った。
旅を始めてから最初の目的地だけど、いきなり少し長引きそうかな。まあ、順調に進めば楽しいってもんじゃないもんね。
「村長さん、その聖水とやら、私たちが取ってきてあげますよ」
さすがに、こんな話を聞かされて無視するほど私たちは冷たくはない。
「な、ほ、ほんとうに……?」
「はい、ただし、戻ってきたら、色々話聞かせてくださいね」
「ああ、もちろん……そんなことで良ければいくらでも……」
「あと」
会話に口をはさむように、チャルが言った。
「あと、温泉、タダで」
それを聞いて、私は少し破顔した。チャル、さっき案内してくれたおじいさんが温泉の話をしていたときはずっとだんまりだったくせに、実は入りたがってたんだ。
「あ、ああ、もちろんいいとも! 永久に無料にしてあげよう!」
「わーい!」
チャルは私の手を掴んだまま両手を上に上げて喜んだ。
「じゃあ、リリスちゃん、行こ?」
「な、今から行くのか?」
「んー、まあまだ正午ちょっとすぎたくらいだし、今日中に済ませちゃおうか」
「なんと……」
村長さんは驚いているのか呆れているのかよくわからない顔をしていた。そんな村長さんを背にして、私たちはその村長さんの家を出た。
To be continued.