84 帰り道コンバットフライト
翌朝。
アメリカ軍、国連軍ともに島からは撤退したという話を聞きながら朝食を摂っていた。
「じゃあ、島民に被害とかは特になし?」
「はい。幸いにして。
各方面に抗議文も送りましたので、当分は大っぴらに軍を送ってくることはないかと思います。
ですが……」
言葉を濁すクラリスさん。
まぁ俺たちがここに残っている限り、奴らが完全に手を引くとは考えにくい。
ならこれ以上迷惑が掛かる前に帰った方がいいか。
皆を見回しても浮かない顔をしてるし、もう旅行をゆっくり楽しむって感じでもない。
「クラリスさん。俺たちは今日の午前中にこの島を離れようと思う。
なので飛行機の手配をしてもらってもいいかな?」
「手配は、はい。問題なく行えるのですが、危険ではありませんか?
空の上では逃げ場もありませんし、もし高高度で撃墜でもされればいくら鞍馬様でも無事では済まないのではありませんか」
クラリスさんの懸念はもっともだ。
恐らくは領空を抜けてしばらくしたところで襲撃があるだろう。
奴らからすれば利用できるならよし、出来ないなら殺してしまえっていうスタンスだろうし。
「でも、まだ残っているだろうスパイに俺たちがこの島を出たって大々的にアピールする必要があるから。
大丈夫ですよ。飛行機1機くらいなら俺の魔法で守りながら行けるし」
いざとなったら襲ってきた奴らを撃ち落とせば良いだけだ。
ただ流石に死人が出るのは皆が嫌がるだろうから言わないけど。
「はぁ。結局海水浴できなかったね」
「仕方ないよ。こんな事態になっちゃったんだし」
「分かってるけど、地中海なんて次来れるかも分かんないんだよ」
南野さんがそう愚痴をこぼす。
他の皆も口にこそ出さないけど気持ちは同じようだ。
それについては俺も同意見だ。だから。
「実は次回以降、簡単に来れるように工房に仕掛けをしておいたんだ。
だから今回の問題が解決してからになるだろうけど、来年の夏も遊びに来れるよ」
「鞍馬くん、それほんと!?」
「まあね。本当はそれを使えば今から向こうに帰るのだって一瞬で済んだりするけどな。
ただ問題は……」
「問題は?」
「移動が一瞬過ぎて旅行気分が味わえないことだな」
「あぁ」
旅行の醍醐味って移動時間があってこそだと思う。
それが無いと遠方の観光地の有難味もなくなってしまう。
『一生に一度は行ってみたい』が毎日行けるようだと価値が半減してしまうだろう。
と、それはさておき。
「折角の旅行だし帰り道は少しアトラクション要素を取り入れようと思うから楽しみにしてて」
「龍司が言うと、とんでもない事が起きそうな予感がするわ」
「同感ね」
そんなことを話しながら朝の時間は過ぎていく。
そして食後のお茶を楽しんだ後、俺たちは島唯一の空港へと向かった。
「では皆さん、お世話になりました」
「こちらこそ、あまりお構いもできませんで」
挨拶をしながら視線を周囲に巡らせれば、こちらを監視している気配が5つ。
このまま俺たちが島を離れることを上に報告してもらおう。
「ではまた近いうちに」
「はい」
短く済ませ、機内へと入る。
機長さんは行きの時と同じ人だった。
「帰りもよろしくお願いします」
「お任せください。快適な空の旅を提供させていただきます」
「それなんですが……」
機長さんにこれから起きるであろう事、またこれから起こす事を伝えると、眉間にしわを寄せた。
「それは……快適とはいかなそうですね」
「みんなにはそういうアトラクションだと思ってもらいますよ」
ぴんぽんぱんぽん♪
『ご搭乗の皆様にお知らせします。
当機は間もなく離陸致します。
離陸には射出カタパルトを使用するためかなりの揺れが起きます。
皆様座席にお座りの上、シートベルトをしっかりとお閉めください。
また離陸以降、急激な旋回、加速によるGなどが予想されます。
くれぐれもシートベルトを外さないよう、お願いいたします。
気分が悪くなられた方は遠慮なく手を挙げて鞍馬様をお呼びください。
また、鞍馬様の魔法により、機内の壁に外の景色が映し出されるそうです。
決して壁が無くなった訳ではないので、安心して景色をお楽しみください。
それでは、短い間ではありますが、空の旅をお楽しみください』
アナウンスが終わると共にエンジンの出力が上がり、ドガンッと強い衝撃が走ったかと思った時には既に飛行機は離陸していた。
それと同時に空間投影魔法により、機内に外の様子が映し出される。
それはさながら空飛ぶオープンカーのように非常識な解放感があった。
「うわぁ、これすごいね!」
「飛行機の中にいるって信じられない光景です」
「VRとかで上空からの映像を見たことはあるけど、それなんか比較にならない解放感ね」
よしよし、概ね好感触だな。
「ただ、せっかくなら風を感じたかった」
そんな北見先輩のご要望にお応えして、外と同じだけの風を起こしてみる。
「きゃああ。風強すぎ!!」
「台風とか、そんなレベルじゃないです」
「く、鞍馬くん。止めて止めて!」
残念、せっかくリクエストに応えたのに。
実際には時速900キロで飛んでる現状、外の風は今の数倍はある。
飛行魔法で一番大変なのは空気抵抗だと言っても過言ではない。
と遊んでいる間に、予想通り招かれざる客人が来たようだ。
俺達の飛行機を囲むように6機の戦闘機がやってきた。
尾翼のマークからしてアメリカ軍か。
前を飛ぶ一機がゆらゆらと羽を揺らした。確か付いてこいって合図だったかな。
「どうします?」
「仕方ない。加速しながら付いて行きましょう」
「了解!」
にやっと笑う機長。
それを横目に俺は機外に魔法を展開した。
少し話は逸れるが、水中を高速で進む技法にスーパーキャビテーションというものがある。
難しい原理は省略するが、要するに水の抵抗を減らすことで速度を増すのだ。
それと同じ現象を風魔法と空間魔法を駆使して大気中で再現する。
魔力エンジンを搭載したこの機体でそれをすると。
『……!?』
ほんの数秒でマッハ1.5まで加速したこちらに驚き、慌ててレバーを引き急上昇して衝突を避けた前の機体から息を飲む音が聞こえた気がした。
「でも、付いて来いって言ったのはあっちだしな」
『みんな、宙返りするからよろしく!』
「「ええぇぇ~~」」
客席からの驚きの声を無視して、機長に指示を出してさっきの機体を追ってこちらも急上昇を行う。
ただ流石にこの速度で宙返りなんてしたら、本来Gが酷いことになる。
そのあたりも魔法でカバーしてあげないとな。
そして宙返りの特性として、前の機体を追いかけるようにして飛ぶとどうしてもこちらが小回りになる。
結果、こちらの機体が一番前を飛ぶことになった。
「付いてこいって言っておきながら後ろに回るとは職務怠慢ですね。
そんな人たちの言い分は無視してしまいましょう」
「ははっ、そうですな」
白々しい俺の言葉に従って、更に加速する機体。
もう既に旅客機にあるまじき速度で計器盤が悲鳴を上げている。
そうして周りを囲もうとしていた戦闘機すらも置き去りにして、俺たちは行きの1/5の時間で日本へと戻った。
なお、客席でみんながぐったりしてたのは見なかったことにしよう。