89 私(レイン)にできることを
Side レイン
以前、鞍馬くんに相談したことがある。
小さい頃から引っ込み思案で、自分から積極的に動くことをしてこなかった私。
どんどん前に行く陽子ちゃんがうらやましいなって思いつつも、その後ろを付いて行く自分が居て。
最近は自分の魔法が魔物に通用するようになったお陰で少しだけ自信が付いてきたけど、それに安心して立ち止まってはいけない気がした。
でもずっとチャレンジとは無縁だった私には何をすればいいかが分からない。
そう彼に伝えたら、彼は嬉しそうな笑顔を浮かべてこう言った。
『人ってさ、いつの間にか自分を枠に嵌めてしまうよね。
自分は大人しい、無茶をしない、おやつは幾らまで、声の大きさはこれくらい、安全第一。
自分以外、誰も自分に強制できないのにな。
一度、そういう【自分の限界はこれくらい】っていうのを無視してさ。
後先考えずに全部出し切ってしまえばいいよ。
分かりやすい例で言うと小さな子供だな。
子供って全力で動き回って、電池が切れたみたいにパタンて寝落ちするだろ。
あんな感じだ』
『そんな簡単に出来たら苦労しないよ』
『そうか?
じゃあ、何があったら出来ると思う?
逆に、何が出来ない要因になってるだろう?』
『それは、えっと……』
よくよく問われると、パッと出てこない。
あ、でも。
『失敗したらどうしようか、とか。誰かに迷惑かけないかなとか。
変に思われたり、嫌われたりしないかなって思ったら動けなくなるかも』
『ならそれら全部を俺が何とかするよ。
失敗しても迷惑かけても大丈夫なようにフォローするし、俺たちは何があっても東さんを嫌いになったりしないよ。
だから後は東さんが俺たちを信じてくれればいいさ』
なんでもない事のように笑う鞍馬くんを見てると、すごく簡単な事なのかもって思ってしまう。
あとは自分が勇気を振り絞って一歩を踏み出すだけ。
何があっても鞍馬くんが責任を取ってくれる。
大丈夫。
だから……
……
…………
………………
私は海面を駆け抜けていた。
先日改造してもらった魔道具のお陰で、私の靴は水を地面と同じように踏むことが出来る。
向かう先には海中から顔を覗かせた青龍が居る。
皆の中で陸地から離れた青龍の相手が出来るのはきっと私だけだ。ウィンディ先輩だと水中に逃げられたら手が出せないし。
だから私が倒すしかない。
大丈夫、私の後ろにはリュージュくんが居るんだから。
「やあぁぁっ!!」
水弾を放って無防備になった青龍に向けて渾身の突きを放ったけど、若干狙いが逸れて弾かれた。
(失敗した!?)
青龍もすぐに私に気が付いて攻撃を仕掛けてくる。
コロちゃんの動きに比べれば断然遅いから、避けるのは問題ない。
(落ち着いて。まだ1回失敗しただけ。まだチャンスはある)
懸命に避けながら攻撃を加えていくも、どうしても小振りになるし足場に魔力を使っている分、大したダメージにはなっていない。
長期戦になれば体力的な面から考えて不利になる一方だ。
(どうすればいい?)
悩んでいる間も青龍の顎がこちらを噛み砕こうと迫ってくる。
……これだ!
古今東西、硬い外皮をもつ生き物を倒すには、体の内側からと相場が決まっている。
ただ青龍が大きいと言っても、口の中では身動き出来る程ではない。
なら武器だけでも突き入れられれば何とかなるかもしれない。
私は半歩分下がって噛みつきを避けると、その鼻っ面を小馬鹿にするように蹴り飛ばして上空に飛び上がった。
(さあ、きなさい)
「グラァッ」
「よし!」
こちらを見上げた青龍が水弾を放とうと口に魔力を溜めていた。
それこそ、求めていた起死回生のチャンス。
私は放たれた水弾を足場に更に上空へと飛び上がりつつ、自分の魔力で包み込むと氷へ変質させることで自分のものにする。
くるっと回転して逆さまになると足場を作って蹴り飛ばす。
真下に飛び出した私は重力で加速しつつ青龍へと突撃した。
「いっけぇぇ!!」
氷槍となった剣が見事、青龍の喉奥に突き刺さった。
でもこれだけじゃ致命傷には程遠い。
だから、私は私の持ちうる全魔力を開放した。
以前鞍馬くんが私の魔力の扱い方を水道で例えてくれたけど、今回のこれは消防の放水だ。
一瞬にして全身の魔力が魔法に変換されていくのが分かる。
これで勝てなかったら魔力の切れた私の負け。
以前の私だったら、絶対こんな賭けはしなかったと思う。
「凍って!」
私の願いが通じたのか、凍り付いた青龍から魔力の光が消える。
無事に倒せたようだ。良かった。
でも安堵したのも束の間。倒した青龍と共に私も海へと落ちていく。
(あ、あれ。あぁ、そうか)
魔力、全部使っちゃったから、もう水上に立つことも儘ならないんだ。
朦朧としはじめた意識で小さくつぶやく。
(リュージュくん。後お願いね)
そうして私の意識は海中へと沈んでいった。




