88 海上決戦
青龍が潜った先とは別に、海上に次々と水柱が立ち昇る。
島の周囲に展開していた船が何隻か直撃を受けて転覆……しなかった。
代わりに横倒しになったまま、海上に浮かんでいる。
『な、何が起きている!?』
『ほ、報告します。海底から攻撃を受けている模様です』
『馬鹿者!!そんなことは見ればわかる!!!
なぜ今まで気づけなかった!?』
『はっ。恐らく前方の島で起きていた特異点によりレーダーがマヒしていたものと思われます』
『くそっ』
船上でそんな意味のない会話が交わされている間に、次々と海上に姿を現す魔物たち。
見れば先ほど横倒しになった船は鯨のような、とにかく巨大な海洋魔獣の背中に乗り上げていた。
「あれはアンコウだな」
「あれだけ大きいとアン肝も何人前でも取れそうね」
「はい。ただ雑食っぽいですから、天然ものより味が落ちるかもですね」
俺たちの呑気な会話を他所に、巨大アンコウは口を開けると背中に乗っていた船を丸呑みにしてしまった。
一瞬だけ見えた口内に歯は無かったから飲み込んだものはそのまま消化液で溶かすんだろう。
そしてアンコウの他にも続々と海上に顔を出す海洋魔獣たち。
いずれも普通の個体に比べて数倍から数百倍になっている。
直径10メートルを超す亀とか、遠くから見たら小島に間違われそうだ。
幸い、元が大きい魚はそれほど大きくなっていないな。
ドドンッ
と、襲撃を受けていた船が海獣に対して反撃を開始したようだ。
大砲、ミサイル、魚雷と搭載している兵装を駆使して攻撃を加えているけど。
昔こんな光景を映画か何かで見た記憶があるんだが……あ、そうだ。昔のクジラ漁だ。
巨大なクジラに小さな銛で戦いを挑む漁師たち。
それに似たものが今目の前で行われていた。
つまり。
「一応、多少は効いてるのね」
「大人しく逃げればいいのに。
あ、やっぱり。無駄に攻撃するから狙われてるわ」
ドッ!!
さて海獣大決戦かな、と思ったところで文字通り横槍が入る。
さっきの水柱を水平に飛ばしたかのような水弾が放たれ、直撃した船を粉砕した。
水柱とは比べ物にならない威力だ。恐らく強力な魔力が込められた一撃だったんだろう。
元を辿れば、さっき海に入った青龍がその長い首を海上に出して睥睨していた。
それを見た海獣たちは本能に従って海中へと逃げていく。
人間の船は、海獣たちが起こした波のせいでヨタヨタしているが一応逃げようとはしているみたいだ。
だがそれを見逃す青龍では無い様で、次の船に狙いを定めて水弾を発射しようとしていた。
そこに1本の槍が飛んでいく。
「やあぁぁっ!!」
レインだ。
いつの間にか海面を走って青龍に近づいた後、足の裏からジェット噴射よろしく水を飛ばすことで青龍の顔まで飛び上がったようだ。
だが、いかんせん。レインの力じゃ威力不足だな。
青龍の顔の側面に当たった一撃は鱗に弾かれて大したダメージになっていないようだ。
弾かれたレインは、巧みに足元に出した水を踏み台にして青龍に飛び掛かっていくがいずれも大したダメージにはならない。
ただ青龍としても、自分の周りを飛び回るレインを無視できないようで、水弾は発射しなくなった。
その体の構造上、近接戦闘は苦手なのだろう。青龍は果敢に体をよじり腕を振るいレインを叩き落そうとするが、動きが緩慢だ。
どちらも決め手に欠けて長期戦になるかと思ったその時、状況は動いた。
青龍の噛みつきを避けたレインが、青龍の鼻を足場に更に上空に飛び上がった。
恐らく重力を利用して威力を増そうっていう魂胆なんだろうけど。
「あれは、マズいな」
青龍が上を向きレインを捉え、口を開いた。
さっき船を粉砕した水弾を放つ気だ。
青龍の上空5メートルまで飛び上がったレインは今、上昇を止め重力に従って下へと引っ張られる。
青龍とレインの目が合う。
瞬間。
青龍から直径2メートルを超す水弾が放たれた。
至近距離で放たれた水弾を避ける術は、今のレインにはない。
「レイン!!」
上空へと飛ぶ水弾と共にレインの姿が消えた。
……いや。
見上げれば水弾だったものが白く細長い姿に変わっていて、その先端をレインが握っていた。
まさかあの一瞬で青龍の水弾を吸収、変質させたらしい。
今や長さ5メートルを超す氷の槍を携えたレインが、今度こそ重力に従って下に落ちる。
「いっけぇぇ!!」
その槍は水弾を放ったまま開けられた青龍の喉元へと突き刺さった。
「凍って!」
刺さった部分から青龍が凍り付き、数瞬後、青龍の頭部は完全に氷に覆われた。
流石の青龍も頭を凍らされたら生きていけないらしく、海中へと没していった。
ただ。
「っ」
今の一撃で魔力を使い果たしたのか、レインも諸共海中へと沈んでいくのだった。